9話 同行者について もしくは、推しが急に来たら限界になるのも無理はないという話

 準備期間とされた一ヶ月は瞬く間に過ぎ去り、今私の目の前には一人の英雄が立っていた。


「この方が神子様のご子息なのですね。お初にお目にかかります。我が名はジュリオ。天弓などととも呼ばれております。どうかお見知りおきのほどを」

「………て、てて、て、天弓ジュリオひゃま!?」


 余りの驚きに思わず呂律が回らなくなったが、私は決して悪くない。

 父上が言っていたあ奴、母上の言うジュリちゃん。

 つまり私の魔王退治の旅に同行するのが、田舎の子供ですら知る大英雄だとは想像もしていなかったのだ。


 前生で触れたTCGではファンタジー世界をモチーフにしたものも多く、そこには所謂妖精とうべき姿の種族が居た。エルフ、アールヴ、などと呼ばれた彼らは神の芸術品の如き端麗な容姿を持ち合わせ、自然の化身ともいうべき種族特性は長い寿命と高い魔法親和性を備えていることが多かった。

 今生を生きるこの世界にも似た種族は存在していて、大別して妖精種と呼ばれている。

 天弓ジュリオ様は、その妖精種のうち人間と同じほどの体格を持つ大妖精に生まれた英雄だ。

 吟遊詩人が歌うところによれば、容姿は月の光の如く、語る言葉は湖を渡る春風の如く、その心は清廉なる泉の如し。つまりは非の打ちどころのない超絶イケメンであると彼らは言いたいわけだが、実物を目にすると全く言葉が足りていないと思わされた。

 ありとあらゆるパーツが一つ一つ非の打ちどころなく整い、それらが完璧に調整され配置されるとどうなるかを示した実例がここにあった。

 正直なところ、脳が理解を拒むレベルだ。なんだコレ。

 神々の楽器ならこんな音になるかというようなソレがこのヒトの声で、さらに私の名を呼んだのだと理解するのにも数秒かかったぞ。

 おかしいな? 私は天界で魂だけの状態のつまりは神性そのものの母上を目の当たりにしたことはあったが、ここまで衝撃は受けなかったぞ。

 そんな彼 ―彼? 男なの? こんな美しいヒトが?― が未だ肉体的には9歳の子供である私に視線を合わせるように片膝をついて微笑みかけてくる。

 ………いかん、思考が止まっていた。なんて破壊力だ。イケメンビームとかそういう類かこれ? 前生の男性アイドルに黄色い声を上げていた熱狂的なファンはこんな心境だったのか?

 いやまて私は身の程知らずにも、ごっこ遊びでこの美の化身をただのイケメン呼ばわりしたあげく、運が良ければ役として演じようとしていたのか?

 なんてこった!? 知らなかったとは言えなんてことを! ちょっとくくるのにちょうどいい長さの縄と適度な梁と踏み台は無いか? 手早く罪を償うから!


「あの…神子様、ご子息は大丈夫でしょうか?」

「たまにこの子って妙なところで混乱しだすのよね…こら、正気に戻りなさい」


 ペシンと軽く母上に頭をはたかれて我に返る。

 だって仕方ないだろう。前生で言えばスポーツを始めとする様々な分野のスーパースターが目の前に現れたようなものだ。個人的には始まりのTCGの偉大なる開発者の皆様に前生で会っていたら同じくらいの混乱ぶりになったと思う。

 それ位天弓のジュリオ様は凄い英雄なのだ。

 構えた弓は星さえ射抜き、目にも止まらない矢の連射は一人で大軍を打倒したと言われるほど。

 立ち振る舞いも清廉潔白で、規格外すぎる勇者と比べても劣るところが無いとさえ。

 そんな英雄が、目の前に居る。私に手を差し出している。

 ま、まさか、これは握手を求められているのか?


「は、初めまして。ローウェインと言います」


 差し出された手におずおずと触れ、握る。…不思議だ。英雄譚で聞くような弓の腕ならば使い込まれた指先は固くなっているはずなのに、なんて滑らかで柔らかいんだ。それに触れた瞬間は冷たく感じるのに握り続けているとしっかり暖かく感じる手。それに間近だといい匂いもする…うわぁ、もう色々凄すぎて現実感が何処かに飛んで行ったぞ。

