チュートリアルとスターターの章
1話 チュートリアル もしくは基本情報はしっかり押さえようという話
「母上、私が思うにですね」
「なぁにローウェイン」
「あの時の勧誘は、ほぼ詐欺であったと思うのです」
叡智と魔術の神の地上での姿たる女神へカティアの手を取ってから10年程たったある日。
私は魂の雇い主であり魔術の開発担当であり、今生の母上である魔女へカティアに愚痴を零していた。
ちなみにローウェインとは今生における私の名である。
さらに言うならば、小柄ながらも均整の取れた体つきと遺伝子上の母たる絶世の美貌の面影を宿した栗色の髪の少年といった風貌である。
自我自賛になるため広言はしたくないが、数少ない知人からの評価も同様になる為、母似の美少年であるのは確かなようだ。
ちなみに製造されてからは9年となり、それが私の今生での年齢となっている。
「酷いこと言うわねぇ、嘘は言ってなかったわよ?」
「その物言いが詐欺師と同類という自覚は在りますか?」
悪びれずに返してくる魔女は、今は絶賛魔術の開発中だ。
意識の大半は新しい魔術概念の創生という高難度の状況に傾けつつ、こちらに笑いかけてくる。
あの日、この世界における魔術神の領域にて対峙した際の女神の美貌は今も変わらない。
私に神に年齢を聞くという発想はなく、断片とはいえ神の魂を宿した人の肉体の老化事情は知る由もない。
そして女性に年齢を聞くという無謀が異世界でも無謀に該当するかというチャレンジをすることもなかったのだ。
ところが我が母上は、その質問を心待ちにしていた様子であり、ある日焦れたのかその美貌の理由を自慢げに語ったのだ。
何でも、神の魂を宿そうとも人の身では老化は避けがたく、また不老の魔術はいずれも非常に高度なのだと。
『若くて奇麗なお母さんは好き?』などと女神が寝言をほざいたので、では『その肉体の実年齢はいくつですか?』と尋ねたところ『まだ2世紀は経ってない』との回答を得た。
(確かこの世界は1000年程の技術停滞がありそこから魔術の神が下天して、そして今だに停滞が解消されていないことを考えると、停滞は1200年程に至ったのか)
などと計算する私を見て、母上たる女神は反応の薄さに詰まらなさそうな表情を浮かべていたのを覚えている。
「貴方だって確認は怠ったでしょ? 問われてたらちゃんとあの時点で語ったわよ? その上でも貴方はこの道を選んでいた…自分でもそう思うわよね?」
「ええ、全てを知った場合でも、あの時私は母上の手を取っていましたよ。ですが覚悟できるかというのは大きいんです」
実際のところ、このへカティア神が私の勧誘を行った日の説明は全く足りていなかったのである。
そもそもかつての魂だけであった私が宿った肉体が問題だ。
へカティア神があの日語った所によれば、彼女の地上の肉体の卵子を基本とした魔法生物を培養したとある。
物は言いようだ。その実態は他の叡智と魔術の神の魂を宿した体との間でこさえた実子であった。
あの日のへカティアは魂のみで私と相対していたわけだが、ではその時の肉体はというと妊娠3か月の身重ときた。
彼女の手を取り了承した私の魂は、即刻彼女の胎の新たな命に押し込まれる事になった。
いやはやドン引きモノである。
胎内に宿った状態は魂も近いのか、魂だけの状態でコレはどうなんだと混乱している私に彼女なりのこの行為の理由を教えてくれた。
何でも、神の魂を宿した者の地上での交配は、母体が神の器である場合ことごとく死産となるらしい。
おそらくは下天した魂では人としての魂を生み出す土壌に何らかの不都合があるのだろう。
胎児には魂が宿らず、全て抜け殻というべき状態でしか産まれて来ないのだと。
そう私の魂に語り掛けるへカティア神は寂しげであった。
私のこの体はまさにこの抜け殻の事例そのものであり、そこへ私の魂が宿ることで無事新たな命として産まれ得たのだった。
「私はてっきり、ある程度育ったホムンクルスのようなものに宿るものかと思ったんですけどね」
「あら? 名実ともにワタシの息子なのは不満なの?」
「まさか、まったくもって不満はありませんとも。美しい母上と素晴らしい父上を持てて私は幸せですよ」
そう、妙な魔法生物ではなく交配の結果産まれた私には、今生でも父がいるのである。
それも母上と同じ叡智と魔術の神の下天した欠片の一つ。
