5話 帝国と英雄について もしくはフレーバーテキストも世界観を広げる大事な要素だという話

 子供の遊びというのは、どの世界でもそう大差はないらしい。

 様々な遊具や玩具などがそれを使うだろうし、無くても鬼ごっこのような遊びのルールはこの世界でも似通っていることに驚いた記憶がある。

 更に言うならルールなどないような遊びで共通するものも。


「よっし、今日は勇者様ごっこやろうぜ! 俺は勇者パイエル様!」

「なら俺は剣聖ピエトロの役!」

「フッ、このイケメンな天弓のジュリオ様に全て任せろ」

「もうなり切ってる…」


 そう有名なヒーローなどに扮してのごっこ遊びだ。前生でいう覆面のバイカーやヒーロー部隊に該当するのは、この世界の英雄である勇者など。

 特に勇者その人の役は大人気であり、子供たちの中でも中心的な者、つまりはこの場合村長の孫などが座を主張するのが当然となっている。

 次々にそれぞれ憧れの英雄になりきって、時には役どころの取り合いで喧嘩になったりもするが平和なもの。

 私の住まう師匠の家から最も近いトトラスの開拓村は、今日も平和だった。



 先のマナの生成不具合は、師匠にとっても想定外で開発の大きな壁となったらしい。

 本来マスターランクの値までは無色のマナが追加されていくはずが、現状だと5マナ染めた段階で生成されなくなる。

 師匠は属性の相互干渉や対抗属性による悪影響を想定しているようで、その検証を行いたいらしいがそこも問題が存在する。

 検証するにも魔符の種類や枚数が足らないらしいのだ。

 現在師匠は検証用にとにかく魔符の種類を増やすのだと魔符創造に全力を傾けていた。

 その為一旦私はテスター任務から解放され、自由時間を得ている。

 そこでやってきたのがここトトラスの村。

 正式名称は、神聖アテルス帝国ソロン魔術公領シリアム大森林第26開拓村であり、トトラスの村というのは村長の性から取った通称だ。


 神聖アテルス帝国と言うのは、この世界で最も広大な大陸に覇を唱える大国。

 最も魔術が盛んな国であり、私の遺伝子上の父でありもう一人の叡智と魔術の神の一側面であるウェドネスが学院長を務める帝国魔術学院がある国でもある。

 更に言うならソロン魔術伯爵と言うのが父上の公的な立場だ。

 神聖アテルス帝国では、正式に魔術を修めた者は準貴族の魔術士爵として叙勲される。その後功績等で位階は上がっていくそうで、魔術伯爵というのはほぼ最高位とのこと。一応魔術公爵というのもあるらしいのだが、それは魔術の道を進んだ帝室の者に与えられる名誉職だとか。

 帝国がそういう特権を与えてでも魔術師を抱えるのは、当然この世界に脅威が溢れているからだ。

 子供たちの憧れになるような英雄、勇者が実際に存在しているとはいえ、彼らが全ての魔や混沌の勢力に対処するのは不可能だ。どうしたってカバーできる範囲は限られているし、混沌側の強大な存在である魔王や邪神といった存在を優先的に抑える必要がある。結果ある程度の力を持つ魔術師は国として抱えるのは必然であった。

 魔に対抗する以外でも、魔術師は国としての地力を支える重要な要因だ。

 帝国が大陸に覇を唱えていられるのも多数の魔術師を抱えているから。

 父上はその帝国魔術師の筆頭だ。学院の学院長に就任する以前から積み上げた功績は、貴族としての面でも評価されて広大な領地を任されるに至っている。

 シリアム大森林はソロン魔術伯領へ10年ほど前に編入された地だ。

 元はとある魔王が支配している領域だったが、学院長自ら少人数の仲間を伴って件の魔王を討伐し、帝国に編入したという経緯がある。

 大森林には30以上の開拓村が作られ、林業や森の恵みを新たに帝国へもたらしているわけだが、そもそも父上がこの地を確保したのは入植の為ではないらしい。


「魔符魔術の開発で万が一吹き飛んでもいい場所で、程々に魔術素材の採集がしやすい場所をウェドネスに相談したら、いつの間にか一緒に堕ちた世界樹の魔王を張り倒してたのよね。ノリと勢いって怖いわ」


 つまりは母上と父上共同のやらかし案件だった様子。魔術の開発に必要な立地がこの大森林だったというわけだ。

 さらに聞くと、ノリで倒された堕ちた世界樹の魔王の遺骸こそ私たちが住んでる住居であるとの事。通りで所々焼け焦げたりした痕があるわけだ。

 そしてトトラスの開拓村であるが、この村は大森林のまだ浅い場所にあり、師匠の住居と立地としてかなり距離が離れている。何しろ元世界樹の魔王は広大なシリアム大森林の中央にあるのだ。

