17話 固有種召喚について もしくは英雄の実力と、見守っていてくれたのは魔女だけでは無かったという話
シリアム大森林の中央部、魔女の棲み処たる世界樹跡地では、一つの戦いの趨勢が決まろうとしていた。
強大であった世界樹の魔王はいつかしその動きを鈍らせ、防戦一方となっている。
対して沼地の魔王は元の異形を更に変化させていた。無数に生やした触手は今や一本一本が樹の幹めいた大蛇となり、大本の胴もまるで大樹の如く。
沼地の魔王は、争っていた世界樹の魔王の微小に散った表皮を取り込み、その特性を次第に獲得していったのだ。
世界樹の魔王は、傷を豊穣の力で癒すことはできたが、相手の力を取り込む能力という点では沼地の魔王に劣っていた。
対して沼地の魔王は吸収に特化している。その差がこうして明確な差となって表れてきていた。
更には戦いの最中に千切られた触手が無数の水棲の魔物と化し、周囲を取り囲んでいる。
それは世界樹の魔王の退路を断つ為であったが、同時に魔女の棲み処も取り囲み逃がさぬ為でもあった。
(そろそろ不味いかしら…まだ村の方の治療を止めるわけにはいかないけれど、周りにいる眷属を周囲に散らされたら、それこそ治療どころじゃなくなるわよね)
未だに周囲への結界の維持と、分身による遠方での治療を両立させている魔女ヘカティアだが、その顔には焦りの色が濃く滲む。
今はまだ沼地の魔王の眷属の群れが周囲を包囲しているだけだが、これが世界樹の魔王が打倒された場合、結界を取り囲んでいるもの以外が周囲へと散らばり、他の開拓村へと向かう可能性があった。
その場合、いくつかの状況を切り捨て、魔王とその眷属を打倒しなければならないだろう。
少なくとも、それを成し得る力を魔女は持ち合わせている。
しかし魔女はいまだに手の中のモノを投げ捨てようとはしていなかった。
この地は、まかりなりにも彼女が愛した男の領地なのだ。その地に被害が出たなら、対処しなければならない。
いくつかの集中すべき案件に取り掛かっていなかったら、そもそも沼地の魔王接近前にどうにかしていたし、村の瀕死となった重傷者の治療が無ければ、今にでも自身で戦っていたかもしれない。
ローウェインには過少に話していたが、トトラスの村民は致命傷を負ったものも多かったのだ。
しかしヘカティアの尽力により、今は辛うじて命を繋いでいる。
故に今力を攻めに転じることはできなかった。
周囲を取り巻く結界の維持も同じだ。それは、住居を守るものとは別に、2体の魔王のぶつかり合いから周囲の森を守るものの二つが維持されている。
沼地の魔王は最悪の場合、森の木々からも力を得ることができる。ここまで魔王が辿ってきた道行にそって、森の木々が涸れ果てているのがその証拠だ。
少なくとも、この時まで2体の魔王の戦いが均衡を保てていたのはそれも原因だった。
だが今や力は均衡を失い、遠からず世界樹の魔王を捕食するように思われた。
その時だ。
純白のスコールが、森の空き地に降り注いだ。
光めいた雨の一筋一筋が刃となって、魔王の眷属達を穿ってゆく!
「ググァァァ!??」
「ぐっ!? いったい何が!?」
二体の魔王にも光の雨は無数に降り注ぎ、その動きを止めた。
世界樹の魔王は元からの、沼地の魔王からは奪った力を元にした表皮の固さで傷こそ負わなかったが、その衝撃と光の雨の正体を目にし衝撃を受ける。
「矢、だと!? このような強力な、それも無数の!?」
今なお降り注ぐ矢の雨の源を追って天を仰ぐと、そこには天空の射手がいた。
上空遥か高く、地上からでは豆よりも小さく見えるその人影は、間断なくそして容赦なく矢を打ち続ける。
沼地の魔王は、その正体を知っていた。
「大妖精の弓巫女か! 神の欠片の犬どもめ!」
忌々しくその存在を吐き捨てる。
神の欠片の側近中の側近として、それらが生まれる前より周囲を守護し、付き従う者たち。
特に弓矢の使い手として名を馳せたその者は、かつて神の欠片を攫おうとした際に沼地の魔王を大いに苦しめたのだ。
もし世界樹の魔王の堅牢な外皮を得ていなければ、再び力を失った姿に戻されていたかもしれぬ、恐るべき猛攻であった。
しかし沼地の魔王は同時に安堵もしていた。
かつて多くの眷属を屠り、己の力なき分身をも屠り、今新たに生み出した眷属達は一掃されてしまったものの、己の身体は一筋たりとも傷を負っていない。
微かについた傷も世界樹の魔王から奪った豊穣の力で癒されているのだ。
もはや沼地の魔王にとって弓の巫女は脅威ではない。
強固な守りと癒しの力、そして各地の魔物から奪った力。その全てを以てして、神の欠片たる魔女さえも取り込み、最後にもう一人の片割れも手中にする。
200年近い時を経て、ようやく沼地の魔王は目的に手が届くと確信した。
しかし、魔王は気付いていなかった。
長らく英雄を続けた弓の巫女の猛攻は、ただお時間稼ぎだという事に。
結界を取り囲んでいた魔王の眷属は一気に屠られ、二体の魔王は矢の豪雨で動きを止められている間に、弓の巫女の新たな主がその師のの元へ向かったことに。
魔王は、気付かなかったのだ。
「師匠! お待たせしました!」
「待ってたわよ。遅かったじゃない」
