10話 飛行特性と対空特性について 飛ぶ鳥は落とすに限るという話

 空を飛ぶと言うのは、大地の上で這う事しかできない翼無き者たちにとって、共通の憧れだろう。

 世に知られた英雄でもあるジュリオことジュリエッタも、少なからずそういう想いを持っていた。

 空中を進む経験はこれが初めてではない。

 高い身体能力からの低空ながら飛ぶが如き跳躍は可能であるし、仕えるべき主であるウェドネス、ヘカティアの魔術で長距離を移動したこともある。

 むしろだからこそであろうか? 少なからず飛んだことがあるがゆえに、ジュリエッタは空を飛ぶ素晴らしさを好むのだ。

 今眼下に広がる光景。鬱蒼とした森林をその中に埋もれることなく見渡せる爽快さよ。

 視界を上げれば遠く稜線を成す地平線。地を這う者では生涯得られぬ雄大な光景。

 久々に得られたこれらの上を、ジュリエッタは飛翔する。この飛翔をもたらした少年と共に。

 目指すのは、シリアム大森林の北方、ポルクの山峰。

 少年、ローウェインの討伐すべき魔はそこに居る。


「ご子息がまず討伐すべきは、ポルクの山峰に巣くう怪巨鳥となりましょう」

「怪、巨鳥…」


 空へと共に飛び立つ前、ジュリエッタは仕える主の息子に告げた。

 想定していた旅路の道中にて討伐すべき標的に関して語るつもりであったが、飛翔しての移動が叶うとなれば移動に時間はかからず、ならば先にというわけだ。


「ポルクの山峰は高く険しく、されど古くよりの交易路となる峠が何経路か存在しておりました。しかし、あるとき怪巨鳥の群れが居付くようになり、交易路は彼奴等の狩場となったので御座います」


 なにしろ怪巨鳥は一羽の魔物として見ても、一口で荷馬を飲み込む巨躯を持ち合わせ、怪しき鳥の名の通り空を飛ぶ脅威である。

 それが群れを成し集団で峠を行く隊商に襲い掛かったというのだから恐ろしい。

 ポルクの山峰は領土外であるがゆえに帝国は動かず、また群れ成す巨鳥を退治しきるには多大な労力が見込まれ必然的に貴重な交易路は廃れてしまったのだ。

 しかし10年前に状況は一変する。

 巨鳥が巣くった山々の南にある大森林が、新生アテルス帝国に編入されたのだ。

 これにより交易路の復活が商人ギルドより要望として出され、帝国としてもポルクの山峰のさらに北にある諸国群との関係を優位に保つべく動き出す。

 怪巨鳥の討伐部隊が編成されたのだ。

 しかし…


「討伐部隊の編成されること実に4度。その全てが失敗に終わっております」

「えっ帝国も魔術貴族を多く抱えているのに、ですか? それに、ジュリオさんのような英雄が居るのに…」

「確かに我が技量ならば怪巨鳥は恐れるに値しませぬ。神子様方がお赴かれても屠るに容易いでしょう。いっそ初めの討伐部隊に参加していれば違ったのでしょうが…時期が悪うございました」


 討伐部隊の編成においては、多分に政治的な要因が大きかった。

 大森林の編入が元をたどればその地を領域としていた世界樹の魔王の討伐に由来しており、それに関わったジュリエッタ達が更に功績を重ねるのを嫌った国内勢力が居たのである。

 初めの討伐部隊は、大森林領有の功績に対抗すべく有力魔術貴族が音頭を取ったものだった。

 しかし、討伐は無残にも失敗した。

 巨鳥の群れに対抗すべく大規模な討伐部隊となったがために巨鳥に行動を察知され、麓に近づいた時点で襲撃されたのだ。

 補給物資を含め、主力兵器である大型弩弓に被害を受けた討伐部隊は、部隊の隊長含む多数の死者を出して敗退を余儀なくされる。

 その後の討伐部隊も、部隊を分ければ各戸に撃破され、隠ぺい魔法での秘匿行軍も山地での行軍の間全てを偽装できずに察知された。

 4度目においてはもはや有力貴族もなりふり構わず、相応の実力を持った魔術師を採算度外視でかき集め、精鋭での作戦を決行した。

 しかし高度からくる高山病と天候不順により魔術師たちの集中は乱れ、全て失敗したのだと。


「……それが、討伐部隊の顛末ですか」

「はい。度重なる討伐の失敗の被害の大きさから、ウェドネス様は件の魔術貴族の顔を立てるのも限度であると判断なされました。それ故ご子息が立てるべき武勲として選ばれたのでしょう」


