第12話 面接は随時受け付けてます

 求職者。やって来てしまったものは仕方がない。こちらとしては呼んだ手前、面接に応じない訳にはいかなかった。たとえそれが、怪しさ満載の人物だったとしてもだ。


 手ぶらはさすがにマズイので、エレンさんからタブレットを拝借。一応の体裁を整えて、咳払いを挟んでから入室した。


「ど、どうもこんにちわ〜〜」


 蚊の鳴くような声だと、自分の事ながら情けない。相手はというと、帽子を前に軽く揺らしたのみ。会釈なんだろうなと、対面のソファに腰を降ろしつつ思う。牛革の放つ不躾な音が室内によく響いた。


「ええと、面接担当のマジマです。よろしくお願いします」


「……しく……します」


「はい? 何か?」


「よろしく、おねがい、します」


 異様に声が小さい。見た目も相まって、これは難航しそうに感じる。ついエレンさんに応援を頼もうと思ったが、やめた。いきなり『コスプレ姿』を披露しようものなら、その瞬間に逃げられてしまうかもしれない。


 やれる所までは自分の力で。そう腹を決めた。


「ええと、履歴書は?」


 無言で差し出されはしたものの、書式は一応整っており、字もキレイだ。しかし顔写真の部分は現在の姿と全く同じ。素顔の片鱗すら拝見する事が出来なかった。


「あぁ……これだと厳しいですね。マスクとか取ったパターンはありませんか?」


「……のが……」


「はい? 何か?」


「顔を見せるのが、苦手で」


「そうですか。じゃあ、差し支えなければ、マスクだけでも取ってもらえますか? 話し辛い部分もあるので」


「……わかりました」


 そう言って彼女は片手を耳元に当て、緩やかに外した。実は口裂け女でしたなどという事もなく、青白い肌が顕になる。


「ええと、お名前は安堵龍エミ。読みはアンドリューで良いですか?」


「はい。そうです」


「年齢は21歳。現住所は、割と近いんですね。電車で2駅くらいですか」


「はい。そうです」


 会話は弾んでるのかどうか、よく分からないテンポで進んだ。やっぱり濃いめのサングラスと帽子が彼女の感情を消し去っている。


「経歴は、中学を卒業して……それからは?」


「家にいました。ずっと」


「そうですか、理由を聞かせてもらっても?」


「中学の時に、酷くイジメられたので。それからは、外に出るのが怖くなって。でも、このままじゃいけないから、どこかで働こうって思ったんです」


 この時になって、ようやく感情と言うか、強い想いが伝わってきた。たぶん、彼女にとって切実なのだ。過去のおぞましき体験も、そして、意を決して面接に訪れた事も。


 僕は疑う事を止めた。1対1、大切な面接相手として、真摯な態度で接する事にした。


「なるほど、辛い過去がおありなんですね。僕にもありますよ、イジメられた経験」


「そうなんですか……?」


「学生時代はまぁ、ボチボチでしたがね。社会人になってから辛かったなぁ。前の会社の事だけど、先輩のミスを散々押し付けられた挙げ句、アッチで怒鳴られコッチで頭を下げて。もう2度と働きたくないとか思ったけど、縁あってこの会社に来たんだ。ここの人達は皆優しいし、ゆったりと働けるから、勤めるには安心できる所だよ」