母上が魔術の停滞を打ち破るべく新たな魔術体系を研究するのと別に、従来の魔術体系の正統進化を研究している存在。
曰はく、この世界の魔術研究の総本山、この世界最大の国家の最高学府である魔術学院の学院長こそがこの身体の父であると。
「でもそれってかなり特殊な自慰行為ではありませんか? どっちも魔術の神の欠片同士でしょう?」
「自分自身だから魔術的な調整がしやすいから良いのよ」
平然と言い放つ母上は、分類として狂科学者ならぬ狂賢者や狂魔女に該当するのだろう。
母本人が言うには、魔術の発展の為に必要な発想の飛躍を役割として担っていて、そこから全く新しい魔術体系の開発を担当したらしい。
そして地道な研究や検証を担っているのが父であり、そこから従来の魔術体系の正統進化を担当したのだと本人から聞いている。
穏やかにほほ笑む父上の姿は実直そうで、言動からして飛んでる母上の事を考えれば適材適所だと納得できた。
「それにウェドネスなら、ワタシの好みストライクなのよね」
追記すると、ウェドネスこと我が父上の姿は若い。実年齢や10近い息子が居る母親であることが信じられないくらいに若々しい母よりもだ。
というかこちらも美少年だ。前世でいえば所謂ショタの部類の容姿である。
結論を言うと母上はショタコンである。それもガチな。
関係性を理解した上で両親が並んだ時など、私は思わず母上に向かって『犯罪では?』と真顔で聞いたものだ。
尚年齢は母と同じで、昔は件の学院の同級生との事なので前世の表現だと正確にはショタジジイに該当する。
父上本人としては普段は威厳が出るように幻影魔術で老人の姿に偽装しているそうだが、とても大変そうだと思う。
何より、父上の姿は本人の意思によるものではないのだ。母上の仕業である。
学院在学中のみぎり、母上は父上の美ショタな容姿が今後失われることを嘆き、大冒険の末に不老の魔術の触媒などを集めきり、父上本人の意思を無視して不老の魔術を勝手にかけたそうだ。
ドン引きした私が母上に『狂ってんのか?』と問うたのは仕方ないことだと思う。
『新しい発想って狂気と紙一重だから良いのよ』などと返してくる母上もどうかと思うが。
同時に『私もやり返されたのよねぇ』との母上の言葉。
母上の容姿を好みの頃になるのを待って後に、本人の意思の確認を取らずに不老の魔術を行ったのが父上であると。
割れ鍋に綴じ蓋であった。
『母上の若々しさの理由はそれかぁ』とか、『父上ってこれくらいの年齢が好みかぁ』とか、知りたくもない事実を知った私は遠い目になったものである。
もとは同一の魂であるためか、お互い好みの容姿であるためか、両親の中は良好である。
母上は開発している魔術の暴走という万が一の時の為に人里離れた地で暮らしており、父上は立場上学院敷地内に居を構えて離れ離れに暮らしているが、魔術の神だけにその程度は魔術を駆使していくらでも行き来可能。
私は母上と暮らしているが、週に一度は父上の姿を見るし、母も父の元によく出向いている。
母上は正直狂人の類だが、魂の雇い主というより産みの親として私を育ててくれているし、父上もよくしてくれている。
総合的に見て、私は偉大な両親の息子という面では、恵まれていると言える。
それはいいのだ。
癖の強い両親とはいえ、先に言った通り幸せであると断言できる。
「問題は、カードです。あの時見せてくれたカードが完全に見せ札で、実質全く開発できてないとは思いませんでした。私は何のテスターとして母上に勧誘されたんでしたかね!?」
そうなのだ。実のところ、母上が開発している新たな魔術体系である魔符魔術は開発中も開発中。
まともに開発されていなかったのだ。詐欺じみていると言ったのはこれが理由である。
あの日に見せてくれた草原狼のカードは、実は出来上がった第一号カードであり、その時点で他は全く出来上がっていなかったとは思いもよらなかった。
PV詐欺とか開発画像詐欺とかの、半端に出来上がっている物で相手を釣るのは詐欺といわれても仕方ないと思うのだ。
「初めの一枚が成功したから舞い上がっちゃったのよねぇ。だからこれはこの後も開発がどんどん進むから、先に使い勝手を確認する人手が必要だって」
「それです。そういう意味でも、すでに仕上がった魔法生物に私は宿るものだと…私の育児で開発が止まったと知った時には、私は思考が停止しましたよ」