 既に握手は終わっているのにも気づかず、私は今叩き込まれた五感に圧倒されていた。

 そんな私を放置して、母上とジュリオ様は何やら話しているようだが頭に入ってこない。


「じゃ、ローウェイン、行ってらっしゃい。お土産わすれないのよ! そんな訳だからジュリちゃん、この子の事頼んだわよ」

「神子様の御命令とあらば…さぁ、行きましょうか」

「えっ!? あ、あれっ!?」


 結局我に返ったのは、満面の笑みで母上に送り出されてから。美しい顔ながらもどこか微妙な表情なジュリオ様に手を引かれ、再度手の柔らかさを感じてからだった。

 大丈夫か、私。早くジュリオ様に慣れないと、魔王となんて戦えないぞ。

 何とか正気に戻り今度はジュリオ様に慣れようと、私はこの後しばし苦労し続けることとなるのだった。





  大妖精族の巫女、ジュリエッタは概ね何時も困惑している。

 大妖精族は天上の神々の地上管理の為に生み出された存在だ。天上で神々を補佐する天使たちに比べては弱いが、地上で振るっても問題ない程度の力を与えられ、天上からでは困難な地上での世界運営の微調整役を担っている。巫女はその中でも、神々の言葉を地上にもたらす仲介役であり、時に神々が使命を帯びて下天する際には傍仕えとして奉仕する役である。

 ジュリエッタは200年前から始まる神々の下天において、叡智と魔術の神の欠片二柱に仕える事となった巫女の一人であった。

 人の身を器として降臨する二人に幼少時から表向きは友人として接触し、その実数多の脅威から護衛する。二人が成長し学生になると級友として学生生活を共にし、卒業の後は数々の冒険に向かう彼らの仲間という名目で傍にあり続けた。

 今は彼らが下天の目的である魔術の発展の為の研究などに専念しているため、身動きが取れない彼らの代わりに希少な魔術触媒などを集める任を主にしていた。

 それらはいいのだ。神の欠片の2柱に仕える事は、大妖精の巫女としてこれ以上ない喜びなのだから。それぞれの任務も難しいものでもなく、2柱も奇矯な面は確かにあるが彼女によくしてくれていた。

 困惑の原因は、自分自身が天弓ジュリオなる英雄に仕立て上げられてしまったことだ。


 事の起こりは学院内の護衛として共に学院に入学した際の事。護衛の為に学生の寮で同室となるのが望ましく、ヘカティアとウェドネスそれぞれに巫女がついたのである。そしてウェドネスの同室となるべく選ばれたがジュリエッタであった。しかし、学生寮は男女に分かれ、それぞれに異性厳禁。そこで対策として、返送や偽装隠蔽などの魔術を徹底的に施された結果、巫女ジュリエッタは男性ジュリオの幻影をまとうこととなったのだ。

 ここで誤算が生じた。元々のジュリエッタの美しさと偽装魔術の相乗効果で、どんな吟遊詩人が言葉を連ねても足らない地上の美が生まれてしまったのだ。

 その結果、神の欠片たる二人よりも目立つこの世代の話題の中心となってしまい、場合によっては二人から守られるという逆の立場になってしまったのだ。

 これでは目立ちすぎると学内で重要な魔術の成績は意図的に抑えていたのだが、神の欠片二人が有力魔術貴族とのいさかいを起こした際に、大妖精族特有の弓の腕を見せてしまい弓の名手として更に名が高まる始末。

 その後の冒険時代も本人自体が成し遂げた偉業もあるが、多分に神性ふたりの成し遂げた事象が彼女の手柄にされたりといったことも。

 ある意味神の欠片二人をその名声で庇護したり隠している状況であった為利点を認めざるを得ず不満には至らないが、ジュリエッタとしては男性としての振る舞いは本意ではない。

 この200年近く公的には男性としての仮面を被り続け、またその在り様が賞賛され続けるというのは困惑するしかないのだ。


 そして今、新たな困惑の種が目の前にいた。

 真理の神霊の地上の姿である帝国学院長ウェドネスに呼び出された彼女は、猶予期間を経てかつて彼女も戦った堕ちた世界樹の魔王の遺骸、つまり天啓の神霊である魔女ヘカティアの元で、驚くべき存在を紹介されたのだ。


(神子様のご子息とは初耳です…それにこの試練は余りに過酷ではないでしょうか?)


