19話 魔符の組み合わせについて コンボはTCGの華だという話

 沼地の魔王、ゲメトミリアズは、弓の巫女の矢の雨がようやく治まった事に一息ついた。

 世界樹の魔王と戦ったおかげで手に入れた強固な樹皮はその矢を通さなかったが、打撃による苦痛は少なからずあった。

 絶え間なく降り注ぐそれに耐えかねて、復活して後手に入れた大甲亀の堅牢な甲羅に身を隠ししのいだが、ようやくあの神の欠片の下僕も疲れたなりしたらしい。

 とはいえ、直ぐには動けない。

 ゲメトミリアズは自身を強力な存在だと考えているが、あの神の欠片を己だけで手に入れられるとは思っていなかった。

 あの神の欠片たる魔女は恐るべき存在だ。

 手中に収めるためには不意を打つか入念な準備が必要である。

 今回に関して言えば、不意を突いた形だ。

 復活直後に動き、魔女や賢者が己を察知する前に動く。

 各地の魔物は己自身の良い強化の材料になったが、それだけだ。

 かつての己ならば無数の有能な配下も従えた後に動くところだったが、神の欠片相手にそれは悪手となってしまった。

 多数で動けばたちまちのうちに察知され、対処されてしまうだろう。

 その為、この大森林でも魔女の元にたどり着くまでは密かに潜入するはずだったのだ。

 だが、ゲメトミリアズは運が悪かった。

 かつて魔女とその弟子の摸擬戦において不意に出現した地王獣、それを目撃した見張りがそれ以後村の近辺の異常を常に警戒して居た為、森を行く魔王を発見してしまったのだ。

 魔王は取り急ぎ村を滅ぼしたが、結果魔女にはその接近を察知され、また分離されつつあった世界樹の魔王がその脅威を察知したのは完全に想定外であり、魔女の元似たとりついた時点で襲い掛かられ、不意打ちは失敗する。


(とはいえ、このウドの大木は強化に丁度良かったが…)


 世界樹の魔王との争いはゲメトミリアズにさらなる強固な体を与えていた。

 同時に何故か魔女は防戦に徹していた為、恐らくは何らかの問題を抱えていると察して即席の配下を増やし、逃がさぬよう対処したのだが。


(よもや気配を感じなかった巫女が現れるとは。この時を待っていたのか…)


 ゲメトミリアズは、弓巫女が現れた時点で今回の襲撃は成功しないと悟っていた。

 既に如何にして撤退を成功されるか、それを考える。

 幸い甲羅に身を隠しながら行った『ある事』に、魔女も弓巫女も気が付いた様子はない。


(このまま事を密かに進めれば…)


 そう考えたゲメトミリアズは、不意に己の身体が揺らぐのを感じた。疑問に思う間もなく、それは一気に勢いを増す。


(なんだ? 風、だと!? ぬぉぉぉぉぉ!?)


 不意に巻き起こった強風が、有ろうことか巨大な甲羅を持つ魔物と世界樹の魔王を地より引きはがし、上空へ舞い上げた!