空を駆け、私はほんの数日離れていた自らの家にたどり着いていた。
私が近づいてくるのを見て、師匠がタイミングよく一瞬結界に穴をあけ、私を招き寄せる。
師匠は長く集中を続けているためか、幾ばくかの疲れの色を漂わせていたが、私とジュリエッタさんの到着に安堵したのか表情を和ませた。
「急いで飛んできたのですけど…」
「判ってるわよ。ああ、もうこんなに頭ぼさぼさにして…治してあげるからこっちに来なさい」
何しろ飛翔の魔符の最高速度は音の速さに匹敵する。それだけに空気の抵抗から体への負担も高く、道中何度か治癒の魔術を使う羽目になってしまった。
この身体がまだ幼いとはいえ師匠が特別に調整した肉体で無ければ、到底今こうして建ってはいられなかっただろう。
当然師匠の言うとおり、頭など乱れ切っている。
師匠は片手で結界を未だ維持しながら、もう一方の手で私の神を整えてくれた。
……何だかんだと普段はお互い遠慮のない物言いをしているけれど、やはりこのヒトは私の今生の母なのだな…
こんな状況の中ながら、感慨に浸ってしまいそうになる。
とはいえ、ゆっくりしていられるのはジュリエッタさんが全力で魔王たちの足止めをしてくれているからだ。
直ぐにも、動かなければいけない。
私の微かな焦りを感じたのか、それとも満足いく程度に私の髪が整ったのか、師匠は一つ頷くと新たな魔符を取り出していた。
「これでいいわ。折角、この子との初顔合わせなんだから、少しは小奇麗にしておかないと」
「この子、とは珍しい言い方をしますね、師匠。その魔符は? 先に連絡した際に聞いたものとは違うように見受けられますが」
余り魔符に対してしない呼び方をした師匠に、私は違和感を覚えた。
手渡されたその魔符はこう書かれていた。
名称:世界樹の後継『エスメリア』
マナ数:土土土土土土土土土土
区分:召喚魔術
属性:樹精・世界樹・王・固有種
攻撃:800
防御:800
生命:1500
効果:毎ターン自身の生命300回復、術者及び味方モンスターの生命100回復
任意発動:マナ1使用:任意の属性マナ1生成
任意発動:ターンに1枚任意の使用済み魔符を使用可能状態に戻す
任意発動:ターンに1体。植物属性で攻撃/300 防御/300 生命/300 特性:毎ターン土マナ1を生成をもつモンスターを生み出せる
なんだこのぶっ壊れ。攻撃と防御こそ同じマナを要求した地王獣の方が上だけど能力が盛られ過ぎだ。
生命は高すぎるし、攻撃防御も高いけど、まず壊れてるのが回復能力だ。
常時全員100、本人に至っては300回復とか、鉄壁過ぎるぞ!?
延々地王獣に殴られ続けても平気ってことになる。
そして何よりこのマナ精製能力と変換能力! これ一枚で土デッキが多色万能に早変わりだぞ!?
ただでさえマナ加速のある土が一気に壊れになるんじゃないだろうか?
下手すると他の属性の大型魔術でさえ使いまくれることになるぞ…って、ちょっと待った!?
そこまで考えて、私は書かれている属性に気が付く。
世界樹で、王? それってもしかして…
「そう、あそこでいま矢を受けてる世界樹の魔王がそれよ。能力はほぼ同じ。契約してる術者が居ないから、生かせない能力が多くて不利になってるのよね。沼地の奴相手に下手に眷属を増やすのは、悪手でもあるし…」
「…え? いやでもこれ使用済み状態になっていませんが…いや、もう一枚あるのかな?」
「我はただ一種固有の我だけだぞ、愛し子よ」
「っ!? 誰ですか!?」
師匠の言葉に疑問を覚えていると、不意に手元から記憶にない声がかかる。
驚いて視線を下ろすと、カードの上側半分に描かれたそのイラスト…大妖精族の女性に見えるその存在が、私の方を向いて話しかけてきていた。
「我こそ、かつて不浄のヤドリギに蝕まれ、魔女により解放され、そして今新たな姿を得た者。名をエスメリアという。よろしく頼むぞ、我が愛おしき子にして、マスターよ」
世界樹の後継『エスメリア』
今のところ世界唯一の、意思を持ち、世界に1枚しか存在できない『固有種』の召喚魔符。
彼女は私の手の中で念願叶ったと言わんばかりにまばゆい笑顔を浮かべていた。
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作中カード紹介
名称:世界樹の後継『エスメリア』
マナ数:土土土土土土土土土土
区分:召喚魔術
属性:樹精・世界樹・王・固有種
攻撃:800
防御:800
生命:1500
効果:毎ターン自身の生命300回復、術者及び味方モンスターの生命100回復
任意発動:マナ1使用:任意の属性マナ1生成
任意発動:ターンに1枚任意の使用済み魔符を使用可能状態に戻す
任意発動:ターンに1体。植物属性で攻撃/300 防御/300 生命/300 特性:毎ターン土マナ1を生成をもつモンスターを生み出せる
「我こそ、かつて不浄のヤドリギに蝕まれ、魔女により解放され、そして今新たな姿を得た者。名をエスメリアという。よろしく頼むぞ、我が愛おしき子にして、マスターよ」
解説:固有種の説明は後の作中にて。
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