1.2 『テイルの行使=呪術』 凛世は理科は苦手です

「想像さえできればなんだってできんじゃねえか。やべえな。俺だったらすぐにとんでもない破壊兵器用意して、京都支配できるかもしれねーながはは」


 先ほど先生に殴りかかったデカい男の生徒が、今度はとんでもないことを言い始めた。すごいやつもいるもんだなぁ、と興味深そうに見ると、隣の円が口を開く。


「馬鹿なヤツいるじゃん。笑うわ。なら私とか、炎雀美麗に勝たないとねぇ?」


 闘志めらめら。凛世にはやや熱すぎて気圧される。やはりただ者ではない。


「ははん……若さゆえの野望は結構だが。お前なぁ、一応この部屋御門家とか反逆軍とかいるんだからな?」


「え、まじかよ! そういうの先に言えって! なんでそんなプロ集団がこの学校来てるんだよ」


 戦闘のプロ集団。


 京都には、悪霊と戦い凛世の命を救ってくれたあの女性のような人が所属する反逆軍に加え、この京都の管理者である華族、御門家が持つ軍が存在する。


 神人と呼ばれる人間に似て人間とは異なる存在が、京都の支配権を持っているのだ。いわば、古代戦国時代における戦国武将のようなものだと思えばいい。


 日ノ本は今、比喩に沿っていえば他の戦国武将、すなわち、他の神人が支配する地域もあり、彼らは争っている時代だ。


「御門家だと体系呪術しか習わねえからな。自分の戦術の幅を広げたり、御門家の業務以外に必要な教養を身に着けるためにここに来るやつもいる。ちなみに学園長は御門家当主の御門有也だからな?」


「うええええ? やべーよ、俺ぁ殺されちまうか」


「バーカ。お前みたいなくそ雑魚で馬鹿野郎の戯言、聞き流すに決まってんだろ」


 凛世は思う。なんと口の悪い先生だろうかと。


 先ほどの横暴を見るに、この学校の先生はまともじゃないかもしれない。と、いよいよ凛世は思い始める。


「授業に戻るぞ。呪術の話が出たから、呪術についてもう少し詳しくみるぞ」


 資料が変化する。書いてあるのは、呪術すなわち万能粒子使用時のルールだった。


「さっ言ったのは呪術のプロセスだ。ルールとは話がちがうお前たちは両方を答えられないようじゃ……退学だな。才能がないとあきらめてもらう」


(ペナルティ厳し……留年じゃないんだ……)


「いや、しんでもらうしかないな? 俺の教え子に不良はいなかったことにする」


 なんてやつだ。「十人十色それがよし」の心意気で生きている凛世もこればかりはドン引きだった。


 それはともかくとして、凛世は今まで生活をするのにもいくらか呪術は使ってきていたが、これ以上のルールは聞いたことはない。


 それは凛世だけでなく、周りの人たちも同じ反応をしている人が結構いる。


「体内の呪力を用いて、想像を現実化できるとは言ったがなんでもかんでもできるわけじゃない。なんでもできたら地球もろともとっくに終わりだ」


 確かに、例えば「日本よ沈没せよ」と誰かが想像して本当に沈没してしまう世界があったらもはや生物は生きられないだろう。


「まず呪術というのは発動するまでが本来大変なものだ。お前ら。自分のデバイスや呪符、あるいは入学式で学校から支給されたデバイスがあるだろう。早速使ってみろ。想像と使用の意思があればデバイスは自動で動く。リンゴを作って、かじれ」


 想像を現実にする。その力があるのだと、先ほど明言されたばかり。


 そのプロセスは今まで生活の中で火をつけよう、とか、洗濯用の水をだそう、とかと使う感覚はあまり変わらなかった。


 大変なのはリンゴを創り出すためにリンゴを想像するところだったが、凛世はこれも必死に考えた結果それっぽいものはできた。


 かじってみる。


「あれ……へん」


 味がしない。感触もしゃり、ではなくまるで麩菓子を食べたかのよう。こんなものはリンゴではない。


 周りを見ると、そもそもその生成できない人が多く、凛世と同じようにおかしなものができたりする。


「デバイスや呪符は想像が不出来な失敗品を作れない。想像が現実に、と簡単には言うがそもそも形にするだけでもかなり高い精度の正確さが必要になる」


 ヤンキー先生は近くの生徒のリンゴを撮ると握りつぶす。果汁は出ない。紙でできたものをつぶした見た目になった。


「そして求める性質まで真似ようと思ったら、さらに正確な想像が必要だ。だから自分の武器というのは、想像を何度もやって試行錯誤して理想に向け、精確なものに近づけていく、その制作時間とセンスと研究心が必要だ」