 そこまで話しきってハッと気付く。僕はなぜ自分語りをしてるんだ。しかもフランクな口ぶりになってるし。


「すみません、つい気楽に話しちゃって」


「いえ、お気になさらず……」


 安堵龍さんの頬が、少しだけ動いた。笑ってくれたのかもしれない。


「では話を戻して。志望動機は、さっき教えてくれた内容で良いですか?」


「はい。何かやりたい、やらなきゃって思って」


「具体的には、どんな事が出来そうですか? もちろんお仕事という意味で」


 ここでもし、攻撃魔法が使えますとか言われたら笑う。


「あの、すみません。やれそうな事はお掃除とか、お茶いれたりとか。そんな事くらいかな」


「なるほど。ちなみに犬とか平気ですか?」


「あ、はい。ワンちゃん飼ってるんで。パグとシーズー」


「ウチのは何というか、かなり大きくって……」


「たぶん大丈夫です。ゴールデンとか、大型犬も好きだから」


 それよりも遥かに大きいけど。何なら地獄門でも任されそうな巨体だけど。まぁ、犬嫌いで無いなら幸いか。顔合わせしてみて拒絶されるようなら、近づけなければ良い。


「ところでアンドリューさん」


「あの、もし良ければ、下の名前で。友達も皆、そっちで呼びます」


「分かりました、エミさん。少しは緊張がほぐれましたか?」


「ええ、そうですね。面接の人が優しいので」


「アハハ、それは何より。じゃあ、差し支えなければ素顔を見せて貰えないかな」


「素顔、ですか」


「さすがにこの履歴書じゃ魔王……上司に見せられないからね。顔写真だけでもタブレットに残しておきたいんだけど、ダメかな?」


「じゃあ、外します。笑わないでくれますか?」


「もちろん。そこは約束するよ」


 緩やかな仕草で帽子が外されると、黒く艷やかな髪が見えた。丸みを帯びたショートボブ。続けてサングラスもテーブルに置かれ、硬い音が鳴る。これまで隠され続けた瞳は大きく、まつげが豊かでハッキリとした二重だった。正直な所、スゴく整った顔立ちに見えた。アイドルや女優の卵と聞いても違和感ない程に。


 こんなにキレイな顔をなぜ隠すのか。そう思いはしても口に出すほど迂闊ではない。このご時世、女性の容姿を褒めるのは、それなりの勇気と覚悟が必要だ。


「じゃあ撮りますね〜〜」


「あの、私、変な顔してませんか? 汚くないですか?」


「大丈夫。ちゃんと可愛いですよ」


 しまった、僕のバカ野郎。時すでに遅し。吐いた言葉は飲み込めない。


 幸いにも、タブレット越しに見る彼女は腹を立てた風ではない。うつむきがちになって、唇を引き結ぶのは、照れているからか。そうであって欲しい、他意はないんですゴメンなさい。


 やたら下を向きたがるのを何とか持ち上げていただき、写真をパシャリ。写りがイマイチなのでもう一枚パシャリ。それで一応はまともなものが撮れた。後は紙に出力して履歴書に貼ってしまえば良い。


「さてと。僕からの話は以上で、後は……」


「あの、私って受かりそうですか?」


「そうだねぇ。僕としてはお願いしたい所だけど、1つの関門というか、1番重要な事が残っててね」


「もしかして、試験とか?」


「ある意味では適正試験かもね」


 魔界の人々を怖れずにいられるか。仕事仲間として受け入れる事が出来るか。全てはそこにかかってると言えた。


 いきなり魔王様を呼ぶのはきつい。それは例えるなら、寒空で震える人をマグマに放り込むようなものだ。ジャブ的な、入門的な人は誰か。そんな事は考えるまでもない。


「エレンさん。すみません、待遇面でご説明を頼めますか?」


「はいはい、もちろんよ」


 反応は早かった。ずっと向こう側で見守ってくれたらしい。


 エレンさんは柔らかな仕草で頭を下げ、いつもの調子で挨拶した。そして僕の隣に座るなり、給与や勤務時間などの具体的な話を始めた。


「こんな待遇を考えてるけど、どうかしら?」


「はい。私にはもったいないくらいです」


 エミさんは、頷きはするものの、視線は別の所へと向いていた。彼女の黒い翼に釘付けなのだ。


「驚いた? これ本物なのよ」


「作り物じゃないんですか?」


「そうなの。私はニンゲンじゃなくて、魔族だからね」


 エレンさんはその場で黒鳥に变化し、また元の姿に戻った。こんな変身を挟んでも、なぜ服を着たままで居られるのかが不思議に感じ、そんな疑念は魂の汚れから出るものだと恥ずかしくなる。


