2話 モンスターデータについて もしくは戦闘はTCGの華という話
唐突だが、ここで少し私の生活する環境について話そうと思う。
私はローウェインの名を授けられてから、母にして師匠の女神ヘカティアの子として人里離れた彼女の住居で暮らしている。
住母上曰く『世界樹の流れをくむ大樹の洞を利用した樹上住居』というのがその住まいだ。
内装もかつて神域で見た室内をそっくり再現しているため、内外ともに魔女の住処というにふさわしい趣である。
とはいえ母上は魔女と聞いて思い浮かべる様な人嫌いの偏屈さとは無縁だ。
父上とは頻繁に会っているようであるし、近隣の村や町への買い出しも高位の魔術師なら使い魔に命じて済ませるところを自身で赴いたりする。
そもそも元々は父上と同じく帝国魔術学院内の敷地に研究室と住居を構えていたそうだが、魔符魔術の研究を始めてからは人里離れたこの地に引越してきたそうだ。
周囲は広大な大森林であり、万が一魔符魔術で何らかの事故が起きても人的被害を最小限にしようという目的もあったのだろう。
広葉樹が多いこの森は、希少なキノコや薬草などの既存魔術に使う魔術素材が多く収穫できるほか、私たちの食料になりうる野生動物も多くいる。
同時に師匠の使い魔の手入れによるものか歩きやすい林道が整備されていて、私のような子供の身体を持つ者でも歩きやすい。
もっとも私を先導するように進む視界斜め上の師匠、魔女らしく空飛ぶ箒に乗りえる者であれば、どんな森であろうと行き来は容易いのだろうけど。
一通りフルネームの件で母上と話し合った私は、しばらくの休憩の後に近隣の森へと足を運んでいたのだった。
「何考えてるかわかるけど、空を飛ぶって割と大変なのよ。森の中だと蜘蛛の巣があったりするから気は抜けないし…それに貴方も今楽をしてるじゃない」
「そうですね。今後は森に薬草取りに出るときはこうしようかな」
「まだ子供なんだから身体を動かしなさいな。私の好みからは外れるけど体作りはまず歩くことよ?」
『筋肉質な男って趣味じゃないのよねぇ』等と戯言を吐く師匠の言うとおり、私も自らの足では歩いていない。先ほど召喚した草原狼に跨っているのだ。
私が子供の体格であり、草原狼が力強いことも相まってか、乗り心地は悪くない。
それに私の意思を完全に理解している様子であり、私が思った通りに行動してくれる。
これは知能が高いというより、もっと別のものだと理解する。
魂の根底がつながっているというべき感覚だ。
「もう把握出来たわね? 魔符による召喚魔術だけど、本来の意味での召喚とは別物なのよ」
師匠が言うには、魔符による召喚は、召喚ではなく対象をそのままマナで生成する一種の創造魔術なのだという。
そして術者の魂の一部を複写し召喚対象に最適化した状態で転写することで、術者に忠実かつ念じただけで意図が通じる配下を生み出す。
なるほど確かに召喚していない。つまりはこの草原狼も形を変えた私ということだ。
「もう少し年頃になったら夢魔の類も召喚魔術に加えてあげましょうか? 理想の相手と良いことできるわよ?」
「母上お願いですから止めてください! 母親に自慰用品手作りされるとか、前世で机の上に秘蔵の書を整理して並べられた記憶より悲惨じゃないですか!? それも中身の魂は自分と同じとか!!」
「え~良いわよ自分自身って。イイ所分かり合ってるから絶妙に攻め合えて」
畜生! この母上は魂の大元が同じ相手と子作りした狂人だった。
無暗に高度な自慰行為を良しとするアレな相手にまともな会話が成立する筈がない。
というか口ぶりと判明している両親の性癖からしてガチでその手の行動を繰り返していた可能性が脳裏によぎる。
なんだこれ、地獄か? 私はそこまで前生で悪事を働いただろうか?
