兄弟天狗の律華と藤華は湯屋憩い湯の参号館で働くことになった。ふたりは天狗としてはまだ若く、藤華はやはりまだ成人前ということだった。仇討ちするにしても力量が足りないと言った律華に、九郎が鍛練の相手を申し出ていた。伊織や玉城も時間がある時は相手をする約束をすると、特に藤華が喜んでいた。

「それにしても主殿、あの玉を埋め込んで者、本当にここにくると思うかい?」

律華と藤華を居住区の部屋に行くと九郎が苦笑しながら尋ねた。伊織はそれに「微妙ですね」と答えた。

「集めた妖力を何に使うのか、なぜ呪いの塊に埋め込んだのか、意図がわかりません。ただ、もっと妖力を集めたいと思ったら、恐らくここに目をつけるのは間違いないでしょう。それに、成り行きとはいえ、ここを襲ってきたのです。許すわけにはいきません」

「なるほど。主殿も大概、怒り心頭というわけか」

穏やかに微笑みながらも伊織の目に怒りがあることに気づいた九郎が苦笑して肩をすくめた。

「九郎さん、あの兄弟のこと、お願いしますね?」

「わかっているさ。若さゆえか、少々危なっかしい」

九郎は万事任せろと笑うと執務室を出ていった。

 天狗は元々あまり里の外と交流を持たない。若年であれば恐らく里を出たこともなかったろう。それゆえ、他者に頼ることを知らず、困難だとわかっていても孤立を選んでしまう。伊織はそれがわかっているから多少強引だと思いながらふたりが湯屋で働くように仕向けた。縁あって助けた命が無駄に散るのは防ぎたかった。

「玉城、私は甘いでしょうか?」

隣の机で仕事をする玉城に尋ねると、玉城は顔を上げてクスッと笑った。

「お前が行く宛のない者を拾うのはこれが初めてではないだろう?人だろうが妖だろうが、最後まで責任を持てればいいんじゃないか?」

玉城の言葉に伊織は苦笑しながら「もちろんです」とうなずいた。

「彼らがここにいる限りは責任は持ちますよ。それに、もしかしたら狩り損ねた獲物を狩りにくるかもしれないという打算もありますし」

そう言った伊織の目に剣呑な光が宿る。玉城はそれを見て笑みを深めた。

 湯屋に害を成すもの、その可能性があるものを伊織は許さない。守る対象にはもちろん客や従業員も含まれる。神楽山の天狗の里を襲った化け物の後ろにいる何者か。その正体が知れず、また狙われる可能性があるのなら、同じく狙われる可能性のある兄弟天狗もそばにおいて再び核を埋め込まれた化け物か、埋め込んだ張本人が接触してくる可能性を引き上げようと考えたのだ。

「お前の考えがどうであれ、結果的にあのふたりは救われたろうさ。若い天狗ふたり、生きていくのは簡単ではない。ここで働くということは、お前が保護する対象にもなるしな」

「とりあえず、あの玉を埋め込んだのが何者か調べなければいけませんね」

伊織が険しい表情をしながら言うと、玉城はペンをおいて立ち上がりながらうなずいた。

「あの玉を作るのも簡単ではないだろう。人間か妖かはわからんが、作ったものはろくなことは考えていないだろうな」

「そうですね」

玉城が茶をいれながら言うと伊織がため息をついてうなずく。そんな伊織に苦笑して玉城は湯のみを伊織の前においた。

「まだわからないことが多すぎる。今色々考えたところで始まらん。そんなにひとりで考え込むな」

「はい。近々母の命日もきますし、お墓参りに行ったときに父にも聞いてみます」

「そうだな。息子に頼られれば父君としても嬉しいだろう」

普段会うことがほとんどない父親の名が出たことに驚きながらも玉城が笑う。伊織は暖かい茶をゆっくり飲みながらうなずいて、カレンダーの丸印がつけられた日を見つめた。

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