1.3 『存在強度』 隣の子は手加減なしで凛世はドン引きする

 資料の次のページでは、存在強度について書いてあった。


 凛世は理科っぽい話が出てきて『この先複雑なはなしなのかなー』と恐る恐る見てみる。


『存在強度とは呪力の強さを数値で表したものである』


「シンプルだ……」


 一安心。凛世はほっとした。ここでまた難しそうなことを書かれていたら絶対に混乱が始まっていただろう。


「要は自分がどれくらい呪力を強くするかによって使う呪力も多くなる。もちろん強い呪術にしたければそれだけ多くの呪力が必要だ。ここで『強い呪術』ってのが何なのか補足しておこう」


 ヤンキー先生は、自分でなまくらと言っていた剣を右手にもつ。左手にはその剣を絶対に溶かすような熱々オレンジのどろどろした……。


「え? あれ、本当にマグマとかじゃない……よね?」


 つい凛世は隣に確認するが、たぶんそれに似た何かだよ、と隣の円ちゃんに返答され、あまりの呪術の無法っぷりに口がひらっきっぱなしになる。


 どろどろしているように見えるが、先生の手に球体状で安定しながらすっぽり収まっている。どんな仕組みなのか。凛世には理解が難しい状態だ。


「これはマグマによく似た炎を出す呪術だ。当然高温でやけど注意だ。もちろん呪術で使う以上、使用者には危害が及ばないようになっている」


「都合がいいよなぁ」


「大門。たまたま都合が良いわけないだろう。この呪術はそういうふうにできている。いわば呪術は生成する側が都合よく創れるんだよ」


(なるほど……まさに自分の想像したものをつくっているってことなんだ)


 凛世があのマグマの存在をそのように飲み込めたジャストタイミングで、授業は本筋に戻った。


「存在強度は呪術と呪術がぶつかったときにどちらが勝つかを決める指標だ。これを見ろ。どう考えてもこのドロドロしたヤバい物体のほうが強そうだが……」


 刃をその球体に突き刺す。


 先生が先ほどなまくらといったはずの刀は、高熱にも負けることなく、むしろその赤い熱の塊は徐々に形を崩して、最終的には砂のようにさらさらとした粒子となって集合から零れ落ちた粒から見えなくなっていく。


「呪術の強弱は存在強度の数値の比べあいだ。今俺はこのなまくらに存在強度1000を与えて作った。それに対し、形が崩れ消え去ったものは存在強度を850にして現実化した」


 ここから先は凛世でも言いたいことは理解できる。


 存在強度が高い方が勝ったということ。そして負けた方は形を失うこと。


「そして2つの対決する呪術がぶつかりあったとき、存在強度の相殺が起こる場合がある。今回で言えば呪術で作ったこの刀は、850ぶんの存在強度を失い、今の存在強度は150だ。ゆえに」


 もう一度ヤンキー先生が呪術のマグマ的ボールを出して、剣とぶつけると。今度は剣がものすごい勢いで溶けて折れてしまう。そしてその剣は形を失っていく。


「と、このようになるのは当然だ。強い呪術ってのは相殺によって相手に無力化されにくい呪術のこと。このような呪術の強弱と相殺は戦闘において絶対におさえなければならない考え方だ」


 ヤンキー先生は、唐突に凛世のほうに指をさした。


「え?」


「お前じゃない安常。その隣の天若円に用がある」


 膝をついて授業を聞くというとっても尊大な態度だったことに今気が付いた凛世はまた何かされるのではないかとドキドキ。


 しかし、ヤンキー先生は凛世にとってさらに予想だにしない言葉を言い放った。


「天若。俺に向かって攻撃しろ。俺を殺すつもりで撃っていいぞ?」


「本気ですか? まじでやるよ?」


「お前のような青二才の攻撃で死にやしない。が、他の連中に当たらないようにするところは考慮して呪術撃てよ」


「それはもちろん。なら遠慮なく」


 向こうの先生の提案も、彼の挑発に乗ってしまった円も、凛世としては信じられない。こんなことが普通に起きていいものか。


 先生がかかって来いよと言って、生徒が先生を攻撃するなど、よほどのヤンキーでなければ殴りもしない世の中で聞いたことのない蛮行だ。


(ええ……ええええええ……)