前生で両親に孫の顔を結局見せられなかったのは心残りではあったが、だからってこんな仕打ちはないだろう。
「頭抱えて身もだえしてないで、そろそろ切り替えなさいな。そろそろ見えるわよ」
『頭を抱える原因を述べたのは誰ですか!?』と言いたくもあるが、実際目的の場所は間近であるため意識を切り替える。
この森には、先に言及したとおりに野生動物が多くいる。
小はリスや小鳥に始まり、大は熊や大型の鹿等。時には魔獣化する場合もあるため、肉体的にはまだ子供である私はあまり森深くには立ち入らないようにしている。
そもそも、私自身には戦闘能力が欠けている。
母上の胎内で調整された私の身体は、既存魔術への適性を持たないのだ。
魔道具を扱う事はできるので最低限の自営は可能だが、子供の身体ゆえの根本的な体力の無さはどうしようもない。
だが、今は違う。
ようやく私は私に合った魔術を、魔符魔術を行使できるのだ。
(この先に小川があるわ。そこに鹿が数匹。貴方はそこで降りなさい。その子だけならここから襲わせても補足できるはずよ)
いつの間にか魔術で姿を消し、念話で師匠が指示を飛ばしていた。
私はそれに従い草原狼から降りる。
草原狼は、間近で見ると1マナモンスターとは思えないくらいに堂々とした姿と滑らかな毛並みを持っていた。
前世のTCGに関わる記憶において、第一ターンで召喚可能だったり1マナで召喚できるようなモンスターは、さほど大した能力は持っていなかったと思う。
だが、実際に召喚したモンスターときたら!
頼もしさに心躍るのを止められない。
私がこの世界に渡る決断を下したのは、この草原狼のカードを見たからだ。そういう意味で、この草原狼は私の運命を変えた存在だともいえる。
そんなモンスターならば、初陣は勝利で飾ってあげたいものだ。
私は視線を師匠の言う小川の方向へと向けると、それらの存在を感じ取れた。
確かに、居る。まだ距離がある為木々や下草に隠れて見えず、それも野生で身を隠すのが得意なはず野生の鹿の姿が感じ取れる。
困惑しながらさらに感じ取った気配に集中すると、脳裏にこんな情報が浮かんできた。
名称:芽喰鹿・牡
区分:野生動物
属性:獣・鹿
攻撃:50
防御:0
生命:100
効果:なし
解説:野生の鹿であり、木々の新芽を食む害獣。牡であれば角の攻撃が可能。肉は食用に足る。
名称:芽喰鹿・牝
区分:野生動物
属性:獣・鹿
攻撃:20
防御:0
生命:100
効果:なし
解説:野生の鹿であり、木々の新芽を食む害獣。後ろ足での蹴り攻撃が可能。肉は食用に足る。
これは、鹿を魔符魔術的に解釈した数値だろうか?
だが何故こんな情報を読み取れる? 少なくとも今生での9年間において、このような情報は見えたことがない。
今これが見える理由は、恐らく…
(その様子ならあの鹿の情報が見えたみたいね。それがあなたが持つマスターカードの力の一つよ。マスターカードの前では、場にある情報は常に明らかにされるわ。貴方の世界の無数のルールが定めていた通りに)
やはりそうなのか。かつて触れた様々なTCGは基本『場』に出したカードは相手に見える。
マスターカードの持ち主は、周囲をそうした『場』として捉えられると。
(理解できたようね。でもその力も過信しないことね。身を隠す能力を持った存在なんて、野生の獣ですら存在するわ。魔獣の類になれば猶更)
同時にそれはそういった特殊能力をもつ召喚魔符も生み出される可能があるということ。そこまで考えて、私は高揚する気持ちを抑えられない。
この頼もしい草原狼は、特殊な効果は持ち合わせないバニラモンスターだ。今後様々な召喚魔符が生み出され、それを自分が操れるのだ。
ならばこの高揚そのままに開戦と行こう。
(行け! 草原狼!)
