18話 沼地の魔王の実力について そして戦いの火蓋は切って落とされる
「ジュリエッタさん! こっちに! 飛翔の魔符を解除する必要があるので!」
天空遥か高くから魔力矢の雨を降らせていたジュリエッタは、持たされた通信の魔道具からの声受け、その姿を見やった。
彼女の新しい主は、以前からの主の元で何かを準備している。
その全てを終えるまで2体の魔王を抑えるのを己の任としていたが、呼ばれたからには向かわなければいけない。
また彼女の新しい主の扱う魔符を介しての魔術は、強力な効果を発揮するが同時に制約も多い。
ジュリエッタを今飛行させている魔術も、他の何かを成すためには邪魔となることもあるのだろう。
(名残惜しくもありますが、また飛ばせてもらえばいいだけですからね)
ジュリエッタは次第に高度を下げながら、それでもまだ矢を放つのは止めない。
天空からの一方的な射撃は、相手が飛べずその高度まで届き得る攻撃手段が無い限り、圧倒的な優位を彼女にもたらす。
それを捨て去り、なおかつ主たちの安全を確保しなければならないのだから、手を止めるわけにはいかない。
もっとも、少々状況も変わりつつあるようだった。
2体の魔王の片割れ、世界樹の魔王は先ほどから動きを見せず、その巨大な体を少しづつ縮ませているようにも見える。
対して沼地の魔王は天空からの矢から身を守るように、その姿を巨大な甲羅を持つものへと変えていた。
強固な甲羅に身を隠し、沼地の魔王は持久戦の構えのようであった。
(あれはキュリア海岸の大甲亀の姿に似ています。やはり取り込んでいましたか)
ともに直ぐ様の攻勢に出るようにも見えず、またジュリエッタの矢も弾かれるばかりになったことで、彼女は矢の頻度を落とし、一気に主の元へと向かう。
結局の所、この魔王たちと最後に向かい合うのは彼女の新しい主その人だと決められていた。
その時がやってきたのだ。
「我が主、愛しき子よ。我との正式な契約は、あの我が悪しき半身、かつて不浄のヤドリギに蝕まれたが故に、主との契約を拒む我の一部を打倒さねば、果たされぬ」
私の手の中の意思を持つ魔符が語り掛けてくる。
固有種と言う魔符は、いわばそれぞれ世界にただ1枚しか存在しえないのだと師匠は語った。
強力な個体の魔物の意思や魂を魔符につなげることで、成立する特殊な魔符だと。
今私の手の中に在る魔符『エスメリア』はその初めの一枚。
その本体は、今も私の背後で存在している母上と私の住居である堕ちた世界樹の躯そのものなのだと言う。
魔符による召喚は、マナから生成した仮初の肉体に、術者の魂の複製を宿すことで裏切らない配下として生み出すというプロセスを経ることは、以前師匠から習っていた。
固有種の魔符は、マナから仮初の肉体を生成するところまでは同じ。違うのは、複製する魂が魔符につながったこの世界に存在する実在の個体から、という点だ。
つまりその魔符を扱う術者と固有種魔符との間に、何らかの契約や信頼関係を構築しない限り意のままに動いてくれはしない。
デメリットしかないようにも思えるが、エスメリアの持つ規格外の力を思えば、それも仕方のない事なのだろう。
強力な個体相手だからこそ、お互い納得のいく契約を以て結ばれる必要がある。
あの沼地の魔王を倒すのに、私もその力を借りたいと思っているが、何よりエスメリア自身が私との契約を望んでいるのだ。
彼女、エスメリアは、師匠に打倒された後、その遺った身体を住居とされながらも、同時に師匠からの浄化を受けていた。
幾らエスメリアが強力な豊穣の力を持っていたとしても、師匠たちならば文字通り根こそぎ滅ぼせたはずだ。
しかし彼女は世界樹であり、森という存在の源だ。完全に打倒し滅ぼしてしまっては、この大森林は生きるもの無き滅んだ地に変わってしまうことを師匠たちは知っていた。
だから完全に滅ぼさずに、躯の浄化を続けることで本来の世界樹の姿を取り戻させようとしたのだった。
それは奇妙な偶然をもたらした。
ゆったりとした再生の中、エスメリアは彼女のナカで暮らす魔女と幼い子供を認識したのだ。
それはおぼろげな夢の中のようで、それでも確かな実感としてあった。
どちらも少々奇妙な性格の母子であったが、本来の地母神的側面を取り戻すエスメリアにとって、その暮らしはとても微笑ましかったのだ。その子供を己の子としても見てしまうようになるほどに。
そしてつい先日。少年の旅立ちと言う離別を経ることで、彼女の意識は完全なる覚醒を果たし、同時に魔女にもその意識を察知されることになる。
そこで、彼女は語ったのだ。私の力になりたいと。
「でも、やっぱりこういうのは形式が大事な訳なのよ。だからワタシは、この子のまだ僅かに残っていた魔王としての部分を切り離して、貴方への今回の旅の終わりの試練として用意しようとしたのよね。ちゃんと倒せば、貴方の力になってくれるし、試練としても悪くないと思ったし、魔王の部分の最後の浄化にも丁度いいし…」