「過ぎたことでしょ。そもそも1200年もの停滞が10年程度延長したところで些細な話でしょ? これから挽回するんだから良いのよ」
そうつまるところ、私がある程度この体になじみ、この世界の基本的な知識を習得し、母上の魔符魔術を扱える魔術基礎を身に着けるまで母上は私の育児と教育に注力し、結果新たな魔符魔術の開発は完全に停止していたのだ。
その事実が判明したのは、父上の恐怖の『進捗どうですか?』の一言から。
言いよどむ母上に張り付けたような笑顔の父上の事情聴取は、途中から私も交えて最終的に全員お通夜の様相であった。
最終的に、やってしまったものは仕方ない、という結論に至ると同時、私もそろそろ本来の役割を始められる状況になったという事実から、これから改めて開発を進めていくことになったのである。
そして先ほどから母上がうんうん唸りながら生成しているカードこそが、開発再開後の初のカードだった。
「…ふぅ、出来たわよ。これが魔符魔術の基底部になる魔符。貴方的に名づけるなら、『マスターカード』ってところね」
やりとげた顔の母上が私に見せたのは、第一号カードである草原狼と同様の大きさのカードだった。
「『マスターカード』…?」
「ええ、魔符の使い手が世界そのものに接続するための触媒。今までの魔術で言う、杖や指輪に該当するわ」
手渡されたのでじっくりと観察してみる。
マスター名称:
マスターランク:
属性:
基本マナ:
留保マナ:
攻撃:
防御:
生命:
草原狼のカードとの一番の違いは、カードの上半分を占めていたイラストの部分が無く、その場所に基本マナと留保マナの欄があることだろう。
そして、全ての項目が空白であることも。
「…師匠、項目が空白でこれが所謂魔法使いの杖と同類というのなら、これを扱うには契約が必要ということですか?」
「そのとおりよ。魔力の流し方は教えたでしょう? 魔道具と同じように魔力を流してごらんなさい」
魔術について学ぶ時、私と母上の関係は弟子と師匠に置き換わる。
それは魂の雇用主と使用人、母と子という私たちの関係のもう一つの形。
元の世界では触れることのなかった魔術の分野においての師弟関係だ。
いわれたとおりにこれまでに学んだやり方をカードに実行する。
この世界に魔術魔力で稼働する魔道具はありふれて居る。魔女である師匠の元にも当然魔道具があり、私はその扱いも教えられてきた。
体内の魔力を魔道具に触れた個所から流し込む。
今回においては、手の中にあるカードに流し込むだけだ。
するとカードの表記が変化した。
マスター名称:ローウェイン・マギ・ソロン
マスターランク:1(10)
属性:-
基本マナ:〇
留保マナ:-
攻撃:0
防御:0
生命:2000
私は変化したマスターカードの内容を一通り確かめると、師匠に視線を向ける。
「貴方の魔力との紐付けは成功したみたいね。これでそのマスターカードは貴方専用になった。表示されているのは貴方の魔符魔術師としての情報ね」
「なるほど…では師匠、まず上から順に確認させてください。このマスターランクというのは?」
説明を聞くと、つまりはマスターランクとは、魔符魔術の使い手としての格を示すものらしい。
私は師匠から調整を受けた身であるためはカッコ内の10ランクが本来の値であるが、現状1以上は意味を成さないためにこの表記にしてあるとの事。
そして基本マナは自身が常にアクセス可能な世界源泉の魔力であり、これを利用しながら他の魔符を発動させるのだそうだ。
この二つの項目の関係は、マスターランクの値=基本マナの量になる。
「属性と留保マナは現状では意味を成さないから、ここでの説明は省くわね。それで残りの攻撃値等についてなのだけど…その前に実際にマナの使用についての説明するのが適切ね」
そう言うと、師匠はあの草原狼のカードを取り出し私に手渡した。
名称:草原狼
マナ数:地
区分:召喚魔術
属性:獣・狼
攻撃:100
防御:0
生命:100
効果:なし
「草原狼一匹を恐れる戦士は居ない。草原狼の群れを恐れない戦士も居ない」
「マスターカードを得た貴方なら、もうその魔符を扱えるわ。要領はマスターカードの紐付けや魔道具の扱いと同じ。さぁ、試してごらんなさい」
言われるとおりに草原狼の魔符に魔力を流し込む。すると目の前に魔力の渦が発生すると、次の瞬間には前世で言う大型犬程度の大きさかと思うような狼が表れていた。