 ローウェインは、ジュリエッタの言葉に考え込むように目を伏せる。

 それを巨鳥への怯えや不安と捉えたジュリエッタは、言葉をつづけた。


「ご子息、率直に申し上げて、貴方様に神子様方のようなお力は感じませぬ。ですが、この飛翔の魔術は素晴らしきものであり、私が知る魔術の体系では本来高度かつ困難なもの。貴方様のお力は無為に失われてはならぬものと愚考致します」


 ジュリエッタは軽々と空を飛ぶ術を操るこの少年の事を評価していた。

 同時に無邪気な憧れを向けてくる10歳にもならぬ子供を死地に追いやることを案じていた。

 故に主である神の欠片たちからの使命を拡大解釈することも視野に入れ始めていた。


「さすれば斯様な危地に向かわずとも、ウェドネス様の仰られる実績を積む方策を考えてもよろしいのでは? 我が目には、ご子息は戦いに向いているようには思えませぬ。必要ならば、討伐そのものは我が弓にお任せくださればよいのです」


 英雄ジュリオは弓の名手として知られているが、その実態は各種身体強化魔術による精密操作である。

 半ば自律起動する自らの手は無数の矢を生み出す魔術を付与された矢筒と共に、豪雨に例えられるほどの飽和射撃を可能とする。

 その自分ならば、この飛翔の魔術で早々に山地に赴き、彼奴等の巣毎消し飛ばし得る。無理に戦う必要はないのだと。新たな魔術の実績は、戦わずとも得られるのではないかと。

 しかしローウェインは首を振る。

 先ほどからの沈黙は不安からのものではない。思案の顔であった。

 英雄の語る討伐部隊の顛末を聴き、時折箱型の魔道具に触れては視線が宙にさ迷う。手持ちの魔符と告げられた状況を加味し、最適解を模索する。

 そして、さほど時間もかからず一言敬愛する英雄に告げたのだ。


「ジュリオさんが出るまでもありません。多分今日の夕方には全滅させられるでしょう」

「は?」


 顔を上げた少年に先までの英雄にあこがれる色は無く、代わりに確信と自信が浮かんでいる。

 出会った当初からの印象を裏切る変貌に、英雄は困惑した。




 空を飛ぶというのは、恐ろしいことだと私は思う。

 飛翔の魔符の検証で調子に乗って飛び回って、目を回したあげくに地面に激突して死にかけたから実感として身に染みている。

 空と言う広大な空間には遮蔽物と言うものが無く、いつ誰から狙われるか分かったものじゃない。

 空中に向かっての射撃は非常に難易度が高いと聞くが、この世界には魔術がある。

 母上が操る既存体系の魔術を見せてもらったことがあるが、追尾特性とか平気で付与された火炎がどこぞのミサイルサーカスの如くに飛行魔獣を追い回し撃ち落とす様を見て、迂闊に飛ぼうとは思えなくなったのだ。

 せめて防御魔術を準備しておかないと安心できない。

 同時にあまり高度を取って飛行したいとも思えない。高低差は凶器であり、大地は世界最大の鈍器なのだ。

 そして落下のダメージは魔物にも適用される。

 なるほど、多分母上は初手でボーナスステージを用意してくれたのだ。

 空を飛ぶ大型の鳥で、棲んでいるのは険しい山地だとか。

 ほうほうなる程、峰は槍のように鋭く、むき出しの岩地と険しい崖が連なっていると。

 何とも素晴らしい! 大地と言う名の鈍器に岩の棘までついているのを期待できるとかご褒美かな?


