8話 両親について もしくは旅立ちは突然だとという話
「儂は今更ながらに後悔しておるよ。もう少しお主のやる事に口出しすべきじゃったとな」
「あら? 何が不満なのかしら? ちゃんと前に見せた時より魔符開発は進展してるわよ?」
「出来上がった代物が偏り過ぎじゃ。戦闘用ばかりではないか。魔術は戦だけにあらずじゃぞ? 我らの世界の文明に魔術が根幹として関わっておる以上、ほかに優先すべき分野があるじゃろうが」
何とも苦渋に満ちた表情で母上に苦言を並べるのは、見た目はまさしく天使のようなという表現がぴったりの一見15歳程の美少年だ。
サラサラの亜麻色の髪には日の光を浴びて天使の輪が浮かび、しなやかに伸びた手足は若々しい生命力に満ちている。
表情こそ今はしかめられているが、柔らかな微笑でも浮かべようものなら老若男女問わず魅了しかねない。
これで実年齢がそろそろ200歳が見えてきているとか詐欺か何かではないだろうか?
外見を裏切る老人口調も認識にノイズを走らせる。さらに言うならこのショタ老人は、今生の私の身体の遺伝子上の父親に当たるのだ。
神聖アテルス帝国ソロン魔術伯爵にして帝国魔術学院学院長の肩書を持つ私の父上は、名をウェドネス。
数々の偉業を誇ると同時に、今も帝国魔術学院の権勢を高める偉大な大賢者。そして何より母上と同じ叡智と魔術の神の一側面である真理と研究を司る神性だ。
つまるところ、母上とは魂の根幹では同一人物であり、根底を同じくするある意味姉弟とでも言うべき関係であり、下天した地上では男女として結ばれた関係でもあった。
よくよく考えるとかなり倒錯した関係ではないだろうか?
数年前まだ私の肉体が今よりさらに若く衝動に引きずられ気味であったころ、抑えきれない疑問から衝動的に問いかけた言葉に、母上はあっけらかんと答えたものだ。
曰はく、大元の叡智と魔術の神そのものが自己愛の傾向が強く、一言で言えばナルシスト気味であると。故に大本を同じくする父上と母上は愛し合ったのだと。
マジかよ神様ヤバイな! などと前生の若い頃のノリで返してしまった私は悪くない。
また自己愛と言ってもそれぞれ自分の分かれた一側面同士でも好みはあるらしく、父上と母上はお互い相手の姿が自身の理想となる年齢で不老の術を無許可で掛け合ったのだからお似合いというかなんというか。
その外見天使な父上は、只今絶賛母上へのお説教の真っ最中であった。
先ほどから聞いている限り、父上の抗議の内容は傍らで聞いていても概ね同意できる内容ばかりだ。
幾らこの世界が危険に満ちているといっても、戦闘用の魔術ばかり開発するのは問題だ。
新しい魔術体系として確立し世に広めるという目的の為にも、もっと多彩な用途の魔術が求められるのだろう。
あとは母上の根本的な行動部分について。
「何でそうも昔から行き当たりばったりなのじゃ!」
「ワタシの権能が天啓と発想の飛躍だからよ。つまりは思い付きこそワタシ。行き当たりばったりこそワタシじゃない。今更ね」
「百も承知じゃが限度があるわい!」
割と激しく言い合っているように見えるが、実のところこれは挨拶のようなものだ。
父上は母上の元に来るたび、同じような光景を繰り広げているのだが、これは母上曰はく学院でのストレスをとにかく先に吐き出すも同然の行為だという。
つまり、甘えているのよ。となぜか母上は嬉しそうに語っていた。
…まぁ、それはいいのだ。帝国魔術学院というのは、ちらりと耳に挟んだ程度でもドロドロとした政争の場でもあるらしく、そこを取りまとめる父上には神の下天した姿だとしても多大の負担がのしかかっているだろうことは容易に想像がつく。
そんな場では下手に溜めているモノも吐き出せないだろうし、だからこそ母上に色々と受け止めてもらっているのだろう。
そこはいいのだ。
何故、父上は母上の膝の上にのせられて向かい合っているのだろうか?