私の命を受け、草原狼が駆け出す。その姿は目に留まらないようでいて、私の脳裏には状況が鮮明に伝えられていた。
まだまだ距離ったはずが、瞬時に小川とたどり着き、その場にいる数匹の鹿へと狼は襲い掛かる。
先ず標的になったのは最も近くにいた雌だ。警戒の鳴声を上げる間もなく首に顎が迫り、牙は喉を貫き、勢いに任せ首の骨を嚙み砕いた。
その様を魔符魔術はこうやって解釈し伝えてくる。
名称:芽喰鹿・牝
区分:野生動物
属性:獣・鹿
攻撃:20※知覚判定失敗により反撃不可
防御:0
生命:100-100(死亡)
効果:なし
名称:草原狼
マナ数:土
区分:召喚魔術
属性:獣・狼
攻撃:100
防御:0
生命:100※対象反撃不可の為0ダメージ
効果:なし
これは怖いな。知覚できていないと反撃すらできないのか。索敵ができないといつ死ぬかわからないぞ。
鹿の側も対応は素早い。群れの中、狼から一番遠い数匹は逃げ始めているし、群れの中の牡鹿は鋭い角を狼へ突き立てようと襲い掛かろうとしていた。
このままなら、マスターカードの評価としても狼は深刻なダメージを受けかねない。
だが今の私の手には力がある。
土のマナが鮮明さを取り戻したマスターカードと草原狼のカード、そしてもう一枚。
名称:地の鎧
マナ数:土
区分:即時・付与魔術
対象:モンスター単体対象
次ターンまで、対象の防御+100
「地は盾であり鎧である。鋼の神秘は地よりの祝福なのだから」
私の本名について今日のこの日まで告げ忘れていた事への詰問の間に、師匠が新たに生成した新たな魔符だ。
カードの上半分には人影のような姿に金属光沢を持った石片が取り囲んでいるようなイラストが描かれている。
効果の実証の為にもこの場で魔符に魔力を通す。この魔符は即時魔術かつ付与魔術。マナさえあれば何時でも瞬時に発動でき、援護ができるのだ。
効果はすぐさま現れた。
仲間の喉笛を食い破った報復のように、唸りを上げて迫る牡鹿の角。しかし一瞬マナの輝きを帯びた後金属光沢を放つようになった狼の毛皮に弾き飛ばされる。
追撃で迫るもう一組の角も同様に弾かれると、全力で角を振りぬいたせいで鹿たちの足運びが乱れた。
その隙を草原狼は見逃さない。
大振りになった為に大きく喉をさらした後に襲いかかって来た鹿の喉元を、狼の牙が引き裂いた。
残る1匹の鹿が再度角を唸らせるが、牡鹿の攻撃値は50だ。草原狼の生命を奪いきるには至らない。
金属光沢が失われた毛皮を牡鹿の角が引き裂いたが、そこまで。もう一度血煙が小川の辺を染める。
反撃に襲い掛かって来た鹿は全て倒れ伏し、川辺には草原狼のみ。
ほんの数呼吸程の時間は、残りの群れが逃走し得る隙を稼ぎ出していた。
既にほかの鹿達は木々の合間に僅かに見えるかと言う位距離を確保している。
野生の獣のさすがの逃げ足だった。
即座に草原狼に追撃を命じれば、まだ追いつける距離ではあるが、私はそれを断念する。
血の匂いというのは厄介だ。
この森は野生の獣が多いのは先に述べた通り。それは鹿のような草食動物だけではなく肉食のものも居るということ。
既に三匹分の濃厚な血臭が漂い始めている。
かつて師匠は私を採集の為森に送る際、幾つかの注意事項を告げていた。森で脅威となる何種類かの獣からは必ず逃げるようにと。
その手の存在を事前察知し振動を以てして知らせる魔道具を私に渡しながら、師匠はその脅威となる種類を挙げた。
雑に言えば、蛇と熊と狼と猛禽であると。
幸いどの種類も、師匠の住居の近辺や私が赴く薬草や茸の採集地点には近寄らない。師匠や薬草などを管理する使い魔を恐れているからだ。
だがこの小川はそれらの領域から離れている。いつ何者かが現れてもおかしくはない。
いずれそれらとの戦闘で魔符の検証を行うべきだろうけれど、今はまだその時ではなかった。
いつの間にか現れた師匠の使い魔(宙に浮かぶ一組の手袋)が、倒された鹿を回収している。
今晩の夕食や近くの村への取引に使うのだろう。
師匠が消臭の魔術を使ったのか、濃厚だった血の匂いも既に無い。
「中型の鹿程度なら問題なさそうね。防御値の付与も想定通りに機能したわ。やっぱり装甲って大事よねぇ」
