第4話 もう1人の転校生

「ああー、ついてないなぁ……」


 と、私の前を歩くクラスメイトの女子が呟いた。2限と3限の間の休み時間、私たちは次のバレーボールの授業に備え、校舎1階の廊下を通って体育館へ向かっていた。右手側には、1年生の教室が並んでいる。


「次が体育でさえなければね……」


 別の女子がうんうんと頷きながら同調した。そう、次は体育。つまりは一度着替えるために男女で分かれることになる訳で……それは只でさえ1度目の潰れた暁くんとの会話チャンスが更に先送りとなるということを意味していた。反対に男子たちは、今頃存分に会話の花を咲かせていることだろう。


「あらあら、皆様フラストレーションが貯まっていらっしゃるようで……」


「綺沙良は気にならないの?」


 そんなクラスメイトたちからは距離をおいて、なにやら下界の喧騒を眺める上位者みたいな立ち位置をキープし続けている親友と並んで歩きながら、私は尋ねる。


 まあ、彼女が余裕な態度を取っている理由は、だいたい想像がつくけれど……


「おやおや?こよいっちともあろう人が、よもや私の裏の顔を忘れてしまったと?転校生の情報なぞ既にリサーチ済みですぜ?」


 綺沙良はどこか得意気にそう言った。


「というか、クラス内に転校生の噂流したの私だしねー。いやあ、黒幕ムーブは楽しいなぁ……」


「出所はあんたか」


 クラスではさも噂で聞きましたみたいな顔をしておいてこやつは……。


「相変わらず“キラペディア”は絶好調って訳ね」


「校内のあんな噂やこんな噂、来週の購買情報まで何でもござれ。メロンパン4分の1個クォーターであなたのお耳にお届けします。こよいっちもいかが?」


「間に合ってます」


「そりゃざんねん」


 とまあたった今本人が語った通り、これが綺沙良の裏の顔である。校内のよろずの情報を取り扱う【学校一の情報屋キラペディア】として、一部生徒の間では有名だ。ただし、その素顔を知る者は今の所――私以外には――いない。情報屋としての名前がキサラペディアじゃないのも身バレ防止のため(あと語呂が気に入らなかったから)である。


 元々は私が巻き込まれるあれこれに付き合うため、私が遭遇しそうな周辺の事件や噂などを集めておきたかったからという理由で始めた活動だったらしい。なんだかくすぐったい。


「まあ、今回は偶然による所も大きかったからまだ裏取りとか出来てないんだよね……しばらく売り物にはならないかな」


「偶然?」


「うん。たまたま登校中にちゃんにばったり会って――」


「え、待って何それ」


 なんだか聞き捨てならない単語が発せられたため、私は思わず横槍を入れた。妹?


「あれ……あれ?自己紹介で暁くんも言ってたよ?『一緒に転校して来たから、合わせて宜しく』って。聞いてなかった?」


「聞き逃したっぽいなぁ……」


 いくら記憶を辿ろうとも、暁くんの口から妹という単語が出た覚えはない。どうも私の心が行方不明になっている間の事だったようだ。


「今日のこよいっちはなんか変だなぁ?……お」


 そこでふと、綺沙良が足を止める。そろそろ長い廊下も終わりに差し掛かる辺りだった。


「あの子だよ、あの子。暁くんの妹ちゃん」


 綺沙良に促され、私は何気なく、開いていた入り口から教室の中に目を向けた。


 そしてその瞬間、私の心臓が跳ね上がった。こんな偶然、そして幸運があるだろうか。


 教室で友達と談笑している、長い黒髪の女生徒。その姿は紛れもなく、私を襲おうとした怪物を一撃の元に仕留めた、蒼い流星。光の粒子を従えた、あの夢幻ゆめまぼろしの如き少女に間違いなかった。


『大丈夫。きっと、すぐにまた会える』


 去り際のその言葉がリフレインする。


 暁くんの妹は廊下にいる私達に気付いたようで、談笑の最中に小さく会釈をした。黒縁の眼鏡を掛けていること以外はその顔立ちも夢の少女と寸分違わない。


「どしたの、こよいっち。着替える時間無くなっちゃうよ?」


「え……あ、うん、待って!」


 綺沙良の声で現実に引き戻され、私はいつの間にか移動を再開していた彼女を追いかけた……。

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