何故、母上はそんなに最高の笑顔を浮かべているのだろうか?
何故、父上はその状況に対して完全に諦めているのか?
色々と疑問が浮かぶと同時に、何となく諸々察してしまった私は、どうしてもこう告げてしまいたくなるのだ。
ショタコン自重しろと。
「お~これが魔符の治療魔術かの。肩こりによく効くわい」
「…肩こりって治癒魔術効くんですね」
「知りたくなかった事実じゃろ? 治癒魔術はほかに優先すべきものが多い故あまり知られておらぬがのう」
ひとしきりお説教という名のストレス発散タイムが終わった後、私は以前母上が言っていた通りに浄化と治癒の霊水で父上を癒していた。
実際母上の見立てでは過労や睡眠不足、あとは慢性の肩こりや胃痛などで父上の生命値は削られていたので、治癒魔術は確かに有効であった。
おまけに浄化で何かを消し去った感覚がある。何らかの呪詛か何かだろうか?
父上に確認を取ると、心当たりがあり過ぎて誰が呪ってきたのかわからないのだそうだ。
なにそれ怖い。
「神の欠片たる儂にはその程度痛みさえ感じぬから気にすることはないぞ? 呪いをかけてきた者は今頃術が破られて反動で相応の目に合って居るじゃろうがの」
「魔術学院ってどんな魔窟なんですか…?」
「学院がらみでは無いかもしれぬぞ? 魔の類も数え切れぬほど滅したか封印したかしておる故、その内の誰かかも知れぬ。もちろん両者が手を組んでおることもあり得るがの」
そんな魔境に遠くない将来に行かなければならないのか。
父上本人がこうも呪われている以上、私が仮に父上の息子として…つまり学院長の息子として学院に通い始めたら、こちらにも容赦なく呪いが飛んでくることが明確になったと言っていい。
「どうしても私は学院に通わなければなりませんか?」
「ん? 何を言っておるんじゃ?」
「母上から、あと数年もしたら私は学院に入るべきだと聞いていまして。なんでも開発に専念する母上に代わって、魔符魔術を広めるのに必要なことだとかで」
「ウェドネスなら推薦枠位確保できるでしょ?」
母上の言葉に父上が心底呆れた表情を浮かべた。
「何を馬鹿なことを言っておるんじゃ。そんな職権乱用出来るわけがなかろう? 学院に入るには一定の入学資格が必要じゃぞ? 特に既存の魔術の高い実力が必要じゃ。魔符魔術しか扱えぬローウェインでは無理じゃよ」
「学院長でしょ? 何とかしなさいよ」
「出来るわけがなかろう! 儂らならなおさらじゃ!」
忘れたとは言わせんぞ、との前置きから始まったその理由を聞いて、私は納得した。
かつて学生時代に父上と母上が魔術貴族に目をつけられていた頃の話だ。
何でもろくに実力のない魔術貴族の子弟がコネだけで入学して色々とやらかしたらしい。そこを父上と母上とその他の仲間が様々に暴れまわって、最終的にコネ入学の子弟は退学となり、親の魔術貴族もお家が取り潰しになったとか。その後学院の入学資格は厳格な実力主義になり、父上が学院長をしている今でも続いていると。
なるほどかつてコネ入学を糾弾した父上が、今度はコネ入学させる側になったとしたら大問題だろう。ただでさえ呪い等が飛び交う環境でそんな隙だらけな行為は行えない。
となると私が学院に入学するのは不可能だ。
コネ度はなく実力で入学しようとしても、私では今この世界で広まる一般的な魔術を扱えないのだから。
私は内心安堵する。
学院の話は聞けば聞くほど気が滅入るものばかりであり、入らずに済むならそれに越したことはないのだ。
やはり私はトトラスの村の魔女医を継いで地道に魔符の検証を手伝う平穏無事な道を希望したい。
