20話 決着について もしくはフィニッシャーは思い入れのあるカードでと言う話
最早、沼地の魔王ゲメトミリアズは、なりふり構っていられなかった。
(今は、なんとしても、生き延びねばならぬ!)
これまで立て続けに突風を巻き起こしていた餓鬼の手が緩まった瞬間、己の全力で恐るべき相手を攻撃すると決める。
多くの魔を取り込んだ末に得た特性をすべてに表に出せば、そこには九つ蛇の首を持ち胴は甲羅を背負い、鱗にも樹皮にも見える表皮から粘液を滴らせた巨大な異形の姿となって表れた。
これこそ、魔王ゲメトミリアズの全力の姿。
多くの首で食らいつけば、余程の強固な外角でも持たぬ限り死は免れない。
(だが、まだ足らぬ! 牙を、敵へと食らいつく無数の牙を!)
更に魔王は己の命を削り、眷属を呼び出す。鋭い牙と卑小な命だけ与えられた蛇を何匹も。
少しでも攻撃の手を止めれば、己が生き延びる目はないだろうことは明らかだ。
そして、あの突風だけでは身代わりとして生み出した卑小な眷属さえ殺せなかった事実から、とにかく手数を増やすべきだと考える。
己の九つの首と、生み出した10匹の蛇。
数多の蛇頭が恐るべき敵へと襲い掛かった。
沼地の魔王がどうも本気になったみたいだ。
九つの蛇の首を持つ大亀って、何だか前生で見た怪獣映画じみてると思ってしまう。
更には、その体から無数の小さな蛇まで生み出していた。
なるほど、手数を増やすのとこちらの攻撃を散らさせようとしているらしい。
とはいえ、実はこれは有難かった。
分身を生み出した結果、私の術者の目にはこう見えている。
名称:浸食する沼地の魔王『ゲメトミリアズ』
生命:2150-1100=1050
名称:蛇身隷属獣
属性:蛇
攻撃:100
防御:0
生命:10
生み出された蛇は、10匹。攻撃に特化させた個体だけれど、正直なところこれらは全く恐ろしくない。
それよりも、魔王が自分から生命を削ってくれたことの方が重要だ。
魔王の生命を削る手段は考えていたけれど、これで幾らか手間が省けたとさえ思う。
もっとも、様子を見たせいで先手を取られたこの状況をしのがなければいけない。
だから、私は手にしたこの魔符を発動する。それは『影の呪縛』。
深淵の宝珠からの陰マナは正しく魔符に流れ、結果月に照らされ魔王の足ともに落ちる影が触手のように伸び、魔王の身体に絡みつく。
九本もある首も、同じだけの数出来た影の拘束からは逃れられなかった。
「まったく、攻撃値810の9回攻撃とか耐えられる訳がないじゃないですか」
「ワタシもアレが直撃したら流石に顔色変えるわね」
師匠は顔色を変えるだけで済むが、私ではひき肉になる運命しかない。
だから一回休みを強要させてもらおう。
とはいえ拘束できたのは魔王のみで、残りの蛇たちが私に襲い掛かってくる。
どうやら師匠やジュリエッタさんに向かわないらしい。
その事実に少しだけ安心する。
序盤ジュリエッタさんには足止めして貰っていたが、一度決闘を始めたからには手を借りたりするのは気が引けたから。
とは言え集中攻撃を受けているのは確かだ。
流石にこの数は影の呪縛での足止めをしようにも魔符の数が足らないし、まともに受ければ私の命は半分消し飛ぶ計算になる。
だから、私は先の手番の最後に使用していた宝珠から力を引き出す。