 ジュリオ様から聞いた討伐部隊の顛末は、結局のところ攻略法がわかりやすく示されていた。

 一つは、大規模な部隊ではなく少人数で行動すべきこと。

 今回は私とジュリオ様の二人だけだ。

 高速で空を移動しているのもあって、鳥だと見られ餌と思われるのはともかく脅威とは認識してこないだろう。

 問題なく巨鳥の棲み処傍まで近づけるはずだ。

 二つ目は、物資の最小化。

 大型の飛行モンスターを討伐するのに大型弩弓を用意するのは理にかなっているが、どうしても嵩張るし山地への持ち込みには手間がかかる。

 更には部隊単位で管理整備が必要で、どうしても目立ってしまう。隠蔽魔術でもカバーしきれなかった点はそこにある。

 対して私は現地で戦力を魔符で展開可能だ。丁度いい召喚魔符を母上は用意してくれているし、戦力的にも問題はない。

 三つめの高山病や天候不順に関しても問題はない。治癒魔術が様々な体調不良に効果があることはわかっているし、天候不順となってもいくつかの魔符が対応可能。

 そもそも極度の集中が必要なこれまでの魔術に比べ、魔符魔術は体調にさほど影響されない。

 これらを考慮すると、討伐は確実だと思われた。

 その予想は正しく実現した。



「空を飛ぶ相手には対空陣地ですよね!」

「いえ、そのような良く分からない事を、さも当たり前のように言われましても…」


 自身も弓にて名を馳せた英雄が、私の前で言葉を失っていた。

 飛翔で大森林を抜け、そのまま一気に山地を駆けあがった私たちは、かつてかつての交易路、その休息地であったであろう広場に辿りついた。そして私はすぐさま戦力の展開を始めたのだ。

 立て続けに山地の斜面に3つの砦が生まれ、空き地を取り囲む。この砦が新たな魔符で呼び出されたモンスターだ。


名称:堅牢なる弓砦

マナ数:土〇〇〇

区分:召喚魔術

属性:壁・砦

攻撃:0

防御:400

生命:300

効果:対空特性


 丘巨人の攻撃にさえ耐えるのも納得できる堅牢に積みあがった石壁。高い位置の壁のあちこちには銃眼が開けられ、そこから弩弓が見え隠れしている。

 これでは空からうかつに近寄ろうものなら、容易く射抜かれてしまうだろう。

 この弓砦は壁型で敵方に攻撃は出来ないが、堅牢で頑丈の上に対空特性を持っている。

 対空特性と言うのは、飛行特性持ちモンスターから術者を守りカバーできる特性だ。

 更に飛行特性モンスターが対空特性持ちモンスターと戦闘を行った際、飛行属性側は次の手番まで飛行を失い生命の半分のダメージを失うのだ。

 撃墜されて墜落ダメージを受けているのだろう。

 そしてさらに私は、この弓砦にとある魔術を付与していた。


名称:芳醇なる晩餐

マナ数:土〇

区分:付与魔術

対象:対象1体

対象は常に敵モンスターの攻撃対象となる


 この付与魔術は、敵のモンスターの攻撃を一体のモンスターに集中させる効果がある。

 今回の場合は三つの弓砦に付与されているため、敵性モンスターはこれらのうちのどれかを攻撃しなければならない。私とジュリオさんは安全と言う事だ。

 魔符上側のイラストには見るも旨そうな料理が並んでいるが、実際に付与してから空腹をそそる香りがあたりに漂っている気がする。

 その匂いに吊られてか、大きな影が私たちの上空を覆う。

 見上げると、巨大な鳥がいた。

 なるほど、これが怪巨鳥か。

 私の目には森の動物たちのように、召喚モンスター的なその能力が見えていた。


名称:山峰の怪巨鳥

属性:怪生物・鳥

攻撃:400

防御:200

生命:200

効果:飛行特性

※攻撃対象指定状態


 私は話を聞いただけでは猛禽の類のような姿をしているかと思っていたのだが、どうにも毛色が違う。

 表現するならワニの頭を持つ蝙蝠と言った所か。確かにこれは頭に怪の字がつくのも無理はない。

 あとは、巨体から来る攻撃力の高さが特徴かな?