 神子とはその名の通り神々の地上での姿の総称である。この10年ほどばかり、天啓の神霊へカティアとは、彼女がこの大森林に引きこもり何やら研究していた為疎遠であった。

 最後に会ったのは、この住居の元となった堕ちた世界樹の魔王との戦いにおいて。

 その際には目の前にいる少年を内に宿していたのだと言うのだから、ジュリエッタとしても呆れが来る。

 そんな思いをおくびにも出さず、表面上は普段の英雄ジュリオとしての振る舞いで挨拶するが、内心では先に心理の神霊ウェドネスから受けていた説明により、如何に今後の護衛対象に対して接するべきか迷っていた。

 任務自体は簡単だ。この少年を指示された複数の場所まで護衛し、その戦いがを見守る事。

 万が一の時には彼をつれて生還することも含まれている。

 だがジュリエッタ自身が戦うならともかく、討伐するべき存在はまだ10歳に至らぬ子供だ。旅そのものも幼い体にかける負担は大きいものとなる。

 幾らこの少年の両親がかつて腐敗の湿地に住まう魔王を7歳で討伐してしまった実績があったとしても、それは彼らが神の欠片であったからだ。普通の子供はそもそも魔王とは戦うものではなく、吟遊詩人や昔語りが語る逸話の中に居るものだ。

 巫女としての立場では不敬な思考となってしまうが、奇矯な面が強い神子2柱の判断を疑いたくもなる。

 握手の後に陶然とした様子から戻ってこない少年の姿は、彼女と直接出会った数多のごく普通の子供たちと重なるもので、それは今は不安を煽られる。

 巫女は神子へ直接仕える立場であるが、その子息に如何に接するかは微妙な問題だ。

 本来妖精族は神々に仕えるのみであり、地上の他の種は管理するべき地上世界の一事象に過ぎない。

 神の下天した神子の子はあくまで地上での殻より生れた扱いと考えるべきで、ローウェインが仮に表現したならば会社の上司の息子の世話を頼まれたに等しいのだ。

 更には討伐する予定の魔物達の一覧を思い出しても、多少の力を持っていたとしても10歳に満たぬ子供では近寄る事も困難なのでは無いかとジュリエッタは思う。

 現にこの神子の子息からはそこまで力を感じない。ジュリエッタが不安を感じるのも無理は無かった。


「て、天弓ジュリオ様。あの、これからどこへ?」

「どうかジュリオとお呼びくださいご子息。神子様からは伺っておられなかったのですか?」

「行先は旅慣れてる見届け人に任せれば良いわよ、って母上が…」

「ああ、なるほど。では承りましょう」


 ジュリエッタは黙考する。

 この大森林から最も近い目的地は、ポルクの山峰に巣食う怪巨鳥。大森林の中に会ってヘカティアが住まうこの開けた地ならば、ポルクの山峰そのものを望める。

 しかし子供で行きやすい街道を使うならば、まず大森林を出なければならない。大きく迂回して街道で宿場町を経由していくことになると。

 その言葉にしばし考え込む少年に、道行の過酷さにしり込みするのも仕方ないとジュリエッタは思う。


「幸いご子息ならば、我が愛馬に相乗りも叶いましょう。森と空地の境に待たせております。御安心なさいませ」

「いえ、飛んで行った方が近そうですし、飛んでいきましょう」

「は? 今なんと?」


 ジュリエッタがその言葉を理解するよりも早く、ローウェインは既に手になじみつつあるケースを取り出す。

初めて見る魔道具にジュリエッタが反応するよりも先、ローウェインは魔符を2枚ケースから取り出し、魔力を流した。

 すると風の属性に染まった魔力がまずローウェインに。次いで暫く後にジュリエッタの背に集い、半透明の翼を形作る。


「飛翔の魔符です。ジュリオさ…さんの馬は母上の使い魔に預けて、飛んでいきましょう。街道を進むより、ずっと早いですよ」


 軽々と舞い上がり、空から手を差し伸べる少年に、大妖精の巫女にして英雄は言葉を失った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

作中カード紹介


名称:飛翔

マナ数:風〇

区分:即時・付与魔術

対象:対象1体

対象1体に飛行特性を付与する

「風に乗り、天空を駆ける喜びよ」


解説:ヘカティアが召喚モンスターへの特殊能力付与を研究した際に生み出された付与魔術である。

 飛行したモンスターの攻撃から術者を防御モンスターでカバーするためには対空特性か同じく飛行している必要がある。

 モンスターの強化としても、もともと持っている特性としても分かりやすく付与しやすいことから、真っ先に採用された。

 術者にも付与が可能であり、先に紹介された飛行特性を持たない全ての術者とモンスターに大ダメージを与える大地震を始めとする地震魔術とは抜群の相性を発揮する。

 余談ながら術者に付与した場合の最大飛行速度は、風マナの染まり具合に左右される。

 1マナ分の風属性で馬の全速力ほどであり、10マナで染め上げた際は音の速さに到達することがこの1か月のローウェインの検証により判明している。

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