第10話 歴史の長さはトップクラスです

 静かな室内。コポコポと鳴る泡の音が心地よい。粘り気があるのか、時々舞う飛沫が重たげだった。


「びっくりしましたよ。トルネリアさんでしたっけ。何の脈絡も無しに現れるんですもん」


 火にかけられた壺の口から、濃紫の煙がしきりに吐き出された。比重の関係から天井には昇らず、縁から床に溢れ、ドアの隙間から逃げ出していく。やがて煙は空気に溶け込んでしまうのか、通路で充満したという経験は無い。


「あの人、品はあるけどだいぶ失礼ですよね。嫌味だの自慢話だの散々やらかすし、人の話は全然聞かないし。もう2度と会いたくないですよ」


 壺に拳大の鉱石が投入され、くぐもった音がゴトリと鳴った。石が底を叩いたのかもしれない。


「それにしても、なんで魔王様は断ったんですかね。転生者だか何だかを派遣してもらえば、魔界は平和になるんですよね。アネッサさんはどう思いますか?」


「やかましいわ、さっきから延々ゴチャゴチャと! 気が散るじゃろうが!」


「でも、壺に素材を入れるだけですよね。話す余裕くらいあるんじゃないですか?」


「こやつ、サラリと無礼を働きおって。分からぬか。頃合いを見極め素材を投入し、適宜、魔力を送り込みと忙しくしておるわ」


「そうなんですか?」


「今もこうして掌から送っておるではないか!」


「別に何も出てませんが。焚き火に当たってるようにしか見えませんよ」


「あぁそうか、お主はニンゲン様だったのう! ともかく妾は忙しい。雑談ならば余所に当たれ」


 その余所が今ばかりは難しい。魔王様はアチコチ飛び回っているし、エレンさんも月末処理だとかで書類と格闘中だ。となると、残された候補はアネッサさんくらいだ。


「いえね、その、アネッサさんって頭良いじゃないですか。だから質問にも答えてくれるのかなって」


「む、むう。まぁ確かに、妾は清麗界でも屈指の知恵者と呼ばれておったし、お主の浅はかなる疑念など立ちどころに解決できるがの」


「清麗界? 魔界じゃなくて?」


「……詮索はよせと言ったろう。それよりも話はどうしたのじゃ」


「すみません、じゃあ1つだけ質問していいですか?」


「手短にな」


 そう言うなりアネッサさんは、尖らせた口を横に向けた。意外とチョロいかもしれない。


「引っかかってるのがですね、魔王様はなぜ転生者の派遣を断ったのか、についてです。わざわざ人間を集めたりせず、強い人を寄越して貰ったほうが明らかに早いじゃないですか」


「転生者……か」


 アネッサさんは瞳を細めて押し黙った。視線の先にある壺の腹に、一体何を映しているのか。


「確かに転生者であれば、あまねく敵を打ち倒せるであろう。奴らはそれほどに高い戦闘能力を持つ。事実、数々の星が救われてきたし、難を逃れた命など大層多いであろう」


「だったらどうして……」


「問題は、大元である清麗界の連中じゃ。トルネリアは条件を提示したであろう?」


「なんか、プランだとか領有権がどうのと」


「あやつらの常套手段じゃ。多額の金を吹っ掛けるか領土の割譲を要求。それを足がかりに星の経営に首を突っ込み、やがては土着の文化をことごとく破壊する。結果、清麗人どもへの依存と従属心だけが残されるのじゃ」


「そんな事が……!」


 早い話が植民地じゃないか。先日のやりとりには、水面下で支配されるか否かの要素を含んでいたということか。それなら魔王様の反応も納得だ。そして、いよいよトルネリアさんが邪悪なものに思えてきた。


「だから断ったんですね。従うのを拒んだというわけだ」


「まぁ、元は同じ種族じゃからな。窮したからとは申せ、従属など誇りが許さんのじゃろ」


「同じ種族ってどういう事ですか?」


「質問は1つではなかったのか……!」


「すみませんほんと、これ教えて貰ったら帰りますから」


「貴様にも仕事があるだろうに、油を売っとらんで早う戻らんか!」


「それなんですがね、ちょっと行き詰まってまして。だから気晴らし的にホラ、お願いしますよ」


 アネッサさんは長い溜め息と共に、足の生えた大根らしきものをツボに投入。その後になって語られた言葉は、実に、物凄く壮大な物語だった。


「かつて、この世の全てが1つの星に収まっていた時代のこと。あらゆる魔族は平和に暮らしておった。完全なる統治じゃ。開発された魔法技術は数知れず、莫大な富と安寧を生み、魔界はまさに楽園のようであった聞く」


 アネッサさんの話はとてつもなく詳細で、長かった。伝説の三柱神とか五代魔帝とか、固有名詞が暴力的に乱舞する。おおよそにまとめると、人と獣は棲み分けが明確で、それぞれが繁栄を築いたらしい。


