21話 エピローグと魔符魔術について 結局の所、ここまでがチュートリアルだという話
戦いが終わって、開口一番師匠が告げた言葉は、私にも予測ができていた内容だった。
「お疲れさま。よくやったわね…それはそれとして、宝珠は試しに作ってみたけれど、強すぎるわね、コレ」
「私もそう思います。せめて設置に2マナ使うとか、同種類の宝珠は1枚に縛るとかしないと、世の中に広めた時に危険ですよ、これ」
2体の魔王との戦いを終えた私と師匠は、さっそく今の戦いを振り返っていた。
正直なところ、師匠が用意したこの宝珠シリーズは強すぎる。
前生の例でいえば、これは『力ある9枚』に含まれていた宝石たちに似ている。
あちらは0マナ設置で設置直後から即力を引き出せた。つまり更に無法な訳だが、現状の魔符魔術では1マナ設置の宝珠たちも大概壊れとしか言いようがない。
ただ魔を倒すための力ならいいかもしれないが、これは新しい系統として広める魔術だ。
規制するなり制限するなりした方がいいように思えた。
「ここにきて力の持たせ過ぎで悩むことになるとはねぇ…でも、実際危ない所だったわね?」
「否定できません。一度でもあの魔王に攻撃されて、それが通ってしまったら終わっていましたしね」
とはいえ、宝珠のマナがあの時あの必要数確保できていなかったら、私は何時か魔王からの攻撃を受けていただろう。
飛翔と落下のコンボや影の呪縛などを駆使して徹底的に相手の行動を遅延させなければならなかったし、それも魔符の数が限られて居た為に、持久戦など選べなかった。
仮にあの巨体に対抗して大型モンスターなど並べていたら、私は簡単に殺されていただろう。
あの魔王は、戦闘させるたびに強化されて行く能力を持っていたのだから。
それをほぼ完封出来たのは、魔符魔術の力を発揮した意味でも大きい。
「ただ、ちょっと魔符を使い過ぎね。魔符の組み合わせにも頼り過ぎてるから、もう少し立ち回りを考えて欲しいわ」
「手厳しいなぁ…ところで、後片付けは師匠の使い魔に任せていいですよね?」
「そうねぇ、今日はもうやすんでいいわよ? ほら、ジュリちゃんも」
海嘯の津波や今の今まで深夜の森にギラギラとした旱魃の光をもたらしていた魔符の影響が、マスターカードを初期化することですべて消えていく。
残るのは私たちが来るまでに2体の魔王が争った跡と、森の被害。
私達の住居に避難していたこの付近の手入れをさせている師匠の使い魔が、慌てたように四方に散らばっていく。
私が眠い頭でそれを見ていると、師匠が不意に思い出したように私に告げる。
「そういえば、功績稼ぎのための魔物討伐、失敗しちゃったわね」
「…あっ!」
そう、私が旅立った目的は、将来魔術学院に入学するための功績稼ぎの為だった。
それが結局怪鳥の主しか討伐を証明できるものが無く、さらには他の討伐予定だった魔物は先ほどの沼地の魔王に吸収され、その躯は既に粘液状態から汚泥を経て砂となって風に流されていった。
つまり、魔王を討伐したという証明は何もないということになる。
「…どうしましょう、師匠?」
「まだ入学までには年数あるんだし、ゆっくり構えておけばいいわよ。今年はもう無理でしょうけどね」
「はい。アルトミリアの街での情報から推察するですと、数年は討伐すべき強力な個体は現れないかとおもわわれるです」
「不満。我が我が愛しき子に我が有用なるところを見せる機会が無いとは」
そんなことを口々に言いながら、私はほんの数日は慣れただけの自宅に戻った。
この先私がどうなるかはわからない。だけれど、魂だけだった私を拾い、産み育ててくれた師匠であり母であるヘカティア神とこの先もあるのだろうと思う。
その先は、なるようになればいいのだ。
その存在は、遥か遠くから魔女の棲み処での一幕を見届けた。
「あれが彼女の作る新たなる魔術…興味深くもあり、取るに足らぬようでもある」
掲げた手の中には、たった今2体の魔王を打ち倒した少年の姿を映す幻影の鏡が浮かんでいたが、その存在が軽く指を振るうと霞のように消えた。
「あの威力を持つ魔術が、いっそ子供でも扱える。それが如何に危険か彼女自身も理解しているだろうが…」
思案するように、灯りの無い暗き部屋の中でたたずむその存在は、しばらくの後に軽く首を振った。
「事を為すのに制限は多く、それでいて決まった結果しか成し得ない。あれは魔術と言うよりも、本質的には魔道具と考えるべきか…ならば、何を成すにしても使い手次第だと彼女は言うのだろうな」
その存在は己が腰に佩びる剣を見やる。