一応私はこの世界の既存の魔術についても基礎知識として教えられてきたが、その知識ではありえない召喚速度と簡易さ、そして魔力消耗の無さを実感する。
「これが、魔符魔術…」
改めて手の内のカードを見る。どちらのカードにも明確な変化が起きていた。
草原狼のカードの上半分のイラストの部分から草原狼の姿が消え、マスターカードの側はマナの項目にあった〇の部分が地と変わり、文字の色が薄くなっていた。
「基本マナが使用マナとして染められたみたいね。成功だわ」
満足そうに頷く師匠は、続けて言葉を続ける。開始時の初期マナは無色である〇であり、一度カードを使用するとカードの必要コストマナの色に染まるのだと。
これはマナが再使用可能になった際にも染まったままであり、それにより魔符の構成を考慮する必要があるのだそうだ。
まず作成するカード群の基本属性は大まかに6種類。光や天界を司る『陽』と影や冥府を司る『陰』の2極属性、基本4属性である『風』『火』『水』『地』。
追々基本属性の組み合わせによる複合属性も考えているが、当面はその6属性を覚えておけば良いとのこと。
さらに言えば属性に染められるのも、後に追加する大規模魔術の行使をし易くするための布石となるため、戦略的に重要になること等。
「大まかな魔符の使用に関してはこんなところね。召喚した配下の退去の仕方はまた後で。その狼はそのままでも構わないわよ」
マスターカードの生成から即相応に長い間説明をしたせいか、師匠もやや疲れているようだった。
まだまだ説明したいこともあるようだが、一息入れたいのだろう。
私はその前にもう一つ説明を求めた。
「師匠、いえ母上。もう一つ確認したいことが」
「良いわよ。何でも言って頂戴…ん? 母上って?」
「ええ、この場合魔術以外の根本的な質問になりますので」
とりあえず軽く深呼吸し、ちょっとした不満を込めて告げる。
本来真っ先に説明を受けたかった内容。マスター名称の項目。
マスター名称:ローウェイン・マギ・ソロン
「これ、私のフルネームですか? 初めて知りました」
「えっ」
今生で9年生きて来て、私はこの時初めて自分のフルネームを知ったのだった。
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作中カード紹介
マスターカード
マスター名称:ローウェイン・マギ・ソロン
マスターランク:1(10)
属性:-
基本マナ:〇
留保マナ:-
攻撃:0
防御:0
生命:2000
解説:マスターカードは魔符魔術の基底技術であり、魔符魔術師を象徴する魔道具である。
これは既存の魔術体系における杖や指輪といった魔術の発動体や発動補助具と同様の機能に見えて、本質は全く別物だ。
その本質は世界が有する魔力の基部へのアクセスを可能とする通信機というべきモノ。
魔符魔術にて行使される魔術は、全て世界の根本的な力の源流から力を引き出す儀式であり、マナが各属性に染まるのはその影響の結果なのだ。
マスターカード上に記されるマナとはその通信機の回線本数であり、力を引き出す回路の数である。
本文中で示唆された『染められたマナを使用する魔符』は、一度属性に染まった回線の方がより効率よく源泉から力を引き出し得る現象を織り込んだものであり、今後強力な効果を発現可能とヘカティアは予想している。
現在魔符魔術は初期開発段階の為、ヘカティアはマナの数及び『マスターランク』、つまり世界の根底から力を引き出す各個人の限界を慎重に見極めようとしている。
これは魔符魔術が本来個人の資質を無視して行使可能とするのを目標であるのに対し、実際に稼働させた際の力が想定より引き出せ過ぎたことが判明したからだ。
現状開発者本人である女神ヘカティアと、誕生以前からヘカティアに魔符魔術に最適化されたデザインベイビーのみが魔符魔術を扱うため問題は発生していない。
しかし、最終目標として既存魔術に並ぶほどの技術の拡散を目指しているため、出力の安定化と暴走の抑制、その他問題点の洗い出しは最重要事項である。
余談ながら、魔符魔術の開発者当人であるヘカティアは、マスターカード無しでも魔符を行使可能である。
『伊達に叡智と魔術の神の一側面やってないわよ』とのこと。
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