師匠がそういいつつも、忌々しそうに大亀と化した沼地の魔王を睨みつける。
「それが丁度魔王の部分を分離しようって時にトトラスの村がアイツに襲われるじゃない! まったくとんだ邪魔が入ったものだわ! おまけに魔王としての世界樹も、アイツに反応して勝手に分離するわで本当に苦労したわよ……」
「私が討伐しようとしていた魔物も、大分あの魔王に取り込まれてしまっているみたいですね…あの甲羅、大甲亀のモノですよね?」
ホント色々予定が狂っちゃったわね~、などと呟く師匠。その隣りへ、上空からジュリエッタさんが降りてきた。
「お待たせ致しました、神子様、ローウェイン様」
「お疲れさまね。相変わらず頼もしいことこの上ないわ」
確かに、上空からの矢の雨は強すぎた。
あれほど居た沼地の魔王の眷属の群れを一掃して、今の今まで魔王2体を完全に足止めしていた。
ジュリエッタさんの攻撃を嫌って2体とも身を守る体勢に追い込んでいるのも心強い。
これならば、私の方の準備もすぐに整えられる。
意を決した私を、師匠が見つめた。
「ローウェイン。あの2体を倒しなさい。片方は貴方の力になってもらうために、そしてもう片方は貴方の魔符魔術は魔王なんかに負けないってことを、証明するために」
「はい、師匠」
「エスメリアちゃん以外に渡した新しい魔符、使いこなせるわね?」
「ええ、もうどう扱うかも頭の中に在ります」
固有種以外にも用意されて居た魔符は、これもまた強力な力を秘めている。
どの道、この戦いではエスメリアの力は借りられない以上、当初考えていた戦略であの2体の魔王を倒す必要がある。
私は手の中に在るマスターカードを見た。
現状のマスターカードのマナは風属性が8つと水属性が1つに染まっている。
高速での飛行の為に染め上げた風マナと、飛行の負荷によるダメージの回復の為に使用した治癒魔術の水マナ1つ。
今、防御に身体を固めた魔王2体なら、良い具合にまとめて大ダメージを与えられる方法が私の手の中に存在した。
同時に、改めて魔符使いとしての『目』で、魔王達を見る。
名称:堕ちた世界樹の魔王『エスメリア』
属性:樹精・世界樹・魔王
攻撃:800
防御:800
生命:1500
効果:毎ターン自身の生命300回復、術者及び味方モンスターの生命100回復
任意発動:ターンに1体。植物属性で攻撃/300 防御/300 生命/300 特性:毎ターン土マナ1を生成をもつモンスターを生み出せる
魔王としてのエスメリアは脅威ではあるが、私から見て最大に壊れた能力と映った術者に関わる部分は失われているため、深刻ではないと思えた。
樹精と言う事は、大型モンスター除去に有効な道連れの入水は有効ではない可能性は高いが、何とかなるだろう。
問題はもう一方の方だ。
名称:浸食する沼地の魔王『ゲメトミリアズ』
属性:溶魔・蛇・亀・魚・貝・蟹・獣・樹・魔王
攻撃:810x9回
防御:800
生命:16000
効果:毎ターン自身の生命100回復
任意発動:攻撃した際ダメージが発生しなかった場合攻撃+10
任意発動:攻撃を受けた際、ダメージが発生した場合防御+10
任意発動:モンスターを倒した際に発動する。倒したモンスターの最大生命値-100分自身の最大生命値に追加する。倒したモンスターの属性を自身に追加する。攻撃回数は保有する属性の数となる。
任意発動:任意の生命値を消費する。消費した生命値を攻撃防御生命に振り分けた眷属として召喚する。それらは保有する属性の何れかを有する。消費する生命の上限は100まで。
何だこのぶっ壊れは。能力の基本値と特殊能力の質と数が狂ってるぞ!?
これがこの世界の魔王か…質悪いにもほどがある。
戦えば戦うほど強くなる特性とか、倒した相手が多いほどどんどん際限なく強化されるって事じゃないか!
ここに来た時に大量に眷属が居たけれど、一番下の能力で生み出したってことになるわけで…つまり生命の値はもっと多かったことになる。
数だけの雑魚だったからジュリエッタさんの魔力矢の豪雨で一層出来ていたけれど、仮にそうしなかったらどうなっていたことか…
だけど、私は確信した。
確かにこの2体、特に沼地の魔王ゲメトミリアズは強い。
水棲の魔物がベースだけにこちらにも道連れの入水は効かないし、生命力の多さは直接火力やモンスターの多少の攻撃にも耐えるだろう。
攻撃面でも基本能力の高さから、攻撃されれば私は一瞬でミンチになってしまうだろうことは明白だ。
だけど、勝つのは私だ。
もう勝利の方程式は動かない。
おあつらえ向きに、2体の魔王はまだ防御態勢だ。
ならば、先制攻撃と行かせてもらおう。
私は今あるマナを加味して適切な魔符を取り出し魔力を込めた。
さぁ、開幕と行こう!
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