「凄い……魔法みたい!」


 これだよ。今のが清い心から来るリアクションなんだ。僕みたいに、衣服が行方不明とか考えるのは不健全な証拠だろう。


「エミさん。ご覧の通り、ここの人は人間とはちょっと違うんだけど、怖くないかな?」


「はい。私を虐める人達の方がよっぽど怖いです。アナタも、お姉さんも良い人そう」


「それは間違いないよ。みんな優しいから、ねぇエレンさん?」


「困ったことがあれば何でも言ってね、すぐに助けてあげるから。イェヒヒヒ」


 エレンさん、ここで魔族っぽい笑いをするという痛恨のエラー。相手の反応は。すかさず顔を見れば、気にした風ではない。むしろ安堵してるようだ。


「じゃあエレンさん。本題に入りましょうか」


「本題って? 説明ならひとしきり終わったけど」


「魔王……ポロンさんを怖がったりしないかなって」


「あぁ確かに。1番魔族らしい見た目だしね」


 結局はそこだと思う。魔王様とも向き合えるかどうか。ちなみに僕は卒倒しそうなくらい驚いたし、たぶん腰も抜かしたと思う。


「エミさん、これから上司を呼ぼうと思う。凄く良い人なんだけど、パッと見た感じ、強面タイプで……」


「マジマ君、面接の具合はどんなものだーー

!」


「魔王様!? 来るのが早いですよ!」


「君が面接をしてると聞いてな、居ても立ってもいられず駆けつけたぞ、ワッハッハ!」


 虚空から現れた魔王様は快活に笑った。トカゲのように長いの口を大きく開き、山羊にも似た瞳をグニャリと歪めて。極めつけに赤黒く逞しい体で仁王立ちをお披露目だ。


 改めて見ると、おっかない外見だ。ゲームで言えば最終局面の「よくぞ参った勇者共よ」なんてフレーズが飛び出してきそうだし、言い慣れてそうにも見えてしまう。


 肝心のエミさんはどうか。顔色を窺えば、怯えた雰囲気は無い。眼を見開きはしたものの、やがて落ち着きを見せ、平静さを取り戻した。


「どうエミさん。平気そうかな?」


「はい。びっくりしましたけど、優しそうだし。やっぱり人間の方が怖いです」


「そう……何にせよ、馴染めそうなら良かったよ」


 魔王様との顔合わせが済んだ所で採用が確定した。最後に例の契約書を交わせば、今日はおひらき。エントランスを通り抜けて、門まで見送りする最中、僕はダメ元で尋ねてみた。


「エミさん、1つだけお願いがあるんだけど、良いかな?」


「はい。何ですか」


「次に出社する時は、サングラスとかそういうの、外して貰えるかな?」


「えっと、それはつまり……」


「一緒に働くなら、素顔を突き合わせた方がずっと良いからね。ムリにとは言わないけど、検討して欲しいんだ」


「それって大丈夫でしょうか」


「心配しないで。万が一何か起きたとしても、僕達が守ってあげるからさ」


「分かりました、考えてみます……」


 そう言い残して彼女は去っていった。少しばかり背中が小さく見えたのは気のせいなのか。


 ともかく言った手前、彼女の事は守ってやる責任がある。差し当たって警戒すべきはモーリアスさんか。彼が口説きだそうものなら、すかさずカバーに入ろう。そんな決心を抱きつつ、翌日は早めに出社しておいた。


 週の真ん中水曜日。予定通りなら今日がエミさんの初出社日だ。門の傍に立って左右を見渡しては、我ながらやり過ぎかと苦笑した。


「さすがに過保護かもね……、うん?」


 その時、遠くの路地が騒がしくなるのを見た。何人かがこちらに向かって駆けてくる。その小集団の先頭を走るのは……。


「エミさん!? いったいどうした!」


「ひぇぇーー! 助けてくださぁーーい!」


 そう叫びながら、エミさんは僕の脇をすり抜けて社屋へと向かっていく。帽子やらを取り払って出社した彼女の顔が、恐怖と困惑で歪むのが去り際に見えた。


 僕が今ここで為すべきことは何か。それはきっと追撃の連中を阻むことだ。門のど真ん中に立ちはだかる。追手は青年から初老までと幅広いが、その全ては男性だった。連中が敷地に踏み込む前に、強い声で威嚇しておいた。


「何なんですかアナタ達は! ここは私有地ですよ!」


「すみません、あの美少女は何者ですか!」


「私は芸能プロダクションのものですが、ぜひウチのアイドルとしてデビューしませんか!」


「いやいや、うちの女優として活躍していただきたく!」


 凄い熱意、圧力だ。彼女が別れ際に『大丈夫か』と聞いてたのは、これを懸念していたのだろうか。


「とにかく帰ってください。彼女はうちのスタッフですから!」


「もう1度会わせてくれるまで帰りませんよ!」


「うちはダブルワークでも結構なんで、ぜひ国民的アイドルに!」


「いやいや、うちの大型新人女優として!」


 こいつらは一向に引く気配がない。こうなったら仕方がない、奥の手だ。


「オルトロス! このおじさん達が遊んでくれるってよ!」


 すると、背後に強い揺れが生じた。続けて野生の気配。振り向かずとも、ヤツが現れたのが分かる。


 あとは簡単だった。予期せぬ怪物に恐れをなした男たちは、先程とは打って変わって我先にと逃げ出した。危なげなく防衛に成功したのだ。


「これは困ったな。エミさんのケアは慎重に考えないと」


 素顔が美しすぎる為のトラブルか。仕事を教える前に、安全な出勤を考えてやらねば。


 余談だが、オルトロスをけしかけるのは危ない橋だったようだ。押し掛けた連中の誰かがSNSに写真付きでアップしたのだ。幸いなことに反応はやや炎上。嘘つきだの加工が安いだのと書かれるだけで、大した騒ぎにならず事なきを得た。



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