しかしどうも雲行きがおかしい。
「じゃが言いたいことはわかる。儂としても学院にローウェインを置き、その魔符魔術を世に広める起点とする案には利点を認めるわい」
「じゃぁやっぱりコネを使うのね?」
「その手は却下と言うとろうが! 全く…要は魔術が使えずとも有象無象が文句を言えぬ状況を作ればよいのじゃよ。つまり、実績を積めばよい」
なんだか嫌な予感がしてきた。逃げてもいいかな、私。
「不幸中の幸いか魔符は未だ汎用性には欠けるようじゃが、戦闘面では手数が揃いつつあるようじゃからの。帝国内の魔の眷属どもの大物を何体か、その魔符魔術で狩るんじゃよ。さすれば新たな魔術の実用性と帝国への功績二つを示し得るじゃろうて」
「あらいい考えじゃない。魔符魔術の宣伝にもなるし世界に広める助けにもなりそうね。ならいっそ適当な魔王でも倒しましょ。幾らか護衛兼見届け人でも雇えば今のローウェインでもそこそこ位階の高い魔王でも大丈夫よ」
「それは頼もしいのう」
ヤバイ。まだ10歳にもならずに魔王を倒しに行けとか言われてるぞ私。どこぞの王子兼勇者とかみたいな無茶振りされて対応できる自信はないぞ!? どうのけんと端金持たされて追い出される境遇をこの身で体験したくなどない。
「すみません、私の意思としては魔王とか遠慮願いたいのですが…まだ戦えるようになって数日レベルですよ?」
「誰しも初陣はあるものじゃよ。儂も初めて魔王を倒したのは七つの頃じゃった。こやつと一緒に流星落としで城ごと吹き飛ばしたものじゃよ」
「あれは楽しかったわねぇ。こっちが神の欠片って知っててまだ子供のうちに消そうとしたんでしょうけど。下手に子供だったから加減が聞かなかったのよね…あの時のクレーター、今は湖になってるそうよ?」
「懐かしいのう」
「私は流星何て落とせませんよ!」
「大地震を起こそうとした癖に何言ってるの。自覚が無いのも困りものね」
「ほう、それなりの術が仕上がっておるのう」
いや確かに大地震を打とうとしたのは確かです認めます母上。ですがそれとこれは別と主張させて頂きたい。
そもそも大地震とか流星落としって同じ位の術のランク扱いなんですか?
前生のTCGのノリで魔符を発動しようとしたけれど、無茶しようとしたな私!
あと神の欠片たる両親の評価的に流星落としと大地震はそれなり扱いですか?
駄目だ、この両親は思考が神目線過ぎる。
生まれ変わったとはいえ、元は小市民的人生を歩んだ私には荷が重すぎるぞ!?
「とりあえず昔の仲間に話を通しておくかの。誰が良いか…」
「それならジュリちゃんじゃない? いま確か帝都に居るのよね?」
「うむ、目が良いあ奴ならば程良い手助けと見届け人をこなしてくれるじゃろう。学院に戻り次第話を通しておくとするぞ」
これは不味い。二人とも勝手に盛り上がって、どの魔王が近いから倒しやすいだの今ならあの魔物の被害が出る前に倒せて丁度良いだの好き勝手言っている。
「父上母上、私に死ねと?」
「安心しなさいな。準備はさせてあげるし、ジュリちゃんは頼れるから」
「あ奴も予定はあるじゃろうからの。一月後に出発を目処にしておく故支度しておくが良い」
「ジュリちゃんとは久々に会うし楽しみだわ」
駄目だ。もう避けられない流れだ。
こうして私は、10歳を前にして魔王退治に旅立つこととなったのである。
どうしてこうなった。
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