他のお客さまのご迷惑になることはお控えください①
満月の夜。毎月その日は湯に浸かりながら月を見られる風呂場が人気だった。特に弐号館、参号館の客たちは満月の肴に風呂に入りながら酒を飲むことを好んだ。
「今日は満月ですからね。毎月のことですが、羽目を外しすぎたお客さまに気をつけてください」
伊織が弐号館、参号館の主任を前に苦笑しながら言うと、主任ふたりは笑ってうなずいた。
「毎月のことだ。ちゃんと心得ている」
「他のお客さまにご迷惑がかかりそうになったら問答無用でお帰りいただきますわ」
弐号館主任の菖蒲は毛倡妓という妖だった。とても美しく、普段は穏やかだが、荒事もこなす女傑だった。
「よろしくお願いします。今夜は確か、イタチの方々の宴がありましたよね?」
「ええ、そうですわ。イタチの方々は飲みすぎると少々質が悪いですから、目を光らせておきますわ」
「手が足りないようだったら言ってくれ。いつでも助っ人に行くぜ?」
イタチは数が増えるとさらに質が悪いと言う参号館主任の九郎に菖蒲は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
15時。湯屋「憩い湯」の玄関に暖簾がかかり、大提灯に灯りが灯る。それと同時に壱号館、弐号館にポツポツと客が入り始めた。
日のあるうちから弐号館にやってくるのは主に昼間活動する動物の化生が多かった。鳥に猿といったものから夕方になるにつれて化け猫、狐、狸、妖とやってくる。
争い事がご法度のこの憩い湯では客同士が干渉し合うことはほとんどない。たまに知り合いに会ったなどで挨拶を交わす程度だ。だが、満月の夜だけはそうもいかなかった。満月が妖たちを狂わせるのか、その日だけは気性が荒くなるものが少なくなかった。
イタチの化生もそうだ。イタチは元々それほど穏やかというわけではない。それが満月の影響が加わり、多数となると狂暴性はさらに増す。
執務室にいた伊織はイタチの一行が弐号館に入ったとの知らせを受けて何事もなければいいとため息をついた。
「イタチの方々も、わざわざ満月の夜に宴会をしなくてもいいだろうにな」
「長の娘さんの祝言が決まったそうで、前祝いだそうですよ。前回騒ぎを起こしたときに、次に何かあれば出入り禁止にするとお伝えはしていますから、そう酷いことにはならないと思いたいです」
「それ、あいつらが覚えているといいな?」
玉城の言葉に伊織はさらにため息をついた。
「壱号館と参号館に騒ぎを気づかれないよう、防音の結界も張っておきます」
「それがいいだろうな。俺がやるか?」
「いえ、結界は私が。あなたにはもし騒ぎになったときイタチの皆さまを止めていただきたいですし」
イタチの天敵は狐。イタチたちは物腰の柔らかい伊織より、自分たちの天敵である玉城を苦手としていた。
「わかった。そっちは任せろ」
玉城の返事にうなずいて、伊織は早速防音効果のある結界を張った。
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