師匠は今の数呼吸ほどの戦闘の詳細情報を記録しているようだ。初の魔符魔術の実戦なので、その情報は貴重なのだろう。
特に即時魔術の発動時間や付与魔術の効果だ。そして防御の効果。
私の眼には、防御を上げるとその数値だけ相手の攻撃が無効化されているのが見えていた。
つまり同時に攻撃を仕掛けていた二頭の鹿両方とも、本来攻撃の結果である生命へのダメージが100下がって0にまで軽減されていたのである。
「テスターとしての所感ですが防御を上げるのは強力すぎませんか? 私は今回恩恵を受けましたけど、小型モンスターを並べるタイプの編成が死ぬとしか思えませんが?」
「実際検討中なのは確かよ。防御値持ちは高位の召喚にしかいないようにするとか、そもそも無効化する特性も考えているし」
防御値が100あるというのは、草原狼の攻撃も無効化されてしまうということだ。
現在の私の攻撃手段が草原狼での攻撃のみであるため、防御100なんて相手が現れたら詰みになる。
そしてもう一つ。
地の鎧の魔符の効果は、二匹目の牡鹿が再度角を突き立てようとした時には失われていた。
再度使用しようとしても地の鎧の魔符は反応せず、よく見るとカードの上半分に描かれたイラストが彩度を失っている。
「師匠、魔符の再利用はどう行うのですか?」
「簡単よ? マスターカードに魔力を流しながら初期化を念じるの。あの子も傷を負ったことだし、試しにやってごらんなさい」
言われたとおりに、私はマスターカードに魔力を流して初期化を願う。
すると手にしたカード全てに変化が起きた。
マスターカードの土属性に染まった基本マナが〇へと戻る。
召喚していた草原狼の姿が消え代わりにカードの側のイラストにその姿が戻る。
地の鎧も鮮やかなイラストの姿を取り戻していた。
「一度マナから力を引き出すと魔符は反動で休眠状態になるけれど、マスターカードを通じて再起動が可能なの。でもそれは召喚魔符や継続効果のある魔符もすべて効果を失うことを意味しているわ。やるなら慎重に行う事ね」
師匠は一通り戦闘結果を記録し満足したらしく、帰るわよ一言告げると空飛ぶ箒は来た道を戻り始めていた。
この森に一人放置されるのは勘弁願いたい私は、再度草原狼を召喚すると師匠の後を追ったのだった。
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作中カード紹介
名称:地の鎧
マナ数:土
区分:即時・付与魔術
対象:モンスター単体対象
次ターンまで、対象の防御+100
「地は盾であり鎧である。鋼の神秘は地よりの祝福なのだから」
解説:魔符魔術において、効果の発現までの時間が即座と言っていいほど速いのが即時魔術である。
既存の魔術体系でも魔術の発現までの時間は重要であった。
大きな効果のある魔術は儀式等を含めて入念な準備と複雑な詠唱が必要となり、結果も発現まで長い時間を要する。
だがそれらを戦闘で扱うには余りにも冗長である。
その為既存魔術においては、数文字分の言葉と瞬間的な発動時間で成立する戦闘用魔術が盛んに研究されていた。
魔符魔術において、事前の準備は魔符の生成の時点で完了しているため不要である。
しかし戦闘時の瞬時の効果発動は、魔符魔術においてもすべて即座にとはいかなかった。
想定される効果によっては接続すべき世界の魔力源泉の出力が大き過ぎる為、安全確保の保護術式を併せて発動させる必要があるのである。
結果的に、瞬時に発動可能な効果は出力の比較的制御しやすいものに限られた。
それが区分:即時魔術。地の鎧はその試作である。
同時に召喚魔符への魔力付与の実験も兼ねていた。
地の鎧の効果は対象への防御付与であり、作中では草原狼の毛皮に金属光沢を帯びさせるような表現となっていた。
実際には光沢そのものが対象を覆った防御の魔力そのものであり、人間が身に着ける全身鎧程度の防御効果がある。
今回地の鎧が問題なく起動し、発動時間も満足に足る事を確認したヘカティアは、この後各属性の基本即時魔法を順に開発していくことになる。
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