カップ麺
サボテンの汁
カップ麵
たまに無性にカップ麺をむさぼりたくなる。それもシーフードだけだ。
健康や栄養によくないと同僚や親族から度々言われるが、それでもやめられない。
大体あいつのせいなのだ。
~~
あれは10月下旬だっただろうか。
大学生の時に酒癖の悪い友人がいた。ほかの友人がドタキャンしやがって、サシの宅飲みをする羽目になった。たぶんあいつがシーフードヌードルを啜り始めたときに話は始まった。ワンカップ焼酎を握りしめるほど酒が深くなった時だった。酒の飲みすぎで訳のわからない発言と行動をして他人を笑わせるような奴だったが、やけに真面目そうな顔で俺に語り始めた。
「俺は魚介類が嫌いだ。でもな、シーフードヌードルだけは食えるんだよ。あれだけは、なんか違うんだよ。おい、いかにも『私疑ってます』みないな目をするな。いいか、人間は思い出がはいると味覚っていうかいろいろ変わるんだよ。おい、『こいつめんどくさくなってきたな』みたいな顔をするんじゃない。いままで散々おまえの好きなアニメについて聞いてやっただろうが。俺にもちょっとしゃべらせろよ。」
あれは確か今みたいな秋か、もっと寒い時期のころだったと思う。よく覚えていないんだが、何せ10年くらい前のことなんだ。俺は鍵っ子でな、学校から帰ったときに一人で家帰るんだよ。でも、当時は忘れ物がひどくって、何回も教科書とか鍵とか、それ以外も忘れていてな。今考えると、おれは当時から発達の遅れたガキだったんだと思う。まあその日、いつものごとくカギを忘れちまって、親が帰ってくるまでの4時間くらい家の前で待つ羽目になっちまうんだ。田舎だから学校以外には田んぼと住宅しかねえし、つるむダチはみんな塾とか託児所に行っちまって。大体一人で家の駐車場と玄関の間の階段で座ってぼーっとしてたんだ。春夏はまあいいんだけど、今の季節の夜ってさむくってなあ。
んで、いつものごとく親を待ってる時だったんだよ。あたりが暗くなって、一番星でも眺めようかと思った時なんだ。当時ほんとにたまにしかしゃべらない近所の若奥さんがいてなあ、一時その奥さんのガキと一緒に遊んだことがあるんだよ。そのつながりかなんかわかんねえけど、一人だった俺に話しかけてきたんだ。
でもなあ、所詮発達の遅い馬鹿の俺にゃあ何言ってるかわかんなくてよお。話した内容は全部忘れちまったんだよなあ。んで、その時寒そうなおれに出来上がったシーフードヌードルをくれたんだよ。びっくりしたなあ。もらっていいんですかって思わず聞いちまったよ。シーフードは好きじゃないけど、あったかい物が恋しくて、一緒に若奥さんと啜ったんだよ。あったかかったなあ。あの後お礼をちゃんとできたかも覚えていなくってさ、話そうとした時にゃあもう引越しちまってたんだ。
おれはなあ、それを今でも後悔しているんだ。あの時から、おれは泣いてる後輩とか、風邪ひいたやつとかに弱くなってよ。あったかい飲み物奢ったり、飯をわざわざ買いに行ったり、いらんのにそいつが落ち着くまで一緒にいて待つようになっちまったんだ。自分にその余裕がある訳でもねえのによ。
シーフードを啜りながら、お前との出会いを思い出したら語りたくなっちまった。とそいつが満足げに言うと、ちょっと横になるわと宣言した直後にいびきをかき始めた。寝ちまったあいつを横目に余った酒をちびちび飲んでいた俺は、そいつの話がやけに頭から離れなかった。
~~
2年後、あいつは死んだ。元々その気配はあったが、ついに精神をすり減らして自殺したらしい。連絡があったとき、元々お人好しのあいつならありえなくないなと不謹慎にも思ってしまった。
あいつの墓には似合わない花ばかり供えられていた。俺は墓にワンカップ焼酎とシーフードヌードルを置いた。秋分をだいぶ過ぎていたからか、空には明星が瞬いていた。
その日も寒い10月の下旬だった。
俺はその日から無性にカップ麺をむさぼりたくなる。
カップ麺 サボテンの汁 @sabosabotenten
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