第23話 出張先でも先輩が頼りになります

 魔界への移動は瞬間的かと思ったがそうでもなく。超高速で飛翔する仕組みのようだ。時々曲がる度に遠心力で引っ張られる様子は、高速道路やテーマパークを思い出させた。


 暗闇を抜け、白い閃光に包まれた後は、見慣れない光景が広がる。空は暗雲で赤黒く染まり、所々で稲光が走る。砂利道の傍で広葉樹が青々と茂り、耳元には小川のせせらぎが届く。そこに鳥のさえずりが加わるので、長閑な光景のようにも見えるが、草花のしおれ加減から不吉なものを感じ取った。


「アネッサさん。ここが魔界なんですか?」


 返された声はどこか苛立っていた。


「まったく……やたらと急かしおって。ロクな準備が出来んかったではないか」


 その隣で、両手を着いて地面に倒れ伏すのはエミさんだ。青白い顔は苦痛で歪んでいる。


「めっちゃ気持ち悪い……先輩は平気なんですか?」


 これが普通の反応なんだろうか、あいにく、大した実感が湧いてこない。


「うん、まぁ割とね。そんなにキツかったかな」


「凄いグルグル回ってませんでした? 洗濯機で洗われたみたいな」


「どうだろ。僕は、体ごと洗濯された経験が無いからなぁ」


「いや私だって無いですよ。例えですからね、例え」


 エミさんは腰砕けになってしまい、起き上がる気配がない。担いでいこうかなと思った矢先、アネッサさんが草むらに足を踏み入れた。


「待っておれ。今、酔い醒ましの薬を作ってやろう」


「助かります。もう胃液がファンタスティックに、ウップ……」


「本来なら、その薬も持ち込む予定じゃったが。どこぞの阿呆が急かすせいで」


「会社にあるんですか? じゃあ取りに戻れば良いじゃないですか」


「そういう訳にもいかん。魔界は不安定な状態にある。今ばかりは、頻繁に転移を繰り返すのは宜しくない」


 アネッサさんは空を見上げ、苦々しく顔を歪めた。この光景は平常通りではないようだ。


「アネッサさん。これからどうするんですか?」


「近くの村で馬車を借りたい。それでエレンの元へ行けるかは分からんが、足で行くよりマシじゃろう」


「村で馬車ですね。僕が行ってきますよ、時間がもったいないし」


「待てマジマ、大人しくして……!」


 僕は木々に飛びつき、高所から周囲を窺った。すると話の通りに集落が見えたので、急ぎ駆け出した。


 なぜだろう、目に映る景色が懐かしいと感じてしまう。幅の不揃いな砂利道、路肩に転がる巨石や見たこともない草花。これまで無縁だったそれらに親近感を覚え、高揚感も誘うようだった。


「いや、今は目的に集中しよう!」


 それから村外れまでやって来ると、少しだけ気圧された。空気は重く淀み、こちらに向けられる視線は差すほどに鋭い。そのくせ活気なんて全く無い。


「意外と大きい村だな。比較しようが無いけども」


 砂利道沿いに大きめの家、裏手には何列も小ぶりな家が並ぶ。掘っ立て小屋も含めれば全部で50棟くらい、おおよそが木製。村の中心に石造りの井戸が見えるが、そちらは誰も居なかった。


 村までやってくると、向けられる視線は一層鋭さを増した。それは家々の木戸の隙間から、あるいは、軒下で身を寄せ合って座り込む少年少女から。敵意とまではいかないが、警戒心がかなり強いようだ。ローブを頭から被って歩く人も、僕の姿に気づくなり、路地裏の方へと消えてしまった。


 歓迎されてない、期待はしてなかったけども。


「こういう時は、強そうな人に話しかけた方が良いかな。無闇に刺激しないで済むし」


 ちょうど屈強な男性が外に居たので歩み寄ってみた。背丈は子供に近くとも、立派なアゴひげと、固太りした姿から大人だと分かる。


「すいません、少しお尋ねしたいのですが」


「何だお前さんは、よそもんか。いや、そもそも見かけない種族だな。何者だ?」


「何者かと聞かれると、ちょっと困りますね」


「エルフでもホビットでもなく、もちろん同族でも無い。何だか怪しい奴だな」


「待って、怪しくないですって。僕は地球という所から来たんですが……」


「チキューだと? そんな地名があるものか。デタラメを抜かしおって。さては貴様、良からぬ事を企んでいるな!」


「どうしてそうなるんですか、違いますって!」


「戦えるヤツは武器を持て! 妙に要領の悪い悪党が現れたぞ!」


 方々の扉が勢いよく開かれる。背格好にバラつきが目立つのは種族が違うせいか。そして各々の手には長剣や木槌などが握られており、酷く物々しい。もちろん僕に向ける為以外の何物でもない。


「子供や流民を屋内へ! 拐われてからでは面倒だぞ!」


「いやいやいや、僕は馬車を借りたくて来たんですけど!」


「そうか目当ては馬か! 欲しけりゃ力づくで持っていくんだな!」


「魔界ではそういうルールなんですか!?」


 その時だ。背後から一迅の風が吹き、同時に頼もしい仲間たちも乗せてきた。


「こんのクソたわけが。待てというのが聞こえんのか」


「アネッサさん。助けてくださいよ、何か大事になりそうで!」


「だから言うたろうが。大人しくしておれと」


 ふと回りを見ると、男たちが狼狽える素振りを見せた。現れたエミさんに、ではなく、アネッサさんの姿に釘付けとなっていた。


 そんな視線をよそにアネッサさんは、酷い剣幕だった男に歩み寄った。


「村長はおるか? ちと話がある」


「エルフ……。アンタは何者だよ」


「魔界第一騎士団 独立研究部隊長のアネッサ・イノベルトじゃ。先を急ぐゆえ、至急…… 」


「えぇッ! あなたがアネッサ様!?」


 アネッサさんは胸元からネックレスを手繰り寄せ、見せつけた。身分証と思しきそれは効果絶大。おじいさんの印籠にも匹敵する程だ。居並ぶ男たちは武器を捨て、平伏した。続けて大勢の女性や子供も家屋から現れては、同じ様に這いつくばった。


