幻想世界のカードマスター ~元TCGプレイヤーは叡智の神のカード魔術のテスターに選ばれました~

Mr.ティン

プロローグ

序 炎の中の終わりとテスター勧誘

 燃えている。

 私が愛して止まなかった無数のカードたちが燃えている。

 無念だ。こんな光景見たくはなかった。こんな結末を迎えたくはなかった。

 私はもはや手の届かない光景に絶望していた。


 そこはほんの数時間前は見慣れた私室であり、私が趣味で蒐集していたTCGカード達の保管部屋であった。

だが今は炎の海だ。

 火事、なのだろう。

 住み慣れた我が家は炎に包まれているが、隣の飲食店が入ったビルの方が火勢が強く燃え広がり方も酷い。

 おそらくは火の元はビルで、我が家に燃え移ったのだろう。

 運も悪かった。私の寝室はビルに近く、真っ先に我が家で燃え出したのは私の寝室だった。

 そして私は眠ったまま煙を吸い込み、意識が無いまま炎に巻かれ死んだのだと思われる。気が付けば炎に包まれた自分の肉体の上に浮かんでいたのだから。

 当初は黒煙と炎にまみれた自身の寝室を理解できず、半透明の自身を理解できず、下を見れば燃え尽きていく自身の肉体であったものを眺めていることしかできなかった。

 だがふと気が付く。炎だ。紙である私の愛したカードたちの天敵である。

 そこに気が付いた時、私の半透明の身体は壁を突き抜け、ここ保管庫に飛んできていた。

 そしてこの炎の海を目の当たりにしたのだ。



 ありふれた家庭の次男に生まれた私は、そこそこの学生生活とそこそこの社会人生活と、適度な自由恋愛をこなしながらも独身であった。

 人並みの異性への興味はあったし、人生設計としての恋愛や結婚も考えないでもなかった。

 だが結局私は半生をTCGを愛でて過ごしていた。趣味を何より優先したと言っていいだろう。

 かの偉大な世界初のTCGを大学時代に知って衝撃を受けた私は、その収集に長らくいそしんできた。

 単純ながら奥深いシステムと美麗なイラスト、無数カードが生み出す戦術の奥深さ。

 それは余りに魅力的であり、後発のゲームも含めて愛すべき世界だった。


 プレイヤーとしての私は大した存在ではなかった。

 大きな大会で結果を残すでもなく、精々店舗レベルの大会で入賞する程度。

 それは所謂強デッキや強テーマを余り好まなかったのが理由だろうし、元々カードで遊ぶよりもそのカードそのものを収集する方に楽しみの多くを見出していたのもあるだろう。

 結局のところ私は、カードを保護用のカバーに入れてあるとしても、実際に使用すると生じる細かな摩耗などが気になり、使用を躊躇ったのだ。

 いうなれば鑑賞勢と言った所か。

 最近になって表れたTCGアプリやネット対戦では、ファンデッキを主としながらそこそこの成績を残せたのも、カードの摩耗を心配する必要が無かったからだろう。

 その分蒐集面では大きく力を入れていた。

 希少な最初期カードの初版セットや、大会限定カードの数々。

 手に入れた時の満足感と、仕事の合間に眺める素晴らしいカード達の美しさは、私を満たすに有り余った。



 だが、今まさにその愛したカード達が燃えていた。

 希少な特にお気に入りのカード達は、鑑賞しやすいように額縁に入れていた。

 オークションで競り勝って手に入れた世界大会の限定カードが、希少な最初期の『力ある9枚』の一そろいが、開発者のサイン入り限定カード等。それらが額ごと燃えていく。

 無意識に伸ばした、もう何物にも触れられなくなった手の中で燃え尽きていく。


 こんな、こんなことがあっていいのか。

 私だけ焼け死に、遺品整理でカード達の価値もわからぬ親類たちが二束三文で売り払われた方がまだましだ。

 それならば何らかの形で蒐集したカード達は残ることができる。

 何時かカード達の価値がわかる持ち主のもとにたどり着くこともあるだろう。

 このように炎の中で灰になって良くより余程ましだ!

 せめてもの慰めは、希少なカードは鑑賞用の1枚しか収集していなかったことだ。

 使用用や保管用に複数枚集めていたら、その分も灰になりこの世から失われていただろう。

 そして鑑賞用だったからこそ、鑑賞しやすいように防火ケースなどで保管せずにいたのだ。


 その結果がこれだ。

 私は自分が死んだことよりも何よりも、カード達の『死』に絶望した。

 もはや肉体は黒こげの骨しか残らず、無念に包まれた魂だけの存在となった私は、見届けることしかできない。

 あらゆる意味で手遅れになった後で到着した消防の消火は、辛うじて燃え残っていたカードを水で台無しにしていった。

 火事が完全に鎮火し、現場検証などが行われ、兄とその家族がやってきて嘆いていた。

 何日も過ぎ、火元のビルと我が家が取り壊され、更地になって。

 その全てを私は虚に見届け、魂だけのままその場に残り続けた。

 無念さと喪失感に苛まれながら。



 目を開くと、記憶にない部屋に居た。


「どこだ、ここは?」


 思わず出た声に驚く。

 あの日炎の中で、命と命に並ぶカード達を失って魂だけになり、無念のあまり彼岸へも赴けずにただ存在し続けた私。

 魂のみでは世界への干渉もできず、稀に感受性の高い人物の視線を受けるだけの抜け殻に成り果てていた私。

 声もまた失われていたのだから、驚くのは当然だ。

 無意識に辺りを見渡すという動作も行ってから、自身に肉体があるという事にも驚きながら目に映ったものを理解しようとする。


 先に思った通り、記憶にない部屋だ。

 ぱっと見は、魔女の住処とでもいうべきだろうか?

 木製の大きな棚には、表現に困る色合いの液体が透明な瓶に入れられ並び、五右衛門風呂にでも使えそうな巨大な釜が部屋の中央で異臭を放っている。

 本棚に並ぶ書物の数々の背表紙には、生前見たこともないような文字が並ぶ。

 壁の一面には大きな鏡が掲げられていて、私の生前の姿を映し出していた。


 そして様々なモノが雑多に乗せられた机の上。良く分からない骨だの透明な玉だのに並んで、それはあった。

 カードだ。

 成人男性の手のひらに収まりそうなサイズのそれは、おおまかに上半分は何らかの絵が描かれていて、下半分には本棚の所の背表紙に記された文字と同種のものと思われるモノが並んでいる。

 よくよく見れば上端や下端にも1行ほど文字が記されていて、生前に見慣れたTCGカードの同類を思わせた。


「あれは…」

「真っ先にそれに目を付けたのね。期待通りの魂で嬉しいわ」


 意図せず零れた声に応えたのは艶やかな女の声だ。

 背後から聞こえた先へ振り替えると、私の背後にその女性は立っていた。

 一言でいえば妖艶な魔女。

 色気とフェロモンを煮詰めて固めて形にしたような肢体は、身体の線が容易にわかるドレスに包まれていて、それが第一印象の妖艶さに結び付く。

 それに反して、顔立ちは美しいがむしろ穏やかな印象が強いだろう。やや垂れ気味な目は楽しげに細められて私に向けられている。


「貴女は一体?」

「ワタシはヘカティア。貴方にわかりやすく言えば、貴方が住まう世界とは別の世界の叡智と魔術の神、その片割れよ。そしてここは私の神域にある研究室と思ってくれていいわ」


 叡智と魔術の神。彼女はそう言った。

 なるほど言われてみると、魔女という印象と同時に何処か神々しさを感じる。

 この場所の魔女の住処と言う印象は、魔術の神という面の一端が顕現した結果なのだろうか。


「本当なら誰かに名を訊ねるのは自分が名乗ってから、と言いたいところだけれど…貴方の場合は難しいでしょうね。自分の名前、思い出せる?」

「…? …あれ? 私の、名前は…?」


 問われて言葉に詰まる。思い出そうとしても名前が浮かばない。


「知っているだろうけど、貴方は死んだわ。それも強い絶望で魂にヒビが入ってるの。名前を失っているのはそのせいよ。そして、魂の損傷がひどすぎて魂の回帰…貴方にわかりやすく言えば成仏できなくなっているの」


