④
兄弟天狗の律華と藤華は薬湯で体を清め、食事を摂り、暖かい布団で眠りについた。
無自覚だったが気を張って緊張状態が続いていたふたりは布団に入るとすぐに眠ってしまったが、どちらも日の出前に目を覚ました。
これ以上迷惑をかけぬよう、誰にも告げずに湯屋を出ようとすると、それを見越したように玄関に玉城が立っていた。
「ずいぶん早い出立だな?挨拶もなしか?」
「玉城さま。申し訳ありません。伊織さまはお優しい。これ以上言葉を交わせばすがってしまいたくなります。しかし、それでは皆さまにご迷惑がかかりますから」
「迷惑などと思ってはいないと思うがな?まあ、好きにするといい。これを持っていけ」
そう言って玉城がカバンを藤華に渡す。それには食料や薬が入っていた。
「いらないとは言ってくれるなよ?」
「っ、ありがとうございます。このご恩はいつか必ずお返しします」
律華と藤華は深く頭を下げ、湯屋を去っていった。
律華と藤華は半日以上かけて神楽山に帰って来た。本来なら急げば数時間で帰れる距離だが、怪我をしている律華が長時間飛ぶことは難しかったため休み休みの移動となった。結果、玉城が持たせてくれた食料や薬にとても助けられた。
里に帰りつくとそこは酷いありさまだった。家々は壊れ、踏み荒らされている。だが、天狗の亡骸はひとつも見つけられなかった。恐らくあの化け物に全てを喰われたのだろう。遺体を弔うことすらできず、ふたりは誰もいなくなった里に火を放った。荒れたままにしておけば獣だけでなく穢れも寄ってくる。ただでさえあの化け物の穢れが残っていたため、ふたりは里を焼いて穢れを浄化した。
「兄者、これからどうする?」
「とりあえず、住む場所を見つけねばな。この近くに洞穴があったはずだ。しばらくはそこで寝泊まりしよう。幸いこの辺りは川もあるし実のなる木もある。食うには困らない」
心細げな藤華を安心させるように微笑んで頭を撫でる。藤華はうなずくと火を放つ前に持ち出した秘伝の巻物と宝物を包んだ風呂敷を抱え直した。
そのまま移動し目的の洞穴を見つけるとふたりは落ち葉で簡単な寝床を作った。疲労の色が濃い律華をひとまず休ませ、藤華は川で魚を捕った。洞穴のそばには山葡萄もあったのでそれも採る。玉城がくれた食料は日持ちするものばかりで数日分はありそうだったが、これから冬がくれば山の食べ物はなくなる。なるべくそれには手をつけずにとっておこうと思った。
枝を拾ってきて火をおこし、魚を焼く。目を覚ました律華と仲良く魚と山葡萄を食べた。
翌朝、ふたりは里の跡地へ行き手を合わせた。季節がよければ花を手向けたいところだが、そろそろ雪も降ろうかという今時分に手向ける花を見つけることはできなかった。
しばらく手を合わせていると、近づいてくる気配に気づいて律華は顔を上げた。藤華も気づいて顔を上げる。目を向けるとすぐにサクサクと落ち葉を踏む足音が聞こえてきた。
「おはようございます」
姿を現したのは湯屋の主、伊織と湯屋で顔を合わせた片翼の天狗だった。伊織は菊の花束を持ち、白い着物の上にやはり白い羽織を着ていた。それが喪服であることに気づいた律華は無言で頭を下げた。
「どうしてここに?」
藤華が尋ねると伊織はにこりと笑ってふたりの隣に立ち、花束を地面においた。
「里を焼いたのですね。せっかく繋がったご縁ですから、花を手向けに参りました」
「ありがとうございます。この季節ですから、手向ける花がなかったのです」
律華の言葉に伊織は微笑み、焼けて更地になったかつての天狗の里に手を合わせた。
「お前たち、これからどうするつもりだ?天狗は他の里の奴らに寛容とはいえないだろう」
「…しばらくは、この辺りで過ごそうかと思っています」
「これから冬がくるのにか?」
九郎の言葉に律華の表情が険しくなる。それは若い天狗がふたりで生きていくことの難しさを理解している顔だった。
「おふたりに、ひとつ相談があるのですが」
「なんでしょう?」
「おふたりは、同胞の仇を打ちたいとお思いですか?」
伊織の言葉に律華と藤華は即座にうなずいた。
「それはもちろんです。あの呪いの化け物に核を埋め込んだ者は許さない」
「見つけたら八つ裂きにしてやる!」
「でしたら、うちで働きませんか?」
続いた言葉にふたりは「え?」と驚いた顔をした。
「あの核を調べたら、取り込んだ妖力どこかへ送っていたようだということがわかりました。恐らく送り先は埋め込んだ者。どこに送っていたかはわかりませんでしたが、埋め込んだ者には湯屋であの化け物が倒されたことがわかったはずです。あそこに妖力が豊富にあることも」
「湯屋にまた核を埋め込まれた化け物がくると?」
「あるいは埋め込んだ張本人が。私はそう思っています」
ハッとして尋ねる律華に伊織はそう言って微笑んだ。
「仇討ちを願うなら、うちで働きながら機を待つのが良いかと思います」
「しかし、それではあなた方にご迷惑では?」
「主殿自らこうして言ってるんだ。迷惑なんかじゃないさ。それに、うちの従業員は訳ありが多いし、働き手はいくらあっても困らない」
「そういうことです。もちろん無理強いするつもりはありませんし、嫌になったら辞めていただいてかまいません」
「どうでしょう?」と言う伊織に律華と藤華は顔を見合わせ、意を決したように頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
どこかホッとしたように伊織が微笑むと、事の成り行きを見ていた九郎がクスクスと笑った。
「よかったな、主殿。これで断られたらどうしようと心配していたものな」
「九郎さん!それは言わないでください!」
九郎の言葉に伊織が慌てたように言う。その様子に律華と藤華は思わず笑みをこぼした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます