黒い雷が落ちた雪灯篭が崩れて溶ける。溶けた雪は黒くなっていた。それを見た伊織は雷が穢れの塊であると判断した。結界から遠く離れ、感知されない場所から放たれた穢れの雷。それを放った張本人が凄まじい早さで近づいてくるのがビリビリと感じられた。

 外に残った戦闘要員たちより一歩前に伊織と玉城が立つ。伊織の手には鬼一が握られており、玉城はいつの間にかいつもの着物姿になっていて手には愛用の銀の煙管があった。

 近づいてきたものは黒い固まりに見えた。それがドンッ!と地面におりたつと、衝撃でわずかに揺れた。周りの雪が舞い上がる。舞い上がった雪のせいで姿は見えずとも、そこにいるものが邪悪な存在であることはそこにいた全員が認識した。すぐさま戦闘態勢に入るが、伊織は刀を構えはしたが動かなかった。

「あぁ、今回はずいぶんとたくさん連れているのだな」

雪煙が落ち着いてそこにいるものの姿が露になる。そこにいたのは身の丈3mはあろうかという異形の男だった。髪と髭はボサボサと荒れており、目は赤くギラギラと暗い輝きを放っていた。そして、その頭にはいびつに捻れた2本の角があった。蘆谷道満と思われる異形の男は伊織を見るとニヤリと笑った。

「以前より力が増しているな。父親の力をもらったか?神の加護もある。面白い」

「あなたはずいぶん醜い姿になりましたね。そんな姿になってまで、力がほしいですか?」

伊織が睨み付けながら冷ややかに問うと、道満は暗い笑みを深めた。

「力はいくらあってもいい。力があれば不死ですら可能となる。お前は不老不死になりたくはないか?」

「興味ありませんね。我らは神にはなれない!」

言うと同時に伊織が地を蹴り道満に向かう。玉城がそれを援護するように狐火を出して伊織を包んだ。

「ははは!ずいぶん歪になったものだ!鬼の力と陰陽師の力、相反する力を宿している!面白い!やはりお前はほしいな!」

斬りかかる伊織の刀が道満の肩に食い込む。避けることすらしなかった道満は肩に食い込む刃から伊織の力を感じとり、楽しげに声をあげて笑った。

「気に入らんな。伊織は俺の番だ。汚い手で触れるな」

道満が伊織に手を伸ばすと玉城が不機嫌そうに呟く。玉城が指をパチンと鳴らすと肩に食い込む鬼一の刀身が青い炎に包まれた。

「ぎゃあ!」

途端に道満が悲鳴を上げる。伊織はそのまま道満の右腕を肩から切り落とすと飛び退いて距離を取った。

「忌々しい狐め!貴様の毛皮は剥いで売り飛ばしてやる!」

「それは私が許しませんよ」

伊織の言葉と同時にそれまで様子を伺っていた戦闘要員に選ばれた従業員たちが動き出す。律華が空高く舞い上がって扇を振ると鋭い風の刃がいくつも道満を襲った。他のものたちも間髪いれず攻撃を仕掛ける。

 ひとしきり攻撃が続いたあと、それぞれが距離を取って様子を伺うと、突如雪煙の中から何本もの腕がビュッと伸びてきた。律華は空に舞い上がってその腕から逃れ、伊織と玉城に襲いかかった腕はそれぞれ玉城が燃やし尽くした。だが、他の従業員のうち何人かはその腕に捕まってしまった。その瞬間、腕が力を吸い上げるのがわかった。

「うわあっ!」

「ぎゃあっ!」

悲鳴をあげる従業員たちを助けるべく伊織が鬼一を一閃させる。腕が千切れてドサドサと雪に投げだれた従業員を他の従業員が抱え上げて距離をとった。

「彼らは湯屋の結界の中に入れてください」

伊織が指示を出すと赤鬼と青鬼が力を吸いとられた従業員を受けとる。伊織は道満から目を離さないまま刀を構えた。

「本当に、すっかり化け物になりましたね」

「過ぎた力は身を滅ぼすぞ?」

玉城がそう言うと9本の尻尾それぞれから青く光る火球が現れる。尻尾がゆらりと動いて道満に向けて火球を投げつける。道満をそれを避けながらニヤリと笑った。

「この身はすでも人のものではないわ。俺に使いこなせぬ力はない!」

「傲慢だな」

最後の火球を手に持ち玉城が距離を詰める。その速さに道満の動きが咄嗟に遅れる。玉城は火球を道満の腹に叩きつけた。

「ぎゃああっ!」

甲高い悲鳴とともに道満を青い炎が包む。その炎は九尾の狐が使う狐火の中でも穢れたものを燃やし尽くすものだった。

「その首、もらった!」

炎に包まれた道満の首目掛けて伊織が刀を振り下ろす。だが、道満の首は硬く、切り落とすことができずに刃が止まった。

「貴様の刀などでこの首が切れるものかっ!」

炎が消えた道満が忌々しげに言う。髪や髭は焼け焦げ、消耗もしているが道満はまだその足で立っていた。そのまま刀を握って伊織ごと勢いよく投げ飛ばした。投げ飛ばされた伊織を玉城が受け止め、大木に背中を打つ。それを見た律華は道満目掛けて急降下した。

「道満っ!一族の仇っ!」

扇を振って風の刃で攻撃する。だが、道満はその攻撃を避けることもせずに律華の腕を掴んで宙吊りにした。

「小賢しい天狗め。お前はこの場で喰らってやろう」

「させるかっ!」

道満が律華の首筋に噛み付く寸前、玉城が距離を詰めて煙管を振りかぶる。銀の煙管はその姿を刀に変えて律華を掴んでいる腕を切り落とした。

「ぐうっ!おのれ、狐めっ」

律華を抱いて玉城が道満から離れると、それを待っていたように伊織が道満に向かって走った。走る伊織の頭には2本の角があった。今まで現れても1本だった角。それが2本あるということは、完全に鬼の力をコントロールしているという証だった。

「今度こそ、その首もらい受けるっ!」

伊織が短い呪を唱えると鬼一の刀身が青白く光る。その刃は再び道満の体から生えた何本もの腕を一度に消し去った。陰陽師の破邪の呪を掛けられた鬼一の刀身に触れることすらできずに消し去られた腕を見た道満は、忌々しげに舌打ちすると伊織から距離を取ろうと飛び退いた。

「逃がすものかっ!」

飛び退いた道満を残った従業員たちが術を使って止める。玉城もそれに加わっており、道満は金縛りにあったように動けなくなった。

「おのれっ、忌々しい羽虫どもがっ!」

「これで終いです。覚悟っ!」

鬼一を大きく振りかぶった伊織が道満の首目掛けて刀を振り下ろす。さっきは切れずに止められた刃は、今度は止まることなく道満の首を切り落とした。

 驚愕に目を見開いた道満の首が胴から離れて宙を舞う。その体は意思を失い、その場に崩れ落ちた。

「玉城っ!その首をっ!」

「わかっている!」

伊織の声にうなずいて玉城が道満の首を炎で包む。首だけになった道満はまだ生きてはいたが、玉城の炎に包まれて何もできなくなった。

「ふう。これで万事終わりましたね」

玉城が首を確保したのを見て伊織が息を吐いて肩の力を抜く。戦闘が終わったことに従業員たちも安堵してその場に座り込んだ。

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