それは先に使用していた紅蓮の宝珠と同系統だ。
名称:大地の宝珠
マナ数:〇
区分:設置魔術
属性:宝珠
効果:1ターンに一度土属性マナ1生成
火ではなく土属性のマナをもたらすコレを使用し、無数の蛇が私に食らいつく寸前、師匠が改良したこの魔符を発動させる。
名称:地の鎧
マナ数:土
区分:即時・付与魔術
対象:単体対象
次ターンまで、対象の防御+100
以前の試作段階ではモンスターにしか付与できなかった地の鎧は、改良された結果術者にも影響を及ぼせるようになっていた。
私を覆った大地の魔力が、魔王の眷属の蛇の攻撃をものともしなくなる。
さらに、私は水のマナを引き出し、有る魔符を発動する。
名称:海嘯
マナ数:水〇〇〇
区分:儀式魔術
対象:全ての対象及び場
次ターン開始時に場を水場に変え、飛行特性及び水棲特性を持たない対象に100ダメージ
多頭蛇を釣ろうとしていた際、場を水場に変える儀式魔術に触れたけれど、この魔符がそれに該当する。
ゲメトミリアズと奴が呼び出した眷属は、この場で活動しやすいように水棲特性を持っていない。
恐らく、生み出した後での特性の付与は出来ないだろうから、次の手番開始時には眷属達を一掃できるだろう。
同時に、私は3枚の飛翔の魔符を取り出す。
アルトミリアの街から飛び出した際に使用した分は、すでに再使用可能になっていた。
海嘯はその名の通り、一帯に津波が押し寄せ強制的に場を水場に変える。
師匠と推しの英雄が水に濡れるのは忍びなかった。
「師匠、ジュリエッタさん。海嘯よけに飛翔をかけます」
「感謝しますです、ローウェイン様」
「あら? 私は自前で飛んでも良かったのに」
そんなことを言いつつも嬉しそうな師匠がふわりと浮き、ジュリエッタさんと私が後に続く。
大地に残るのは沼地の魔王の眷属ばかり。
残るマナで陽マナを生み出す陽光の宝珠等を呼び出しながら、私は遠く海鳴りを聞いた気がした。
(おのれ! この沼地の魔王と呼ばれたゲメトミリアズを愚弄するか!!)
突如として押し寄せた海嘯に、沼地の魔王は激怒した。
卑小な眷属は一層され、魔王も被害を受けたが、その事はどうでも良い。
沼地や湿地に水場は、ゲメトミリアズにとって最も理想的戦場だった。
陸地では邪魔になる為変容し表に出していなかった水棲生物としての特徴を活性化させる。
本来溶魔である沼地の魔王は、水場ではさらに力を得られるのだ。
水に潜み、好きなように獲物を狩れ、鈍重な陸の者を一方的に翻弄する。
その理想の戦場を、わざわざ敵が用意した。ゲメトミリアズはその事実を愚弄だと感じていた。
(『こうでもしなければ、お前などは相手にもならない』あの餓鬼は、こう言っているも同然なのだ!)
…だが、それは同時に好機でもある。
この状況ならば、水に紛れて逃げられるのではないか?
激情に駆られながらも、意識の芯の部分で冷静な判断をするゲメトミリアズ。
不幸なことに、それはあまりにも遅かった。
天空に逃れたあの恐るべき敵は、さらなる暴虐を用意していたのだ。
(な、なんだ!? 光!?)
次の瞬間、真夜中の大森林に陽光が差し込んだ。
余りに強烈な日差しは、一瞬にして辺りの水場を乾燥させ、荒れ地に変える。
(何が起きている!? み、水が!!!)