 凛世には1つの疑問が思い浮かんだ。今まで火をつけたり、水を出したりなどはそんな意識をしなくても発生させられたのはなぜか。


 答えは先生の補足資料に存在し、へー、と技術者に感心したものだ。


『デバイスや呪符の開発が進み、人の想像を助けるアシスト機能がつけられるようになった。料理の火や水などの慣れ親しんだ現象は、そのアシスト機能が必要なものを形にして、人間は呪力を注ぐだけで発動できる』


 普通の人が呪術を使えるのは、そのアシスト機能が自分たちが本来やるべき想像を代わりにやってくれているからなのだと、凛世は初めて知ることになった。


「次に規模の問題だ。想像できればなんでもできるってわけじゃない。人間にはいかに想像できたとしても、現実化できるものには限界がある」


 凛世が先生のプリントを眺めると、そこに関する記述を見つけた。


 無から有を生み出しているように見える呪術だが、実際は体内の万能粒子を消費して呪力というのは発生する。


 当然のことではあるが、自分の呪力を超える現象を発生させることはできない。


「呪符で火を起こす、明かりをつける、など生活に必要な粒子数はそれほど多くない。持てる呪力の最大量は多少の個人差はあるが、それでも最大値を100パーセントとすれば、生活必需呪力はだいたい0.6パーセントだ」


 どんなに頑張って使っても2パーセント。呪力は毎日最大値の10パーセント分は自然回復するため、通常生活では使い過ぎということを考慮する必要はほぼない。


 ヤンキー先生は次に呪術を使い、先ほど凛世やその他大勢に襲い掛かった呪術弾を目の前で生成して見せた。


 凛世にとっては意外なことにあれほど痛かったはずのものの正体は、卓球の玉くらいの大きさだった。


「さっきお前たちにぶつけたこれ、200発以上用意したが、これで俺の呪力の10パーセントを使った。感謝しろよ? 教育のために身を削ってんだからなぁ?」


「お断りだぁ」


 デカい男子生徒に、今先生が生成した呪術弾が襲い掛かり、その男子生徒がダウン。そのついでに今度は呪術を使って、日本刀を刃を出した状態で創り出す。


「なまくらだが、これだとだいたい15パーセントってところだな。さて、ここで1つ疑問が出てくるはずだ。先ほど、生活に必要な呪術は0.6パーセントしかないと言ったわりに、今の2つは相当消費量がデカい。なぜだろうか」


 確かに、凛世は頭の上に『?』を浮かべる。


「武器とかを作るにはかかるとか?」

「じゃあ、もう1つ出すぞ。ほっと、これはただの鉛筆だが使これも15パーセント使っている。武器かどうかで決まっているわけじゃない」


「うーん。大きいとか、堅いとか? 性質が多いと必要な呪力も多くなるとか」

「ちなみに呪力を50パーセントほど使ってフライパンを熱するような炎を創ることも可能だ」


 ことごとくはずれを言われヤンキー先生はついに募集を締め切り、答えを明らかにした。


「答えは次の資料にデカデカと書いておいた。よおく覚えておけ!」


 資料の画面を変えると以下の式が書かれていた。


『使用呪力』=(『現実化する現象の体積(平方メートル)』+『変化先性質値』)×『呪術に持たせる存在強度』×『呪力変換効率』


(う、なんだか理科っぽい内容になってきた)


 初等学校では理科が一番苦手だった凛世にとって、公式というのは見ると勉強が大変だった苦い思い出が蘇り、頭がずきんとしてくる。


「変化先性質値は3年生で詳しくやるが、1年、2年においてはとりあえずe≒2.71だと覚えておけ。呪力変換効率は、お前たちの持つデバイスや呪符の性能で変わるものだ。高性能なものを使うほど低い値が出ると覚えておけ」


 凛世はその項目は自分の持っているデバイスの設定画面で見たことがある。


 早速その画面を開いてみると、そこには0.93と書かれていた。


「今回ピックアップしてやるのは、存在強度についてだ。1つの呪術に使う呪力量を決める大きな要素がこの『存在強度』だ。石器見せた呪力をたっぷり使った鉛筆ってのは、この存在強度が高い分、使用する呪力も多くなったってことだ」


「なんか小難しい話になってきたなぁ?」


「てめぇ……なんかさっきからお前と話してばっかだな。名前は」


「大門」


「大門。そう難しく考える必要はねえ。存在強度ってのは簡単に言えば呪力の強さだ。これが高いほど呪術として頑丈だと覚えておきゃあいい」


「つまり呪術ってのは、呪力をより多く使うほど、術が壊れにくい? ってことか」


「そういうことだ。例えば存在強度の強い火は風で消えにくく、長く燃え、よほど高ければ水をかけられても生き残る。頑丈だろ? 当然『存在強度』は少ないより多い方がメリットもある。特に戦闘においては重要な要素となる。資料、次のページ!」


 講義は続く。

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