 更には巨大な甲羅だけの眷属を残し、卑小な蛇に身を変え遁走しようとしたゲメトミリアズ本体までも。


「見えてましたよ。そうやって逃げ出そうとしてることも。でも、逃がしません。いったん宙ぶらりんになってもらいますね」


 暴風に煽られるゲメトミリアズは見た。魔女と弓巫女に気を取られ、わずかにも意識を向けなかった取るに足らない餓鬼。

 それは魔女たちの前に立ち、恐るべき力を放つ魔道具を掲げていた。

 暴風は荒れ狂い、天空遥か高くまで、二体の魔王と抜け殻の甲羅を運び、そして。


「そして、『上昇気流』からの『下降突風』コンボ、受けてください!」


 上昇時をはるかに上回る急降下にて、計3体の魔物は大地に叩きつけられたのだ。



 TCGの魅力の一つに、複数のカード効果を組み合わせるコンビネーションがある。

 それは一見デメリットに見えるような効果がある別のカードの効果のキーになったり、また別々のカードの効果が重なり合って相乗効果を生み出すような組み合わせの事だ。

 今回、私がまず繰り出したのはこの二つの魔符だ。


名称:上昇気流

マナ数:風〇〇〇

区分:即時・付与魔術

対象:全てのモンスター

対象全てに飛行特性を付与する


名称:下降突風

マナ数:風〇〇

区分:即時魔術

対象:全ての飛行特性モンスター

全ての対象は次ターンまで飛行特性を失い、生命の半分のダメージを受け、攻撃と任意発動効果を封じる


 上昇気流は飛翔の効果範囲拡大版。下降突風は全ての飛行モンスターを対空特性にさらされたように地面に叩き堕とす魔符だ。

 下降突風はただの対空に比べて前生で言うダウンバースト現象でも引き起こしているらしく、ただ撃ち落とすより効果が高いのか攻撃や任意発動効果まで失わせる。

 どちらもさっき貰った魔符だ。

 この二つの効果が組み合わさると強力なシナジーを発揮するのは見ての通り。

 全てのモンスターは行動を封じられた上に生命の半分のダメージを負うことになる。

 その結果、私の魔符術者としての目は、2体の魔王と抜け殻の甲羅の生命をこう見通していた。


名称:堕ちた世界樹の魔王『エスメリア』

生命:1500-750=750


名称:浸食する沼地の魔王『ゲメトミリアズ』

生命:15800-7900=7900


名称:身代わり隷属獣

属性:亀

攻撃:0

防御:100

生命:100-50=50


 一気に全部の生命が半分になっている。

 特に沼地の魔王は元の生命が多かっただけに大ダメージだ。

 マスターカードに記された私の生命の値2000を考えると、4回は死ねるダメージなのだから、自分でやっておいて恐ろしくもなる。

 だがまだ足りないし、あれらがまた動き出す前にやるべきことをやっておこう。

 まだ私には自由に使えるマナが残っているのだから。

 私は新たに得た魔符、その内から2枚を手に取ると、魔力を通してそれらを出現させる。


名称:紅蓮の宝珠

マナ数:〇

区分:設置魔術

属性:宝珠

効果:1ターンに一度火属性マナ1生成


名称:深淵の宝珠

マナ数:〇

区分:設置魔術

属性:宝珠

効果:1ターンに一度陰属性マナ1生成


 燃えるような紅い輝きを放つ宝珠と、周囲の闇夜さえ吸い込みそうな深い漆黒の宝珠。

 その二つが虚空に生み出され、ゆっくりと私の周りを廻りだす。

 これが師匠が生み出した新たな魔符だった。

 複数属性のマナが干渉しあい思ったようにマナが生み出せない問題。

 それを師匠はエスメリアの能力、特に眷属達が生み出すマナに着目して、マナを生み出す専用の魔符を生み出したのだ。

 呼び出した直後ではマナを引き出せないが、属性に多様性を確保できる強力な魔符だった。

 これで元々今マスターカードに示されている風属性8マナと水属性1マナに加えて、火と陰の魔符も扱えるようになる。

 墜落の衝撃から立ち直ろうとする魔王達を見ながら、私は手の中に在る更なる魔符を確かめた。

 ふと、そこで一つ検証するべき事を思いつく。

 私は振り返ると、師匠に問いかけた。


「師匠、飛翔からの墜落時の生命の半分って、最大値と現在値のどちらですか?」

「さあ、どうだったかしら? 怪巨鳥の時はどうだったの?」

「あの時は墜落先の場所の効果が抜群だったのでわからなかったんですよね…」

「じゃぁ、試してみたら? テスターのお仕事でしょう?」

「それもそうですね、わかりました」


 仮にも魔王と戦って居るはずの私と師匠の会話を、ジュリエッタさんがあきれた面持ちで見ているような気がしたが、とりあえず横に置いておこう。

 何しろ、魔王との戦いと言う課題に加えて、新たにオーダーが追加されたのだから。



(何がどうなっておるのだ!?)


 ゲメトミリアズは混乱の極みの中にいた。

 初めの墜落から併せ3度。

 荒れ狂う暴風は沼地の魔王であるゲメトミリアズをして、風に翻弄する木の葉の如きに暴虐を為した。

 激しい衝撃で己の命が急激に衰えてゆくのを感じながら、同時に行動を封じられて居るためなすすべもない。


「上昇気流と下降突風を3枚使い切ってしましたが…落下ダメージはどうやら生命の最大値の半分ではなく、現在値の半分のようですね。どちらも再生もちとはいえ、最大値の半分なら3度目には倒せているはずですし」


 魔王が目の前にいるというのに怯えもしない恐るべき子供が何かを言っているが、ゲメトミリアズには理解不能であった。


(こんな筈ではない! このような話は聞いていない! この場所には魔女だけしかいないのではなかったのか!?)


 かつて敗れたことが有るからこそ、神の欠片が片割れのみで居ると聞いたからゲメトミリアズは動いたのだ。

 魔女がもう一方の神の片割れや大妖精の巫女どもと離れて行動していると知ったからこそ…

 それが想定外のクソ枯れ木の魔王に邪魔され、弓巫女が飛来し、今は恐るべき餓鬼が猛威を振るっている。

 いつの間にか餓鬼の周囲に無数の宝珠が恐るべき力を放っていた。

 身代わりにしようとした甲羅の下僕は既に朽ち、世界樹の魔王は姿を消している。


(あ、あれはいったい何なのだ!?)