 女神のヘカティアの言葉は何となく自分でもわかっていたことだ。

 愛するカード達が無為に失われた、その絶望が私を壊した。

 多分、私は壊れすぎたのだ。カードを失う原因の火元への恨み、怨念というものすらなく、悪霊にもなれずにただ存在しているだけの故人の残滓。

 ただ時とともに薄れ消えるだけのモノ。

 そこまで考えて疑問が浮かぶ。


「なら、そんな壊れた魂に女神が、それも異界の魔術の神が何の用があるのでしょう?」

「貴方には、アレのテスターをやってもらうわ」


 女神様の答えは簡潔だった。

 先ほどから気になってる机の上のカードを女神はアレと呼び指し示す。するとカードは浮かんで私のたもとにやってくる。

 近くで改めると、それは第一印象の通り生前親しんだTCGのカードの同類に見えた。

 ぱっと見で判別できなかった文字は、意図して読もうとすると意味や発音がスッと頭に入ってくる。

 魔術の神が作ったカードは翻訳不要のようだ。生前先行販売された最新版の外国語版のカードを苦労して翻訳していた身としては、お手軽な便利さに羨ましさが沸く。

 そんな思いを横に置き、目の前に浮かぶカードを読み込むとこんな風に記されていた。


名称:草原狼

マナ数:地

区分:召喚魔術

属性:獣・狼

攻撃:100

防御:0

生命:100

効果:なし

「草原狼一匹を恐れる戦士は居ない。草原狼の群れを恐れない戦士も居ない」


 名称マナ数区分はカードの上端に、攻撃防御生命はカードの下端に、カードの上半分には草原を駆ける狼が生き生きと描かれていて、下半分には所謂フレーバーテキストが添えられている。

 これはつまり特に効果を持たないバニラと言われるようなモンスターカードと言う事だな?

 マナ数があるってことはカードの使用にコストが常時必要になるルールだろう。

 攻撃と防御と生命とで別れているのはどういう処理をするんだ?

 軽く読んだだけでも無数に興味と疑問が沸いて止まらない。

 あの火事の日から沈み切っていた私の魂に熱が宿っていた。


「興味がわいたようね。それはワタシが今作ってる新しい魔術体系に使う魔符というものよ」


 目を輝かせる私に女神は説明をし始める。

 何でも彼女の世界では、ここ千年近く技術や発展が停滞しているとの事。

 数百年程度の停滞なら神々も静観するが、千年もの長さでの停滞は問題になったらしい。

 そしてテコ入れに何柱かの神が世界運営以外の干渉を行うことになり、ヘカティアはその一員。

 かなり力を入れているのか、下天して直接魔術面での発展を促しているらしい。

 ただ、下天するにしても、神の力は大きすぎた。

 力の大幅な制限や分割などの過程を経ないと、下界の生き物の器に神としての魂が収まりきらず、結果思うように行動できなくなっているそうだ。


「この姿はその結果の一つね。分割した魂で手分けしてるその一人。この姿の私はその魔符を使った新しい魔術体系の確立を研究してるけど、他の姿の私はこれまでの魔術の延長的発展を研究していたりするわ」


『でも先に言った通り思うように進んでいなくてね』そういいながら憂い顔を浮かべる女神は、そこで更なるテコ入れを考えたらしい。


「それが、私ですか?」

「そう。ワタシの魔符の概念によく似たモノの知識があって、輪廻の流れから外れながら怨念を持たず、少しの魂の修復で再活性出来る魂の融通をあなたの世界の神に依頼したの。そして送られてきたのが貴方」