気付いた時にはすでに遅く、沼地の魔王は荒れ地に打ち上げられた魚の如くに、ジタバタともがき苦しんでいた。
水棲の特性を表に出したことが裏目に出、九つ首の大蛇が苦しげにのたうち回る。
恐るべき敵は、そんな魔王の様子を冷静に見下ろしていた。
飛行特性に対抗する対空特性のように、水棲特性には釣り上げ特性が有効だと以前私は触れたように思う。
では対空特性に似た性質を持つ下降突風のような即時魔術が、釣り上げ特性にもあるかと問われたらその答えがこの魔符になる。
名称:大旱魃
マナ数:陽〇〇
区分:即時魔術
対象:全ての水棲特性モンスター&場
全ての対象は次ターンまで水棲特性を失い、生命の半分のダメージを受ける。場の水場特性は失われる
強烈な太陽の光が一切の水気を蒸発させ、湖ですら枯れ果てさせる強烈な効果だ。
ついでに水場も消すために、海嘯で発生した魔王の有利な状況も消すことができる。
更には、また生命の半分ダメージを与えているわけで、魔王の生命はこのような状況になっていた。
名称:浸食する沼地の魔王『ゲメトミリアズ』
生命:1150-100=1050 1050-525=525
もう、あとは詰将棋に過ぎない。私は順番に魔符を発動していく。
深淵の宝珠の陰マナで『影の呪縛』を発動し、一切の魔王の抵抗を封じる。
紅蓮の宝珠の火マナで、3枚の火属性魔術…『爆破』1枚と『紅蓮の鏃』を2枚。
これで合計500ダメージ。残り生命25。
そして、フィニッシャーはこの魔符だ。
名称:草原狼
マナ数:土
区分:召喚魔術
属性:獣・狼
攻撃:100
防御:0
生命:100
効果:貫通特性
「草原狼一匹を恐れる戦士は居ない。草原狼の群れを恐れない戦士も居ない」
私が初めて目にした魔符。師匠が初めて生み出した魔符。
同じ存在に産み出されたという点で私とこの草原狼は同じで、兄弟ともいえるかもしれない。
当初完全に何の能力を持ち合わせていないバニラモンスターだったこの草原狼は、一つの特性を与えられていた。
貫通特性。
攻撃時に相手の防御をすり抜け、攻撃値をそのまま生命へのダメージとする特性。
それは狼が急所を狙って狩りをするかのようだ。
最後に、もう一枚の魔符を風マナを使用して発動する。
名称:急速接続
マナ数:風〇
区分:即時・付与魔術
対象:単体対象
召喚直後のモンスターの即時行動を可能にする
瞬間、仕上がったばかりの草原狼の器に、私の魂の複製が収まり馴染む。
私の意を受けた草原狼は、一息に大地を駆けると、虫の息の沼地の魔王の急所を食い破ったのだ。
力を失い、崩れ、朽ち果てていく沼地の魔王ゲメトミリアズ。
最後に粘液らしきモノが残っていたが、未だこの場を照らし続ける陽光に晒され、乾燥していった。
勝利を宣言するように、草原狼が吠える。
それは、森の遠く遠くはるか先にまで響いて行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
作中カード紹介
名称:大地の宝珠
マナ数:〇
区分:設置魔術
属性:宝珠
効果:1ターンに一度土属性マナ1生成
「大地の力が豊かだからって、その祝福を疎かにしてはいけない」
名称:地の鎧
マナ数:土
区分:即時・付与魔術
対象:単体対象
次ターンまで、対象の防御+100
「地は盾であり鎧である。鋼の神秘は地よりの祝福なのだから」
名称:海嘯
マナ数:水〇〇〇
区分:儀式魔術
対象:全ての対象及び場
次ターン開始時に場を水場に変え、飛行特性及び水棲特性を持たない対象に100ダメージ
「海が襲ってくる!!」
名称:大旱魃
マナ数:陽〇〇
区分:即時魔術
対象:全ての水棲特性モンスター&場
全ての対象は次ターンまで水棲特性を失い、生命の半分のダメージを受ける。場の水場特性は失われる
「湿地を襲った旱魃は一切の救いを奪った」
名称:草原狼
マナ数:土
区分:召喚魔術
属性:獣・狼
攻撃:100
防御:0
生命:100
効果:貫通特性
「草原狼一匹を恐れる戦士は居ない。草原狼の群れを恐れない戦士も居ない」
名称:急速接続
マナ数:風〇
区分:即時・付与魔術
対象:単体対象
召喚直後のモンスターの即時行動を可能にする
「あいつが寝ぼけてるって? 一発殴って目を覚まさせてやれ!」
解説:ヘカティアにとって、最初期に作成した魔符は試作品として有用であったが、のちに作成した魔符に比べてどうしても見劣りするものであった。
特に各属性の基本魔法ともいえる1マナ即時魔術や、1マナ召喚魔術はまず作ってみたという面が大きく、手直しの必要性を感じていた。
先の作中カード紹介で触れたとおり、地の鎧に関しては対象をモンスターのみから術者も含むように拡大し、ヘカティアにとって満足のいく特性を得るに至っていた。
対して、1マナ召喚魔術はその方向性に悩むヘカティアであったが、あくまで種族の特性として持ち得るものを加えることにしたようであった。
かくして、魔符第一号である草原狼は、中々に優秀な効果を持つに至ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます