首を切り離された道満の体はそのままボロボロと崩れ、灰となって消えた。その頭は紅葉に献上するべく玉城の炎で捕らえてある。伊織はこれ以上危険がないことを確認すると戦闘に参加した従業員たちに微笑んだ。

「万事片付きました。ありがとうございました」

「いえ、たいしてお役にたてず申し訳ありません」

「そんなことはありませんよ。皆さんがそばで戦ってくれるのは本当に心強かったです」

伊織はにこりと笑って言うと、よく休むようにとひとりひとりに声をかけた。

「玉城、首はどうですか?」

「問題ない。このまま紅葉さまにお渡ししよう」

炎に檻に入れられた道満は獣のような唸り声をあげていたが、もはや抵抗する術は持たなかった。

「伊織は大事ないか?」

「大丈夫です。さすがに少し疲れましたが、まだ休むわけにはいきませんし。玉城こそ、背中は大丈夫ですか?」

投げ飛ばされたときに自分を受け止めたせいで大木に打ち付けた背中。それを心配して尋ねると玉城は笑って「大丈夫だ」と答えた。それに安堵した伊織は玄関の前で様子を見守っていた九郎にもう大丈夫であることを伝え、壱号館のシェルターに行って佳純に蘆谷道満を倒したことを伝えた。


 気が付くともう昼をすぎ、湯屋を開ける時間までもうあまり時間がなかった。

「もうすぐ大提灯に灯りを灯す時間です。開店準備を急いでください」

伊織の言葉に従業員たちがバタバタと動き出す。玉城は道満の首を玉に封じるとそれを懐に入れて伊織の隣に立った。

「お前も着替えるのだろう?歩けるか?」

「大丈夫です」

うなずいた伊織を支えるように腰を抱いて玉城も歩き出す。伊織は消耗していながらも自力で部屋まで戻った。

「シャワーを浴びるんだろう?」

部屋に入ると伊織を抱き上げて浴室に入る。「眠ってもいいぞ」と声をかけると伊織はそのまま玉城に体を預けて目を閉じた。

 シャワーを浴びて互いの体を清め、浴衣を着せる。湯屋が開くまでまだ少し時間があるのを確認すると玉城は伊織を布団に寝かせた。

 陰陽師の術を学んだ伊織だったが、やはり鬼の血が濃い為、術を使うのはかなりの負担となった。できるなら鬼一だけで止めをさしたかったが、道満の力は予想を越えており陰陽師の術を使わざるを得なかった。

「よくやりきったな」

静かに眠る伊織の額にそっと口づけて囁く。玉城は部屋を出ると赤鬼に伊織を頼み執務室に向かった。


 執務室に入った玉城は内線をかけて弐号館主任の菖蒲に紅葉がきたらば知らせるように伝えた。封じを解く力も残ってはいないだろうが、それでも玉を他のものに預けるわけにはいかなかったし、紅葉と約束をしたのは伊織だ。伊織が直接渡さなければ紅葉は納得しないだろう。ならばせめて伊織が目覚めるまで、紅葉が来館するまで預かっておくのも玉城の仕事だった。


 伊織は大提灯に灯りが灯る少し前に執務室にやってきた。もっと休んでもいいと言う玉城に苦笑して伊織は自分の席についた。

「今日の騒ぎはお客さまたちにもう伝わっているでしょうからね。私がいないと変な勘繰りをなさる方もいるでしょう」

「なるほどな。弐号館には紅葉さまが来たら知らせるようにと言ってある」

「ありがとうございます。数日様子を見て、問題なさそうなら壱号館のほうも近いうちに開けましょう」

伊織の言葉にうなずいて玉城は壁に貼られた壱号館の予定表に目を向けた。

「正月には間に合いそうだな」

「はい。年越しは賑わいますからね。どうにか開けられそうでよかったです」

にこりと笑って伊織がうなずく。憩い湯は正月も休まないため家族で泊まりにくる客も少なくなかった。正月は壱号館にとって稼ぎ時だ。そんな時に開けられないなんてことにならなくて良かったと伊織は心底安堵した。

「今年はお客さまたちにご迷惑をおかけしましたし、大晦日には餅つきをして振る舞おうと思うのですがどうでしょう?」

「いいんじゃないか?壱号館の客たちは喜びそうだ。弐号館、参号館のほうは餅より酒のほうがよさそうだがな」

玉城の言葉にクスクス笑って伊織はうなずいた。

「では弐号館、参号館にはお酒を振る舞いましょう。今注文すれば間に合いますね」

そう言いながら伊織がパソコンで早速酒を注文する。憂いがなくなった伊織の表情は楽しそうだった。


 日が落ちてすぐ、弐号館から紅葉が来館したと知らせがきた。玉城から蘆谷道満を封じた玉を受け取って共に弐号館に行く。擦れ違う客たちに道満を倒したことを喜ぶ声をかけら、その都度足を止めて礼を言いながら、いつもより時間がかかって伊織と玉城は弐号館の詰所についた。

「菖蒲さん、紅葉さまは?」

「先に湯浴みをなさるとのことです。湯浴みがすんだらお座敷のほうにくるようにとのことですわ」

菖蒲の言葉にうなずいて伊織は紅葉の湯浴みがすむのを待った。そして、紅葉が座敷に入ったとの知らせを受けて、ひとりで紅葉の座敷に向かった。

「紅葉さま、伊織でございます」

「お入り」

返事を聞いてそっと襖を開き座敷に入る。頭を下げてからそばにいくと、紅葉は世話係に髪を拭かせていた。

「伊織、道満を倒したそうだな?」

「はい。ですので、お約束のものをお持ちしました」

そう言って懐から蘆谷道満の首を封じた玉を取り出す。玉に封じられた道満の首は伊織を見ると何事か喚いていたが、その声が玉を通り抜けることはなかった。紅葉はそれを見ると満足げに目を細めた。

「ほほほ。それは首か?まだ生きておる。かつては人間であったろうに、もはや人間でも妖でもないものに成り下がったな」

紅葉はそう言うと伊織を手招いた。うなずいて伊織がそばに行く。そして玉を差し出すと紅葉は興味深そうに手に取った。

「この封じは狐殿のものか。ふふふ、このまま喰ろうても問題なさそうじゃな」

ひとしきり玉を眺めた後、紅葉が口を開けて玉を飲み込む。喉に詰まりそうなほどの大きさの玉だったが、紅葉は難なく飲み込んだ。

「ああ、人の執念とは実に美味なものだ」

玉を飲み込んだ紅葉が腹を撫でながらうっとりと囁く。その表情は恍惚としていて声には艶があった。

「伊織や。良いものをもらった。礼を言うぞ」

「もったいないお言葉でございます」

にこりと笑って伊織が頭を下げると、紅葉は満足げにうなずいた。

「これでここを脅かすものもおるまい。またゆっくりここの湯と料理を楽しめる」

「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。これからもどうぞご贔屓に」

そう言って再び頭を下げ、伊織は座敷を辞した。

 詰所に戻って首尾よくいったことを伝える。玉城は先に執務室に戻ってもらうことにして、伊織は参号館にも足を伸ばした。

「おや、伊織。無事でよかった」

「怪我はないか?」

参号館でも会う客会う客に声をかけられる。伊織はその全てに笑顔で答え、騒がせたことを詫びた。そうして歩きながら、改めてこの湯屋憩い湯が客たちに愛されていることを感じ、とても嬉しく誇らしかった。

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