「しかしある時、魔人の中でとある思想が芽生えた。美醜による選民意識じゃ。醜き者とは語るに足らず。そう豪語しては別集団に別れ、いつしか反目しあうようになった」


「もしかして、戦争をするように?」


「いや、両者が直接争えば致命的な破壊をもたらしてしまう。それが予め分かっていたので、決定的な対立は避けられた。避けた結果として、我らが星は無数に分裂し、その端と端を互いの領土とした。それらはいつしか、こう呼ばれるようになった。清麗界と魔界とな」


「な、なんだか……宇宙の起源でも耳にした気分ですよ。アハハ」


「気分どころか、そのものじゃ。完全なる母星フローリシア。それが億万を遥かに超える星々に分かれた。お主らが宇宙と呼ぶものは、フローリシアの残骸じゃよ」


「アナタ達の種族っていつから存在するんですか……」


「書物によると、683億年前には在ったと言われておる。無闇やたらに増えたよ魔人の祖、で覚えると良い」


「別にいいですよ、語呂合わせは……」


 今の話が事実なら、魔界や清麗界は宇宙の両端にあるって事だ。それは光の速度でどれくらい掛かる距離だろう。地球から1億年や2億年かけて飛んだ所で、宇宙の片田舎をうろついているレベルらしいから、にわかには信じがたい話だ。


 とにかく底が知れない、理解なんか到底及ばない。しかし、確かな収穫はあった。今の話で脳裏に閃くものが、胸の奥で出口を求めて暴れだしている。


「ありがとうございました。お陰様で色々と分かりましたよ」


「そうか。ならば妾の仕事を手伝え。この世界にはギブ&テイクという言葉が……」


「すみません、急用ができたのでお手伝いはまた今度で!」


「待たんか! 聞くだけ聞いて終いにする気か!」


 鉄は熱いうちに打て。この熱意がたぎる内に、急ぎ書き換えなくてはならない。


 それはもちろん会社HPだ。


「出来た……完璧じゃないか!」


 1枚しか無かった所に、下層へ繋がる別ページも用意した。トップページは相変わらず、魔王様なんかが良い顔で微笑む画像や文言を掲載し、次のページには魔界の概要を載せる事にした。


◆ ◆ ◆

宇宙の起こりと魔界に住まう人々


我々の住まう宇宙はビッグバンによって生まれたというのは、周知のことだと思いますが、それ以前の形はご存知でしょうか?


なんと魔界の人々が支配する1つの星だったのです。彼らは人類よりも遥かに長い歴史を持ち、それは驚きの683億年。それ程に脈々と受け継がれてきた魔界人のノウハウの数々は、文字通り人智を超える神通力。


どんな老舗も太刀打ちできない歴史ある弊社にて、アナタの力を試してはみませんか!


◆ ◆ ◆


「うんうん。やっぱり実績というか、社歴が長いと安心感があるから、きっと応募も増える……」


 先程の熱い文言の背景には一枚絵の宇宙の写真。上下にスクロールさせても、ひたすら付いてくる星々を眺めるうち、熱い鉄は瞬間的に冷えていった。


「一層あやしいサイトになっちまったぞコレぇ!」


 サイトは既に本番公開を経ている。早く前の状態に戻さなくては。履歴から再度の更新をかけようとしたのだが、現実とは時として無情である。


「マジマくん、今日もお疲れ様。そろそろ閉めるわよ」


 まさかのタイムアップ。この妙に風呂敷のデカい宇宙史は、翌朝までの公開を余儀なくされた。


 辛い、というか恥ずかしい。黒歴史ノートから秘密の言葉を引き出したかの様な、そんな感覚がある。


「まぁ、別に良いか。後で挽回しよう」


 帰りの電車内。何気なくスマホを取り出してみれば、メールアプリに異常あり。新着メールを示すバッジが付いているのだ。


「まさか、そんな……ないない。あんなモンで食いつく訳が」


 半笑いでアプリを開いて見た所、確かにあった。広告やらイタズラ染みたメールではなく、一般ユーザーから寄せられた物が。


「アアァーー! 問い合わせが来てるぅーー!」


 車内に響き渡る声、方々から差し込んでくる視線。僕は左右に会釈で応え、座席の隅で縮こまった。いたたまれない気持ちがある一方で、僕の両手は熱い手汗に濡れていた。


 問い合わせが来た。ようやく反応があった。その事実が、かつてない活力を与えてくれるようだ。震える手が電源ボタンを押し、スマホをスリープ状態に追いやった。


 せっかくのメールなのだ。移動の片手間に読むだなんて失礼な真似は出来ない。


(やった、やった! この流れに乗って大勢集めて、一気に大量採用まで漕ぎ着けるぞ!)


 まぁそんなもの、夢物語だと明日の今頃には痛感するのだが、この時の僕は胸の高鳴りを止められないのだった。




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