剣はどこまで行っても剣だ。聖剣だろうと、魔剣だろうと、神剣だろうと、魔を断つのも良き者を断つのも使い手次第。
「あの魔符魔術と言うものを見定めようと、それとなしに目覚めたばかりの沼地の魔王をけしかけたが…結局の所今は見守るしかない、か」
一旦判断したならば、その存在の行動は早い。
今回の一件で、神聖アテルス帝国内の主要な魔はあの沼地の魔王が吸収してしまっていた。
つまり、この地に彼が打倒すべき魔は居なくなったことになる。となれば、他の国の魔を討つのが道理だ。
「やれやれ、世に魔は尽きないものだ。ポルクの怪鳥が倒されてしまった分、その北の高地の魔が動き出すとは」
もう少しゆっくり活動したいものだ、などと呟くその存在は、明日の朝一番に出発すると隣室に控えていたホテルの使用人に告げた。
その存在、世界の均衡を保つ任を帯びて下天した道化と運命の神の欠片…勇者パイエルは窓の外のアルトミリアの街並みを見やりながら、今後の道行を思案し続けた。
「とまぁそんな訳で、あの子の功績稼ぎは振り出しね~」
「沼地の魔王がのう…誰の差し金じゃろうか?」
「魔王を唆せる者なんて限られてるでしょうけど、それだけに特定は難しいわね」
我が子と部下を先に休ませた魔女は、その時まで続いていたトトラスの村での分身の治療行為も終わらせ、遠話の魔道具で相方に一通りの状況を伝えていた。
急にタイミングよく襲いかかって来るほど、魔王と言う存在はありふれていない。
誰かの意思が介在していることを二人の神の欠片は察していたが、同時に追求は無意味であると感じていた。
仮にも魔王をそそのかせられるほどの存在だ。偽装などいくらでもしているだろう。
納得した魔道具越しの声は話題を変える。
「それもそうじゃな。で、ローウェインの仕上がりはどうなんじゃ?」
「魔符の扱いすべてを理解していたし、応用もできるようになってる。これ以降はあの子自身が見つけていくだけ。ワタシから教えることはもう無いわね」
「学院に入れても、全く問題ないと?」
「イイ感じよ? あの分なら、変に私たちが手を貸す必要もないんじゃないかしら? エスメリアちゃんとも契約できたもの」
「世界樹がのう…アレの力を借りられるのであれば、それは確かに十分じゃろうて」
それほどの力ならば、下手な魔術貴族でもどうにもならない力だと言える。
実際制限なく力を振るわせれば、力が乗り切った沼地の魔王さえ倒したのだ。
「だからね、私安心したの。あの子に私達を倒させてまで、新旧の魔術の優位性なんか証明させなくても良さそうだって」
「…儂は覚悟を済ませてあったがの。世界中に新しいものを広めるというのは、判り易く古いモノを超える様を万民に見せればいいのじゃ」
それは、新たな魔術を生み出し広めると二人で決めた際に話し合ったことだった。
新たな魔術の担い手が、現状の魔術の頂点に居るこの二人の神の欠片を超える。
その担い手が自身たちの息子になるとは、話し合った際には思いもよらなかったものだが…
「新しいモノ、古いモノ、並び立っても良いのよ。私はいろんな世界を見て無理に古い方を捨てなくても回っている世界を見たもの」
「そう言いつつも、結局の所もっとローウェインの行く末を見ていたいのじゃろう?」
「あら? わかる?」
「何年相方やっとると思うとるんじゃ」
それもそうね、と魔女は笑う。
何しろ相方にして夫とは、下天する前後も含め全て共に過ごしていたのだ。
今こうして別々に住んでいることが珍しいほどに。
「さて…それじゃ話はここまで。明日からも忙しいのよ」
「うむ、またな」
魔女は力を失った通信機を置くと、机の上に広がった魔符の数々を見る。
ローウェインは良く魔符を使いこなしてくれたが、同時に改善点も指摘していた。
息子からの使用感の聞き取りをもとに、魔符の数々を更に調整しなければいけない。
それは今期の必要な作業になるだろう。
「ようやく、勧誘した時の仕事を任せて、それに応えてくれたのだもの。雇用主としては力を尽くさないとね…」
そうやって調整された魔符が、彼女の息子が如何に使いこなし、またその仲間と共にいかなるものに立ち向かうのか。
それを夢想しながら、魔女もようやく眠りにつく。
生み出された魔符たちは、その姿を見守るように微かな光を帯びていた。
~1章 チュートリアルの章 完~
幻想世界のカードマスター ~元TCGプレイヤーは叡智の神のカード魔術のテスターに選ばれました~ Mr.ティン @mahirushinya
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