 子供の足では到底行き来が不可能であり、仮に草原狼を呼び出してその背に乗って休みなしに駆けても数日はかかるだろう。

 なぜそんな場所に私が居るかと言えば、この開拓村の外れにある村の魔女医の小屋と師匠の住居とで転移魔術を仕込んだ扉で結ばれているからだ。

 トトラスの開拓村において、母上と私は魔女医のカティアおばさんとその息子のウェインと言う立ち位置を得ているのである。

 これは完全に人里を離れると生活する上で利便性に欠ける実利面と、師匠的な息抜きの面双方を満たすためであるそうだ。

 ずっと研究で引き籠っていても精神的に良くない、とは母上の言葉である。

 そんなわけで、時間が出来た私は肉体年齢にふさわしい子供の挙動で村の子供たちと遊んでいるのだ。

 前生で私は半世紀に満たない程度とそこから10年ほど加えた時間を歩んだ精神年齢を持ち合わせているのだが、心と言うのは肉体に引っ張られるものらしい。

 10歳程度の子供たちに混じってのごっこ遊びに全く忌避感が沸かないのだ。

 当初はそういう自分に困惑して母上にも相談したものだが、むしろそれが正常なのだとの答えが返ってきた。


「ワタシ達神だって下天で人に宿ると体に引っ張られるのよ? 転生した人程度が影響受けないわけが無いでしょ」


 実例として母上は自分自身を挙げていた。なるほど説得力に溢れている。

 何しろ若気の至りで父上の意思確認をせず勝手に不老の術式をしかけたお人だ。かつて父上が軽くこぼした母上の学生時代の話も、若気の至りで流さないとまずいような軒並み酷い内容だったのだ。

 とはいえ最近聞いた母上の天界での振る舞いを考慮すると、肉体年齢は関係ない可能性も捨てきれないのだが。


 それはそれとして、今である。

 村の子供たちは順調に役割を確保していく。どうにも戦士系の英雄が人気なのは、集まっているのが男の子ばかりだからだろうか?

 魔術が盛んな帝国とはいえ武勇に優れた騎士も多く抱えているし、時折開拓村にも訪れる吟遊詩人が歌う英雄譚も戦士や勇者が題材のモノが多い。

 そもそもこの大森林に居座っていた魔王を倒したのは父上と母上が中心であったはずだ。だというのに地元の英雄ではなく遠く離れた地で魔獣退治を成し遂げた剣聖ピエトロが人気の様子。

 あとは当然勇者のパイエル様。そういえば勇者と言えば今の代は母上が言うには運命と道化の神が下天した姿であったはずだ。

 吟遊詩人の歌では道化とかの要素を感じない極真っ当な活躍を謡われていたが、その真面目な勇者の姿が実は休暇じみた出張を少しでも長く続ける為だと母上に聞いてからは印象が違って聞こえる。実情を知った今では勇者の役をやりたいとは思えなくなってしまった。

 もう取られてしまったが、やるなら天弓のジュリオ様だろう。

 弓の名手として空に放った無数の矢で魔物の大軍を一人で退けた逸話は、何とも魂の奥に眠る男の子回路をくすぐってくれる。

 あと何よりイケメン。かっこよさは正義だ。

 そういう意味では、英雄としての父上たち魔術師の人気が控えめなのはまぁ実際わからなくもない。

 魔術師は誰もが強力だが、どうしても修めきって強力な存在に至るのに時間がかかるのだ。

 結果外見は老人が多く若くても壮年。父上や母上に施された不老の術式はそもそも希少な魔術触媒が必要で誰しも行えるわけではない。

 それに若い姿もすべての面でいい訳ではないのだ。

 父上は威厳を出すために本来は少年の姿を小柄な老人の姿に偽装しているし、母上もまた偽装魔法を駆使してごく限られた相手以外にはその美貌を見せることが無い。

 学院に居た頃は如何にも悪い魔女と言った長い鼻の老婆の姿をしていたそうだし、魔女医のカティアおばさんとしての姿は丸々としたおばちゃんで村人と接している。

 母上曰はく、本来の姿を見られるのは減るような気がして嫌なのだと。見ていいのは父上と私と他の下天した神々位なのだとか。

 本来私も見るべきではないらしいが、母上とは先に偽装の効かない魂だけの姿で会っていたので隠す意味はないとの事。

 次いで言えば私も開拓村に居る際は本来の姿ではなく地味なごくそこらに居る普通程度の顔に変えられている。

 母上的には私の顔立ちが母自身の面影を宿すモノなのが問題らしい。

 入念に偽装の魔術を施されているので、見抜けるのは余程の力を持った存在だけだとか。


 それはそれとして、そろそろ私もごっこ遊びの役を選ばなければならない。

 奇特な子が自分から魔王役を名乗り出てくれたために私が討伐される役にならずに済みそうだが、とはいえ有名どころは大体確保されてしまっている。

 魔女医の息子ウェインとしては、何の役もこなざずに仲間外れになるというルートは色々とよろしく無い訳で、そろそろ覚悟を決めるべきだろう。

 肉体に引っ張られきれなかった心の奥の部分が、精神年齢半世紀でのごっこ遊びという羞恥への煩悶を訴えているとしても、逃げてはいけないのだ。


「じゃ、じゃあボクは大賢者ウェドネスで…」


 大体残る役が今生の父の役であり、その役を務めるのが気恥ずかしさを避けえないとしても。

 私は内心の羞恥で本来の顔が赤くなっているのを自覚しつつ、それが偽装の魔術で隠されていることに心から安堵した。


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