 この対応の違い。アネッサさんはよっぽど偉いのか。マンガ片手にお芝居しちゃうような女の子なのに。


「何をしておる。村長を呼べと言うたろうに」


「私でございます。それよりもアネッサ様から授かりました薬の数々には、日頃から感謝しきりでして。我ら下級魔人にとって救い、希望そのものでございます!」


「やめんか、世辞などいらぬわ」


「とんでもない、本心でございます。先日お送りいただいた抗虫の秘薬も、実にありがたい。魔力も要らず子供でも扱えるし、しかも画期的なデザインであると、もう評判で評判で」


「う、うむ。まぁ、役に立ったなら幸いというものじゃ」


 何やらバツが悪そうだ。恐らくはコンビニや薬局で購入したものをそのまま送りつけたんだろう。アネッサさんは何かを察したのか、僕らには目線すら向けようとしない。


「いや、それよりも馬車を貸せい。あいにく持ち合わせが無いゆえ、代金はポロンに請求せよ」


「馬は、軍に徴発されるか魔獣に食われるか、という有り様でして。まともな馬車は村に2両しか残されておりません」


「そうか。ならば片方を借りれるか?」


「もちろんでございます。いかなる場所であってもお送りしましょうとも」


「頼んだぞ。これに必要経費を記し、騎士団へ」


 アネッサさんが羊皮紙を手渡した。小切手みたいなものらしく、村長を名乗る男は恭しい仕草で受け取った。


 それから間もなく、僕達は馬車を借り受ける事が出来た。御者付きで、更にもう一両が護衛として付いてきてくれた。


「アネッサさん、慕われてるんですね」


「フン。妾は仕事を全うしておるだけじゃ」


「素直になれば良いのに。嬉しいんでしょう?」


「それよりも、車軸がガタガタじゃな。こんなもので東部戦線まで行けるか疑問じゃ」


 不吉な事を言うもんだ。そんな事を思うと同時に、鋭い声が飛んだ。後続の馬車からだ。


――後方に魔獣! リザードマン10体!


 僕は咄嗟に幌によじ登り、そちらの方を見た。すると、二足歩行で突撃を仕掛ける人型の群れが見えた。


 後続は弓矢を射掛けての応戦だ。何本かはリザードマンの、皮膚むき出しの顔や肩に突き刺さり、距離を大きく離した。しかし弓矢を免れた個体によって、やがては追いつかれてしまう。


――ここは我らにお任せを!


 勇ましい言葉とともに、村人達が馬車から飛び出して切り込んだ。舞う長剣に木槌。敵の爪と鍔迫り合いになると、徐々に力で圧倒した。早くも1体2体と返り討ちにする様子が見えた。


「へぇ、強いなぁ。彼らだけで倒せそうだ」


「先輩! 前の方からも来ます!」


 エミさんの悲痛な叫びが響き渡ると、呼応したように甲高い声が轟いた。後続の馬車からは離れており、護衛などあって無いようなものだ。


「アネッサ様はお下がりください。お付きの方も奥へ!」


 御者が、足元の槍を手に取った。無茶だ。馬を操りながらでは、満足に振るう事も難しいだろう。


 敵は右前方、4体。やってやれない事はない。


「御者のおじさん、このまま道なりに真っ直ぐ走ってくれる?」


「いや、待ってください。丸腰でだなんて無謀ですよ!?」


 いくつもの制止の声を振り切って、僕も馬車から飛んだ。目標、おおよそオッケー。突出してきた一体のアゴを蹴りつけて、その反動を利用して別方向へ飛ぶ。


 敵は異変を察知して立ち止まるが、もう遅い。代わる代わる一撃を浴びせ、最後の一体を蹴りつけた後に大きく跳躍。こちらも狙い通りに、疾駆する馬の背に着地した。


「よしよし。上手く出来たな」


 幌の中へ戻るなり、ハイタッチでも交わしたい気分になったが、応じる手はどこにもない。代わりに驚愕に見開かれた眼のお出迎えだ。


「マジマよ、貴様は本当にニンゲンか?」


「何ですか急に。普通の人ですってば。ねぇエミさん?」


「いやぁ……格闘技のチャンピオンでも無理じゃないですかね」


「そっか、無理っぽいかぁ」


「先輩はどうしちゃったんです? ここ最近、何か変わりましたよね?」


「確かに、前髪の分け目を左から右寄りに……」


「それは今関係ないですよね。もっと考える事ありますよね」


「うんうん、その通り。今考えるべきは、エレンさんを助ける事。他は些細なものだと割り切ろうよ」


「あまりにも大きすぎて、割る気すら起きないんですけど……」


 そう、今は深く考えるべきじゃない。あれほど華麗に戦闘をこなした僕自身が、少なからず驚いている。しかしそれと同時に、もっとやれそうだという自覚も芽生えており、頭は混乱しそうだった。


 やはりエレンさん。彼女の事だけを思い浮かべつつ、左右に揺れる馬車に身を委ねるのだった。

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