 防御面は空を飛ぶ関係で巨体の印象からすると弱いみたいだ。

 そんな空飛ぶ化け物は、砦に付与された攻撃指定のせいで釣られるように襲い掛かり、放たれた無数の矢で射抜かれ地面に墜落していた。

 それも、ただ落下したのではない。この周囲は急な斜面で、辛うじて休憩所の場所のみが台のようにあるだけ。

 崖も土くれではなく全てが硬く鋭い刃物のごとき岩だ。そんな場所に墜落しようものならただ身体を打ち付けるだけでは済まない。

 岩肌に身体を削られ、切られ、何度も打ち据えられながら谷底へ落ちていくだろう。

 墜落した時点では生命は半減されただけで生きていたかもしれないが、その後はひき肉のようになりながら削られ墜ちて見えなくなっていた。

 うん、成功だ。やはり飛行モンスターは叩き落すに限る。


 都合がいいことに、血の匂いが広まったのか、それともこれも芳醇なる晩餐の効果か、怪巨鳥の群れが引き寄せられて来たようだ。次々に砦に突っ込んでは撃ち落とされていく。

 狂乱状態になっているのか、恐怖すら感じることなく砦に向かっている。

 そして尽く撃ち落されて、谷間へ消えていく。

 前生での飛んで火にいる夏の虫やら落ちろカトンボやらの言葉はこういう時に使うものだったのか。

 そう思いながら矢ぶすまの殲滅劇で次第に密度が薄れる鳥の群れを見上げていると、何やら一際大きな影が飛来する。


「あれは…群の主でしょうか?」

「お下がりください、あ奴こそ初回の討伐にて高名な部隊長を食らった個体かと! ご子息の引き寄せの魔術も効いておらぬようです!」


名称:山峰の王・狂える翼

属性:怪生物・鳥・王

攻撃:1000

防御:500

生命:500

効果:飛行特性・突破特性


 さすがの主といったところかな? 突破特性はモンスターのガードを一切無視できる特性だから、芳醇なる晩餐の効果も弓砦の対空特性も無意味だったみたいだ。

 攻撃値はえげつないし、防御も高い。以前私が召喚した地王獣に匹敵する攻撃がガードをすり抜けて飛んでくるとか詐欺臭いぞ!?

 流石のジュリオさんも直ぐに臨戦態勢になる。

 でもまぁ、安心した。こいつは王で、他の怪巨鳥の支配者だけど、術者じゃない。

 こいつは、モンスターだ。

「道連れの入水っと」

「えっ」


 弓砦が一つ欠けるけれど、残り二つで有象無象の殲滅は可能だろう。

 私はかつて師匠が摸擬戦で地王獣へ行ったように、手持ちのモンスターを代償に滅びをもたらす。

 一瞬で命を失い、谷底へ墜ちて行く主を、唖然としたジュリオさんの視線が追う。

 主だった死骸は他の怪鳥と同様に崖に削られながら姿を消した。

 それは実にあっけない、長らく山岳に君臨した王の最期だった。

 これで討伐一つ目。日暮れまでにはまだ時間があるし、他の怪鳥ももうすぐ全滅させられるだろう。

 ジュリオさんに言ったように夕方までには何とか終わりそうだ。

 そこまで考えて、私は見落としに気付いた。

 …あ、失敗したな。うっかりしていた。


「ジュリオさん、少し困ったことがありまして」

「えっ、な、何か問題が?」

「谷間に堕ちていった死体は、どうしましょう? 討伐の証明も必要、ですよね?」


 谷底に行くには空を飛ぶしかなく、怪鳥が残る状態ではさすがに危険だ。

 そして谷底も無数の死骸で埋まっていることだろう。幾ら他の個体よりも大型とはいえ、ひき肉もどきになって混ざってしまっては見つけられるかどうか。

 せめて引き寄せてから影の呪縛で動きを止めて、それから除去するべきで、それならこの広場にあの主の死体も残った筈なのに。

 夜までに討伐の証になるものが見つかるか、私は不安げに谷底を覗き込むのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

作中カード紹介

名称:堅牢なる弓砦

マナ数:土〇〇〇

区分:召喚魔術

属性:壁

攻撃:0

防御:400

生命:300

効果:対空特性

「飛竜の棲み処の傍には、いつだってこいつが建てられる」


名称:芳醇なる晩餐

マナ数:土〇

区分:付与魔術

対象:対象1体

対象は相手モンスターの攻撃対象となる

「旨そうな匂いだ! 今夜はごちそうだ!」


解説:ローウェインが魔物討伐に出るまでの一ヶ月の間、へカティアが開発した魔符は主に召喚モンスターの様々な特性に関わるものであった。

 彼女はまず飛行特性の付与に成功し、次にそれに対抗するような特性を魔符に持たせることに成功した。それが対空特性である。

 主に射撃を行うようなモンスターに持たされたそれは、空という遮るものの無い空間を行く者たちを只の的へと変える。

 このような特性の相性も含み、召喚魔符は多彩な姿を見せていくことになるのだ。

 余談ながら、空中の的への射撃は本来高度な技術である。弓砦のように量でカバーするならば目標にいずれかは当たるだろうが、そうでなければ高度な軌道計算が必要となる。

 このため対空特性を持つ射撃召喚モンスターは、ヘカティアにより射撃武器に追尾特性を付与されている。

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