第5話 かしましき昼休み

 時は流れ昼休み。私は机に広がった数学のノートもそのままに全身を脱力させていた。3時限目のバレーボールのダメージは思ったより少なかったので安心したが、それを抜きにしても今日は色々と衝撃的な出来事が重なりすぎた。


 怪物の湧く夢。


 その怪物から助けてくれた2人組。


 そしてその2人と現実で遭遇。


 たったの半日がここまで濃い日は今まででもそうそうなかったと思う。


「お疲れちゃん。そろそろ購買組戻って来そうだよん」


「おけー」


 お昼ごはんを買いに行っていた綺沙良が帰って来たので、私は机を綺麗にすると弁当を手に綺沙良の前の椅子を借りて彼女の対面に座る。尚席の主は理系に行った友達と食べるということで快く椅子を貸してくれた。


 進級時の文理選択で友達と離れた生徒は数多く、昼休みは気心の知れた友達と空き教室などに集まる者も少なくない。このクラスも例に漏れず、教室には結構な数の空席が出来ていた。特に今日は、何時にもまして男子の数が少ない。


 理由はやはり、私の席の隣で弁当を広げている転校生にあった。1限休み時間のハプニングで暁くんと話せなかった女子たちに気を使ってか、男子たちがなにやら示し合わせて教室を出て行ったのである。


 後から聞いた話だと、これは暁くん本人からの提案だったそうな。どうやら1限直後に寝入ってしまったのを気にしていたらしい。


 そんな訳で、暁くんは、大量の空席を占拠した好奇心の塊クラスの女子たちに囲まれて談笑している所だった。私も席を空けたため、購買から帰って来た女子の1人が入れ違いにそこへ腰を下ろす。もちろん使っていいよとは事前に伝えてあった。


「ところで、こよいっちは混ざらなくて良いの?一番何か聞きたそうにしてるのに……」


 何気ない綺沙良の言葉に思わずドキッとして、冷凍のひとくちオムレツを中途半端に咥えた姿勢で硬直してしまった。


「……バレてた?」


「むしろ私が気付かないとでも思うたか」


「ですよねー……」


 やはり、この親友には私の内心などお見通しらしい。自己紹介の時の挙動不審のみならず、その先までも見抜かれていたようだ。


「さあさあ、私に事情を話してみなさい」


 おかしいな、綺沙良が後光を纏っているように見えて来たぞ?どことなく慈愛を湛えているように見える微笑と相まって、全てを打ち明けてしまいたくなる――


 しかし綺沙良が聖母のような表情を浮かべていたのはほんの僅かな間だけで、彼女はすぐさま人目を憚るように私の方へ顔を近付けると、


「というか、暁兄妹の情報がどうにも上手いこと集まらなくてね……正直このままではキラペディアとしての沽券に関わるのだよ」


「台無しだよ」


 聖母様は既に俗世にまみれていらっしゃった。


「という訳で今はなりふり構っていられんのですよ。有力な情報があればなんでも欲しいのさ」


「綺沙良がそこまで言う程か……」


 チラリと、暁くんの方を見やる。相変わらず楽しげに女子たちと会話をしており、浴びせられる質問の雨を適切に捌ききっていた。その様子に女子たちは更にヒートアップしており、こちらに注意を向けて来るものはいない。


 私は意を決した。


「よしわかった。売ったろうじゃないか」


「そうこなくっちゃ」


 と、取り引き成立の印に綺沙良がメロンパンを千切ろうとした所で、


「お邪魔します……」


 不意に教室の扉が開き、長い黒髪を後頭部でお団子にした眼鏡の女生徒が顔を覗かせた。


「あ、めいめいじゃん。どしたの?」


 立ち上がった綺沙良が、女生徒を教室に引っ張り込む。“めいめい”と呼ばれた彼女もまた、私の親友の1人だった。なつめ 鳴衣めい。文芸部所属の理系女子で学年一の秀才である。


「んー?……ちょっと、噂の転校生とやらの顔を見にー」


 間延びした話し方で鳴衣が答える。……毎度のことだが、鳴衣が話すと時間の流れが緩やかになる気がした。


「後ね……」


 そこでふと、私は鳴衣の後ろにもう1人女子がいることに気付いた。髪を伸ばした鳴衣と同等の長い黒髪、そして整った顔立ちに黒縁の眼鏡。あれは――


「この子がー……から、一緒に来たの」


「失礼、します」


 鳴衣の後から教室に入って来た小柄なシルエットに、かしましく話していた女子たちの時が一瞬止まる。


あかつき 日向ひなたです。よろしく、お願いします」


 暁くんの妹の突然の来訪に、教室は1拍遅れて爆発したような歓声に包まれた。

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