 未だ大きな力を持ちながら、沼地の魔王ゲメトミリアズはその子供を恐怖した。



 師匠曰はく、どうしても同じ種類の魔符は魔力干渉の関係上、3枚までしか一度に使えないらしい。

 上昇落下コンボは3回まで。とはいえ、落下ダメージの検証は十分だ。

 落下ダメージが生命の最大値の半分だったら、2度目の下降突風で少なくとも再生能力を持たない身代わりの甲羅は死んでいた筈。

 しかし、2回目の落下、そして3回目の落下で次のような結果になっていた。


名称:堕ちた世界樹の魔王『エスメリア』

生命:1050-525=525 825-413=412


名称:浸食する沼地の魔王『ゲメトミリアズ』

生命:8000-4000=4000 4100-2050=2050


名称:身代わり隷属獣

生命:50-25=25 25-13=12


 魔王2体は再生持ちだけにしぶといが、身代わりの甲羅の魔物は既に瀕死だ。

 なら、エスメリアの魔王の側面と身代わりの魔物に、そろそろとどめを刺しておこう。

 私の周りには、2回目の落下の直後に追加した宝珠を見やる。

 初めに呼び出した分と合わせて、紅蓮の宝珠と深淵の宝珠が3つづつ。

 まだマスターカード側も2マナ残っているし、この手番でどちらも倒し切れる。


「『紅蓮の鏃』」


 火のマナから転じた炎の矢が、抜け殻の甲羅を射抜き、あっけなく燃やし尽くす。

 そしてもう一体。先ほどからされるがままだった世界樹の魔王は、倒れ伏したまま何処かこちらを見つめている気がした。


「愛おしい子。我が半身は貴方を認めた。さあ、契約の時は今」


 手の中の魔符から世界樹としてのエスメリアが、私を促した。

 私は一つ頷き、かつて師匠が使った魔符を2枚起動させる。

 2枚の、『爆破』。

 未だ再生を続けていた世界樹の魔王は、その身を炎に焼かれた。

 同時に、私の手の中に在った固有種としてのエスメリアの魔符が淡い光に包まれる。


「ああ、愛しき子とのつながりを感じる…今こそ、貴方は私の主」


 感慨深げに声を漏らすエスメリア。

 私も、その力を感じ取ることができた。

 世界樹、豊穣をもたらすもの、万物を生み出す者。

 呼び出せれば、場を決定的に支配することが可能な、術者にとっての理想的なパートナー。

 感慨に浸りたくなるが、まだ場には相手が残っている。

 気を引き締めないといけない。何しろもう、上昇落下のコンボは使えない。

 もはや相手は単体しかいないのだから、飛翔の魔符で浮かせることはできる。

 しかし、下降突風のような対空特性じみた魔符はまだ他に存在していなかった。

 対空特性持ちモンスターを呼び出しても、沼地の魔王が逃げに徹したら意味はない。

 ここまで魔符の効果で攻撃的行動を封じてきたが、ここからどうするべきか…

 私は、今の手番で最後に残ったマナを使いながら、沼地の魔王の次の行動を窺うのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

作中カード紹介


名称:上昇気流

マナ数:風〇〇〇

区分:即時・付与魔術

対象:全てのモンスター

対象全てに飛行特性を付与する

「荒れ狂う突風は全てを天へと攫った」


名称:下降突風

マナ数:風〇〇

区分:即時魔術

対象:全ての飛行特性モンスター

全ての対象は次ターンまで飛行特性を失い、生命の半分のダメージを受け、攻撃と任意発動効果を封じる

「あの風は何だったんだ!? 小屋が上から押しつぶされちまった!」


名称:紅蓮の宝珠

マナ数:〇

区分:設置魔術

属性:宝珠

効果:1ターンに一度火属性マナ1生成

「深紅の光が宝珠に宿るとき、炎の力は我がものとなる」


名称:深淵の宝珠

マナ数:〇

区分:設置魔術

属性:宝珠

効果:1ターンに一度陰属性マナ1生成

「闇の祝福こそ救い、夜闇は全てを覆い抱くだろう」


解説:本来ヘカティアは、魔符魔術を全ての属性のマナを駆使して扱うものとして制作するつもりであった。

 しかし、多属性のマナに染まったマスターカードでは、引き出せる最大マナの減少と言う結果を招いた。

 これを解決する為に研究され、作られたのが、設置型宝珠の魔符である。

 エスメリアの覚醒と、その能力を知ったヘカティアは、その能力を特に眷属が生み出すマナに目を向けた。

 生み出す眷属がマナを生み出す力の流れは、マスターカードとは別経路でマナを生成していると見抜いたのだ。

 つまり、マスターカードを介さないマナの経路を何らかの形で生成するならば、多属性のマナの制限にとらわれないマナを生成可能であると。

 その視点から生み出されたのが、この各属性の宝珠である。

 設置の際のマナを属性に染めないまま設置可能なこの宝珠は、使用しても基本マナ経路が属性に染まらず増えない代わりに、完全に別個の経路でマナを生成する。

 作中では火属性の紅蓮の宝珠、陰属性の深淵の宝珠が既に登場したが、他にも陽属性の陽光の宝珠、風属性の蒼天の宝珠、水属性の紺碧の宝珠、土属性の大地の宝珠が存在している。


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