第24話 関連会社のスタッフも歓迎してくれます

 僕達は目的地の手前で馬車を降ろされた。懸念した通りに車軸が保たず、走行が不可能となったせいだ。


 青ざめた御者は繰り返し頭を下げ、馬の背に乗ると来た道を引き返していった



「アネッサさん。ここはどの辺りですか?」


「目的地まで徒歩3日というところか。目指すはシーリス砦で、今居るのはその手前、後詰めの砦じゃ」


「へぇ、あそこにあるのが?」


 平地の草原地帯にポツリと佇む拠点が見えた。堅牢な石壁に守られ、さらに外周を丸太のバリケードで覆い尽くしている。鎧に身を包んだ兵士の姿も多い。防壁の上、バリケードの回りと、それぞれの持場を堅守していた。


「マジマよ、今度は先走るなよ。軍人相手に騒ぎを起こせば面倒じゃ」


「流石に懲りましたよ。そんで、どうするんです?」


「あらかじめ、来訪を告げておくのじゃ」


 アネッサさんは指先を赤く光らせると、点滅させた。明滅のサイクルはランダムだが、何か規則性があるようにも思う。


 すると砦の方でも赤い光が輝いた。そちらも同じく、点いては消えてと繰り返している。


「賓客歓迎、との事じゃ。さっそく向かうとしよう」


 自信満々なアネッサさんの後に続けば、驚くくらい問題なかった。トラブルは欠片さえも無く、砦の中枢までノンストップで案内された。


 出迎えたのは部隊長、ここの責任者だ。容姿は僕達人間に似ているけど、面長で高身長だった。優に2メートルを超える背丈に細身の体つき。それがユラリと立ち上がり、頭を下げた。


「ようこそお越しいただきました、アネッサ様。私は第3騎士団駐屯部隊長のツィーテオと申します」


「おう、ご苦労。状況は?」


「芳しくありません。無限の様に湧き出る魔獣相手では、負傷者も増える一方でして。ところで魔王様はいずこに?」


「ポロンなら北方戦線じゃ。しばらく動けそうにない」


「あぁ、やはりそうですか。こちらも危ういというのに……」


 ツィーテオという男、それほど強く見えないが、後方支援の能吏という立ち位置だろう。眉間に刻まれたシワが深い。苦悩と実直さを代弁するように。


 通された部屋も飾り気が無かった。大きな丸テーブルに椅子が何脚か。壁に申し訳程度に小さな絵画が掛けられたくらい。虚勢とは無縁なタイプなんだろうと思う。


「さて、才女アネッサ様。なにゆえ戦場へ? ここも一応は後方ですが、日に日に戦雲が色濃くなっており、安全とは言えぬ状況ですぞ」


「シーリス砦まで行きたい。そこにエレンが居るハズじゃ」


「エレン殿……ですか。確か、東部軍の遊撃隊を率いる中隊長に抜擢されたと聞いております」


「どうした。顔色が冴えぬぞ」


「物見によると、東部軍は壊滅したとの報せがありました」


「それは真か!?」


「今、偵察を向かわせております。それが戻るまで確信を持てません。しかし、相当な大打撃を受けたことは間違いないかと」


 僕はそこまで聞くと踵を返した。エレンさんは危険な状態だ、一刻も早く駆けつけなくてはならない。


 しかし行く手は、アネッサさんの小さな身体が塞いでいた。


「通してください、邪魔ですよ」


「まさかとは思うが、無策に飛び出す気ではあるまいな?」


「だとしたら何だって言うんですか」


「落ち着け。敵は巨獣じゃぞ、トカゲどもとは訳が違う。準備を整え、精兵を引き連れてから向かうべきじゃ」


「アネッサ様。口を挟むようで恐縮ですが、兵を出す事は難しいのです。せいぜい100くらいでしょうか」


「100ごときでは戦にならぬ」


「はい。なので密かに行軍し、敵の眼を盗んで生存者を救出する。それが今出来る事の全てです」


 アネッサさんがツィーテオを睨む。そして僕も同じだ。しかし彼は青白い顔を見せつつも、結局は視線を反らさなかった。100というのは値踏みした数では無いということだ。


「クッ……出立はいつごろか?」


「明日の昼には。ただし遠回りの北街道ルートにて行軍する事になります」


「なにゆえじゃ。南街道を使えばで近道じゃろうが」


「そちらは山あいの道で、足場が酷く悪いのです。更に間の悪いことに、瘴気(しょうき)が発生しております。遠回りであっても尾根伝いに北を行くしかないのです」


「ならば仕方あるまい。それから素材も融通せい。滞在中に使い魔の一匹も造りたい」


「ではアネッサ様はこちらへ。お付きの方は別室にご案内します」


 その後は若い兵士に連れられた。案内されたのはベッドと窓だけがある小さな客室だった。シーツは純白、塵も落ちておらず、冷や飯を食わせるつもりではなさそうだ。


 しかも個室なので、エミさんは隣のドアへと消えた。明日までゆっくり休みましょう、という言葉を残して。


「嘘だよな、全滅だなんて……」


 僕はベッドに横たわっても、眠気どころか疲れすら感じなかった。胸を締め付ける重圧が苦しい。あの時、僕が妙な事を口走らなければ、避けられた事態だろうか。エレンさんを、独り死地へと向かわせる事を回避できたんだろうか。


 なぜ、どうして。髪を掻きむしっても晴れるものなんかない。それでも指先は執拗に獲物を求め続けた。自責の念は静まるどころか膨らむ一方で、無様にも寝返りを打つばかりになる。


 そんな最中の事だ。窓の向こうから怒号が響いたのは。


――東方より敵! デッドウォークの群れ!


――総員配置に付け! 西壁の部隊は半分を東へ送り、残りは警戒を継続せよ!


 危険なんだ、この世界は。本当に死と隣り合わせだ。エレンさんだって例外なく、当たり前の様に死ぬのだろう。


 そう思った瞬間には起き上がっていた。部屋を出て忍び足になって通路を歩き、螺旋階段を降る。幸いにも警備の大半は出払った後のため、僕を引き止める人は居なかった。


 あとは観音開きの門を開けるだけで外。それからは防壁を飛び越せば良い。そう思っていると、背後から声をかけられた。


「先輩。どこへ行くんですか……」


 柱の物陰からエミさんが現れた。沈んだ顔色だ。咎める様子ではないが、妙な湿り気がある。


「僕はこれから、その、探検にでも行こうかなって」


「嘘。エレンさんを助けに行く気ですよね? 危ないから皆でって話をしましたよね?」


「いや、そういうんじゃなくて」


「とぼけないでください!」


 鋭い目つきに声。しかしそれと同時に大粒の涙が止めどなく溢れ、頬を伝っていった。


「私にとっては、先輩だって大事な人なんです! 死なせたくないんですよ! どうして分かってくれないんですか!」


「エミさん……」


「出来る事をやって、ダメだった時は諦めるしかないでしょうよ。それなのに、何でそこまで……」


「よさんかエミよ。そやつはどう足掻いても抜け駆けしよるわ。たとえ縄でふん縛ってもな」


 いつの間にか、階上からアネッサさんが降り、最後の階段を踏んだ。そして呆れ顔のままでコチラに歩み寄った。


「それにしても、よほどエレンに心酔したようじゃな。他には何も眼に入らん程に」


「僕に出来る事なら何だってしますよ。危険なんて承知の上です」


「妾は使い魔を作成中じゃ、ここから動けん。低級であっても夜半までは時を要する」


 その言葉とともに小瓶が投げつけられた。見慣れない物だ。香水でも入ってるんだろうか。


「アネッサさん。これは?」


「魔力薬じゃ。どうせ瘴気の渦巻く近道を通るつもりじゃろ。瘴気を浴びれば魔力を損耗する。存分に活用せよ」


「そうなんですね。助かります!」


「良いか、己をしっかり保てよ。自我を失えばそれまで。後は瘴気に操られるだけの外道に堕ちるであろう」


「分かりました。覚えておきます」


 そこでエミさんに眼を向けたが、視線が重ならない。震えるつむじが見えるだけだ。


「エミさん。僕、行ってくるから」


「分かってましたよ、こうなる事は……。だったらせめて、悔いのない様に頑張ってください」


「そうだね。全力で挑むよ」


「それと、絶対生きて帰ってくださいよ。もし死んじゃったら、先輩のお墓の前で毎日毎日、毎にぃぃち美味しいもの食べちゃいますから。生きてるから食えるんですって笑いながら!」


「それは何だか、嫌だなぁ」


「だったら死なないでください!」


 エミさんはようやく顔を持ち上げたかと思うと、小指を突き出した。約束しろという事だろう。


 僕は思わず綻んでしまい、合わせて小指を立てた。


「いつでも良いよ」


「指きりげんまん、嘘ついたら……」


「交わせ交わせ密約を。守れ守れ互いの言。破らば生涯祟られよ」


「待って、今の何ですか!?」


「魔界ではこうやって約束を交わすんだよ」


「知りませんよ、そんなローカル作法。先輩のイジワル!」


「アハハ。それじゃあ行ってきます!」


 湿りきった空気に、僅かばかりの活気が戻った。そんな気配を感じつつ門の外へ。


 外はいまだに戦闘中だった。飛び交う号令や怒号も激しい。そんな声に背中を押される様にして、防壁を一息で飛び越した。


 後ろ髪引くものは何もない。独り原野を駆け、いざ南街道へ。

 



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