4話 直接火力について 火力こそパワーという話

 前生において、魔術師や魔法使いと聞くと著名な映画などで描写されたつば広帽子とローブ、そして杖を持った姿をしていた。

 彼らは様々な術を使ったものだが、特にイメージしやすいのは炎や雷を放つ術だろう。

 それは敵を焼き、貫き、使い手に勝利をもたらす。

 TCGにおいても、召喚モンスターを介さずに相手を攻撃する手段としての直接火力カードは様々に存在していた。

 今生においても、既存魔術では戦闘用魔術としてこういった分かりやすい魔術は存在している。

 この世界では世界の脅威となる魔や混沌がいまだ蔓延っており、こうした魔術が必要なのだ。

 だからこそ、魔符魔術においてもそれは生み出されていた。


 その魔符に魔力を通すと、私の目の前に前生でのバスケットボール程の燃え盛る炎が生み出されたかと思うと、瞬時に紅蓮の鏃と化して空を割き、標的に突き刺さる。

 炎の矢の高熱と衝撃は師匠が片手間に生み出した魔術練習用の標的人形を一瞬で爆散させていた。



名称:紅蓮の鏃

マナ数:火

区分:即時魔術

対象:単体対象

対象の生命に100ダメージ

「燃え盛る火は一条の矢となり彼の者を焼き尽くした」



 師匠が生み出した新たな魔符なのだが、試し撃ちした私はその威力に軽く引いていた。

 おいおい1マナ火力だぞ。最低火力で人間なんて軽く殺せる威力だコレは。余りにお手軽火力過ぎる。

 想定外の威力に青ざめる私に、師匠は何をいまさらといった表情だ。


 思えば生命への100ダメージというのは、先に森の中で検証した通り中型の野生の動物を死に至らしめることも可能な威力だ。

 そもそも師匠が言うに生命が100というのは、標準的人間種族の成人男性の平均値に等しいのだという。

 前生のTCGの類を思い起こせば、火力カードというものは最低ダメージで最下級モンスターを倒せる威力を概ね得ていたように思う。

 つまりこの場合も同じなのだ。この威力は、火力魔術に要求される最低限の威力なのだと。

 同時にマスターカードに目を向ける。

 生命の欄に示される2000の数字。

 マスターカードの私自身の生命の評価値だ。

 これは私のこの身体が魔術の神の器同士の交配により命を得、さらに母上手づから胎内で入念に調整を施された特別性なのと、魔術的な保護の相乗効果の結果。

 常人の20倍である。肉体年齢9歳にして頑強すぎるだろう私。

 試す気にはならないが、先ほどの紅蓮の鏃を19本までは受けても生存可能とか、中々に人間規格から外れてしまっている。

 単純な耐久性で言えば巨人や竜に並ぶのではないだろうか?

 などと思っていると、竜や巨人は鱗や分厚い肌などの天性の防御値が高いため更に強固なのだそうだ。

 私自身もこの先身体が成長したら生命値は5000までは伸びるとの事。

 もっともこれは私だけではなく、魔符魔術師は皆マスターカードとの契約と世界の魔力源泉からの影響から同程度の耐久性を得ていく見込みなのだそうだ。

 なにそれ怖い。

 そんな魔術体系を広めるつもりかこの神は。


「そうは言っても魔符魔術を正式に修めたらそれ位には至ってもらわないと困るのよ。今までの魔術でも極めればそれ位は行くんだし」

「行くんですか…」


 タフすぎるだろう魔術師。単純な肉体強度ではなく、魔術的な防御とか再々魔術とか諸々仕込んだ結果なのだろうが。

 思えば前生において親戚が拾った厄モノな指輪を捨てに行くお話などでは、髭の長いご老人な魔術師がゴリゴリに戦闘こなしていたのを思い出す。

 そうか魔術師に真に必要なのはタフさであったか。


「ちなみにワタシなんかの神の器そのものだと、もう一つ上の桁が最低値ね」


 などと続ける魔術の神の一側面。

 そういえば今地上にはほかにも下天した神がやってる勇者やら英雄やら、そういう規格外でしか対処できないような魔や混沌とかいう代物がうろついていると師匠が言っていたではないか。