 その瞬間を隣で見ることになる凛世はもはや自分がこの場にいることが間違いであるような感覚すら生まれてきている。


 凛世のお隣さん。天若円というオレンジツインテールちゃんは1枚の長方形の紙を出すと、その紙が燃えたと同時に、宙に白い三角錐が現れる。


 明らかにヤバいものというのは、戦いについて素人の凛世でも理解できた。なぜならそれは近くにいるととっても熱いからだ。


「しにさらせぇヤンキー教師」


(そんなこと言っちゃだめだよぅ)


 そのツッコミすら間に合わず、容赦なく放たれた呪術。


 その呪術は確かに届いた。ヤンキー先生の出した手にたどりついたが。


「ふん」


 それを余裕で握りつぶした。


「はぁ? 結構本気で撃ったけど」


「なめんなガキ。先生様が生徒ごときにやられるわけないだろ」


 ものすごくご満悦な顔で宣言した先生を見て円は大変不満そうに席に座りふてくされる。


 それをガン無視して先生は授業を進めた。


「とまあ相手の攻撃を相殺して無力化することもできる。要は存在強度を0にすればいいからな。人を飲み込めるくらいの極太レーザーだって剣一本で防ぐこともできる。逆に強い呪術ってのはコストが高い分、相殺されにくいから相手を殺しやすい」


 ただ、今のは当然ヤンキー先生が呪術を前に動じなかったこと、そして適格に手でキャッチしたからこその結果だ。


 凛世は自分では真似できないと確信している。


「この呪力の相殺については今後詳しくいろいろな場所でやるが、1ついい例を教えるのなら。反逆軍が使っているシールドだ。あれは存在強度を持たせる壁を創りだすことで相手の攻撃を相殺することで身を守る道具だ」


「じゃあ別にシールドじゃなくても相手の攻撃をつぶすことはできるのか」


「大門の言う通りだ。相手から何か飛んできたら存在強度を持たせた銃撃で撃ち落とす。あるいは存在強度を持たせたエネルギーを纏って鎧みたいにする。とかな」


「俺がやってるやつじゃーん」


「だが相殺ってのは無理に防御で狙うなよ。難にせよ、俺たちの体は呪術で強化できない。どうあれ何も防御してないところに相手の攻撃が当たったら死ぬんだ。あくまで仕組みとして覚えておけ。おっと、まじか」


 まじか、といったのは時計を見てのこと。


 特別講義が終わるまで後5分。学校の授業1つとは思えないほどにいろいろなことがあって時間が過ぎるのがあっという間だったと凛世はやや早めの終わりムードに入る。


 一方、『急ぐかぁ』とヤンキー先生は再び授業に集中した。


「1つ注意をするべきは。呪術には中にどのような性質を込めるか、相性や環境、状況によって実際、呪術と呪術がぶつかったときの結果は変わってくる。例えば、遠距離攻撃はもろくなりやすい。相殺現象を起こした段階で軌道が変わったりとかな」


「なんか難しいな。もっと単純に力比べにならないのかね」


「難しいから学問として成立してるんだ。だが何も知らない力に身をゆだねて戦うわけにもいかないだろう。お前たちはその難しいものを、理論と体験の両方で学んで、頭と感覚で生き残れる戦士になる」


 ヤンキー先生はいよいよ授業のまとめに入る。


「呪力とは、己の中にある万能粒子のこと。呪術とは人間が人智を超える現象を想像し万能粒子で創造する力。存在強度とは、その呪力の強さのこと。まずはこの3つの概念をおさえることで、この世界の戦闘に対する理解が始まる」


 凛世の目の前にある画面が変わった。


『Welcome新入生。生き残りたければ想像しろ。頭良く、効率的に、そして楽に生き残る術を。その術を見つけたらこの3年で死に物狂いで形にする術を身に着けろ』


「今日の復習をきちんとしておくように」


 予定より2分早く、特別講義は終了した。

(エピローグ『最初の授業はいかがでしたか?』に続く)

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