 魔術神の欠片の魔符技術担当としては、下界スケールの魂では魔符の開発で手いっぱいで使用感を確かめる作業にまで手が回らない。そこで似たようなシステムであるTCGの理解がある私にテスターをさせ、問題点の洗い出しなどをさせたいとのことだ。


「…元の世界の神々から送られてきたということは、拒否権はないのでしょうね」

「一応拒否はできるけど、その場合はあなたは元の場所に戻ってただ朽ちていくだけよ? ワタシの手を取るなら、こちらの世界で新しい生を得られる。上手く行けば別途報酬を出してもいいけれど、その分の仕事はこなしてもらうわ」


 得難い機会であるのは疑いようがない。何よりただ抜け殻同然の残滓として朽ちるにも、未だ目の前で浮かぶカードで得てしまった熱がそれを拒むだろう。

 とはいえ、新しい生とはいかなるものになるのだろうか?


「貴方はワタシが作った魔法生物に宿ってもらうわ。魔法生物と言っても、下界のワタシの身体の卵子から培養したから、実の子と言ってもいいわね。ワタシも下界では人間の身体に宿ってるからあなたの身体もほぼ人間。魔符用に体内魔力を調整しては居るけどね」

「…つまり貴方は私の母になるんですか?」

「何? 不満なの?」


 ヘカティア様は心底不満そうに頬を膨らませた。というか大丈夫かこの女神様。今更だがノリが妙に軽くないだろうか? 神としても見た目的にも外れた子供っぽい仕草に不安を煽られる。

 自宅跡地に戻って朽ちるのは、もう選択肢としてあり得無いが、本当にこの女神の手を取っても良いものだろうか?

 新しい生における母親となるらしいというのも、困惑を深める。

 生前の両親は既に他界していた。それが死んだ後の今更新たに母親を得ることになるとは思いもよらなかった。

 それも見た目的に生前の私よりずいぶん若く美しく、おまけに色気過多と来た。

 困惑しない方が無理がある。


「肉体的にはあくまで人間で、魂も今の貴方のままだけれど、広義的には神の子よ? 拒否したら罰当たりよ? 天罰しちゃうわよ?」

「天罰は嫌ですね。何をされるのか分からないのも怖い」


 だがいつまでも戸惑ってはいられない。おおよその状況が分かった以上、私の中に宿った熱は元の場所での静かな消滅を許さないのだ。


「わかりました。貴女の手を取ります」


 私はこうして、異世界で作られる魔符魔術のテスターになることを選んだのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

作中カード紹介


名称:草原狼

マナ数:土

区分:召喚魔術

属性:獣・狼

攻撃:100

防御:0

生命:100

効果:なし

「草原狼一匹を恐れる戦士は居ない。草原狼の群れを恐れない戦士も居ない」


解説:叡智と魔術の神の司る権能のうち、『天啓と発想の飛躍』を司る神性へカティアが生み出した新たな魔術体系『魔符魔術』の記念すべき始まりのカードである。

 叡智と魔術の神を始めとする神々が運営する世界は、現状技術面魔術面で深刻停滞状態にあり、その対策及び改革には複数のアプローチが試みられた。

 女神へカティアは、始め既存の魔術体系内での発想の飛躍からの技術的ブレイクスルーを試みた。しかし複数の要因によりこれを断念。煮詰まった挙句にインスピレーションを求め、自身の大元である叡智と魔術の神に依頼し無数の異世界を渡る旅に望みをかけた。

 その先で見つけたのが、現代世界のTCGである。TGCの独特なシステムに感銘を受けた女神へカティアは、権能である発想の飛躍を駆使し尽して新たな魔術体系の基礎理論を確立するに至った。魔符魔術こそその新たな魔術体系であり、その試作及びひな形として作り出したのが、この第一号カードである草原狼となる。

 一見何の効果も持たないフレーバーテキストだけの召喚魔術だが、そもそも魔符魔術が世界の基本システムに干渉する高度な技術であるため、既存の魔術体系では召喚の妨害などが不可能である。

 この草原狼を基として、魔符魔術は多様なカードが生み出されていくことになる。

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