「この世界ヤバイのでは?」

「ヤバくなかったら神が下天する必要無いでしょ?」


 ごもっともである。


「やっぱり最低限これ位威力がないとお話にならないのよね。魔獣を倒せない火力魔術なんて、今更開発する必要もないわ」

「…人に向けて使えませんよ、これ」

「人相手に使いやすい魔符も新しく作ってあるじゃない。相手を選んで使い分けなさいな」


 状況に合わせた魔術の選択なんて基本中の基本よね。などと続ける師匠の言葉に、私は他の新たな魔符を見る。



名称:影の呪縛

マナ数:陰

区分:即時・付与魔術

対象:モンスター単体対象

付与対象は攻撃できず効果を起動できない

影の呪縛は次のターン開始時に使用済みとなる

「主人に追従する影は、時として人を縛り付ける」



 1枚は拘束系の魔符だ。一定時間相手の行動を封じるらしい。

 この手の行動阻害系のカードは、一見相手にダメージを与えず足を止めるだけの冗長なものに見えるものだが、実際に使ってみると中々に使いでがある。

 この影の呪縛は、永続しないとはいえ傷つけたくない相手の足止めや拘束ができるようだし、『効果を起動できない』という一文も添えられている。

 効果を起動できないというのは、効果持ちの召喚魔符が存在しない現状でも後々有用になるのが明らかだ。


「師匠、標的をもう一つお願いします」

「いいわよ、ちょっと待っていなさい」


 師匠が標的人形を生み出している間に、私はマスターカードを確認する。



マスター名称:ローウェイン・マギ・ソロン

マスターランク:6(10)

属性:-

基本マナ:火〇

留保マナ:-

攻撃:0

防御:0

生命:2000



 これまでと大きく違う点はふたつ。マスターランクと基本マナの部分だ。

 魔符の種類が増えたことにより、私は魔符魔術の特性によるマナの染色で複数属性の使用が困難である事実を師匠に告げた。

 師匠もそれは当然理解していて、マスターランクの限定開放による基本マナの増加を許可したのだ。

 だが基本マナを増やすといってもさらなる制限があるのだとか。

 現在私のMR(マスターランク)は6だ。必然的に〇が6つ並ぶかと思いきや、現在の基本マナ値は火と〇一つでつまりは2マナ状態。これは先に教えられたMR=基本マナ数の情報と矛盾している。


「これも世界の魔力源泉から力を引き出してる弊害なのよね。無色のマナを属性に染めるのは、一度に一つまでしか今のところ出来なさそうなのよ。あとは無色のマナも一度に複数用意できなくてね…これも今後の課題だわ」


 要約すると、始めに無色の〇が一つある状態から始まり、その〇を属性に染め上げることで次の〇を生み出すことができると。

 私の現状はさきほど紅蓮の鏃を使用したことで無色のマナが一つ火に染められ居るため、新たな無色の〇を使用可能になっているのだ。


「ローウェイン、準備出来たわよ」

「ありがとうございます、師匠。では影の呪縛を使用します」


 都合よく師匠が標的人形を追加してくれたため、私はそれへ影の呪縛を付与する。

 すると標的の周囲から影としか言いようがない黒い塊が溢れたかと思うと、紐状になって縛り付けた。

 標的は全体を影の紐でくまなくおおわれている。もしこれを人間にかけたとしたら、身動きなど不可能なのはもちろんの事、口元も覆われているため声も上げられないように思える。

 同時に手元のマスターカードの基礎マナ部分の〇が陰と変わり、色合いを失っていた。火のマナ表示の部分は鮮明であるため、私はこの状態でなら火属性1マナの魔符を使うことができるだろう。

 さらにしばらく待つと、基礎マナの部分が変化を見せる。


基本マナ:火陰〇


 師匠は私のマスターカードを覗き見ると、想定通りの表記に満足したのか一つ頷く。


「順調ね。そのまま他の魔符も使って限界の6までマナを染めてみなさい」

「分かりました、ではこちらも使用します」


 手にしたのは師匠が新たに作った魔符の3枚目。



名称:烈風の槌

マナ数:風

区分:即時・付与魔術

対象:単体対象

次ターンまで、対象の攻撃に+100

「駆け抜ける風は、時として剛腕を振るう」



 土属性付与魔術の地の鎧に対する風属性。地の鎧が防御を上昇させるなら、こちらは攻撃を上昇させる。

 付与魔術には対象が必要だ。森での戦いで地の鎧を草原狼に付与したが、この場にまだ召喚していない。だが問題はない。

 この付与魔符は、私自身も対象に出来る。


 手にした魔符に魔力を通すと、私の腕を中心にして緑色の魔力が渦を巻いた。

 私は緑の魔力を宿したまま先ほどまで影の呪縛で拘束されていた標的へ腕を振るう。


 烈風が、唸りを上げた。


 轟音を伴いながら駆け抜けた大気のハンマーが、標的を打ち伏せた。衝撃で吹き飛んだ人形はばらばらに砕け散る。

 烈風の槌の付与効果により私の攻撃値は上昇し、もとは0だったのが100になっていた。

 その状態で攻撃の意思を載せて腕を振るった結果がコレだ。

 紅蓮の鏃も引く威力だったが、こちらも凄い。魔符の表記的にどちらも同じ威力であり、つまりは今の一撃は人を容易に殺しうるということ。

 さらに言うなら草原狼のような元から攻撃値を持つ存在をさらに強化し、例えば地の鎧をかけられていても常人を死に至らしめる威力になるのだ。

 前生におけるTCGでは1マナで使用可能なカードは小技というべきものだったが、それらがもし現実化していたら実際にはこういう光景だったのだろう。

 背筋に寒いものを感じながら確認したマナ表示は火陰風。順調にマナを染めて行けている。

 このまま、まだ使用していない浄化と治癒の霊水の魔符を順に使用していく。


「…対象に付与魔術などがかかっていなくても付与解除の浄化を標的に使用可能なのですね。効果を発揮しない対象でも、効果対象範囲が適切なら空撃ちできると」

「かける相手を間違えると魔符を無駄にするわよ。効果を発揮しない場合に魔符の発動を停止する術式も組み込めないわけではないけれど、それもまた選択肢の一つだと思って諦めなさい」

「治癒の霊水も、生命が削られていない状態では効果を発揮しないのですね。てっきり初期値より生命を増やせる可能性を考えたのですが」

「それをやると、まかり間違って命を得過ぎた身体が暴走して肉の塊になりかねないわよ? それとも貴方のいた世界で言う癌細胞が発現するかしら?」

「…それ、浄化で治りますかね?」

「状態異常扱いなら可能かもしれないけど、自分での実験は勧めないわ。手間もかかりそうだし検証は後回しね」


 だから治癒魔術は扱いが難しいのだと師匠は言う。魔符魔術の場合、初期まで生命を癒した後はマスターカードで余剰分を処理しているから問題ないとも。

 つまりは前生におけるTCGでの幾つかのライフ回復ギミック付きの編成は、この世界では危険すぎて再現が困難だということ。中々にままならないものだ。


 そこで私はマナの状況を確認する。火陰風陽水。これまで使用した魔符のマナの色にそれぞれ染まっている。

 水のマナの部分が彩度を取り戻せば、6マナ目の〇が現れる、はずだった。


「…師匠、問題発生です。6マナを前にして無色マナが増えなくなりました」

「えっ」


 まだまた前途は多難なようだ。


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作中カード紹介


名称:紅蓮の鏃

マナ数:火

区分:即時魔術

対象:単体対象

対象の生命に100ダメージ

「燃え盛る火は一条の矢となり彼の者を焼き尽くした」



名称:影の呪縛

マナ数:陰

区分:即時・付与魔術

対象:モンスター単体対象

付与対象は攻撃できず効果を起動できない

影の呪縛は次のターン開始時に使用済みとなる

「主人に追従する影は、時として人を縛り付ける」



名称:烈風の槌

マナ数:風

区分:即時・付与魔術

対象:単体対象

次ターンまで、対象の攻撃に+100

「駆け抜ける風は、時として剛腕を振るう」



解説:ヘカティアが創造した魔符魔術の初期基本編成、それぞれの属性を象徴する即時魔術の残り3種がこれらとなる。

 既に作成された属性の即時魔術の効果は防御的であった。向かい合う属性と対になるように創造されたこれらの効果が攻撃的になったのは必然ともいえる。

 浄化に対し呪縛、防御に対し攻撃、回復に対するダメージと分かりやすい特徴は、続いて生み出されていく各属性の魔符にも反映されていく。


 余談ながら、既存の魔術との比較し易い攻撃魔術で検証すると、紅蓮の鏃は威力面で既存魔術で言う中級単体攻撃魔術に互角であり、発動速度ではそれを圧倒する。

 同時に既存魔術は様々な要因に影響を受けやすく効果が安定しないのに対し、魔符魔術は世界の魔力根源のみから力を引き出す関係上効果は画一的に安定する。

 既存魔術の不安定さは習得の難度を引き上げる要因であり、魔術停滞の遠因でもあるため、ヘカティアとして打破すべき問題であった。

 異世界のTCGのフォーマット、つまり効果の画一化による結果の安定とカード化による理解しやすさは、ヘカティアにとって求めていたシステムそのものだったのだ。

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