弐号館の従業員である猫又から連絡を受けた伊織と玉城はすぐさまそちらに向かった。迷子を見つけてくれたのは紅葉という鬼だった。

 紅葉の風呂場に行く前に玉城は人形になる。伊織も乱れた着物や髪を整えて風呂場の外から声をかけた。

「紅葉さま、伊織でございます。お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「お入りなさい」

返事を聞いて伊織が風呂場に入ると、そこには男の子を抱いた紅葉がいた。男の子の特徴は迷子と一致する。一見怪我もない。伊織は安堵の表情を浮かべて紅葉に一礼した。

「紅葉さま、迷子の人の子を保護してくださりまことにありがとうございます」

「かまわぬ。若い男は好きだが、この子は少々若すぎるしの」

そう言って笑う紅葉は和真を膝からおろして頭を撫でた。

「さ、お迎えだ。母御のところにお帰り」

「うん。お姉さん、ありがとう」

「さ、こちらへ。俺が送ってやろうな」

伊織のそばにきた和真を玉城が抱き上げる。和真は紅葉に手を振って風呂場を出ていった。

「ふふ、子どもは純真よ。安心するがいい。あの子には何もしておらん」

「は、ありがとうございます」

「七つまでは神の子。人である認識が薄く神や妖との境が緩い。他の鬼や天狗に見つかっていたら食われていたやもしれんな」

紅葉の言葉に伊織の首筋を汗が伝う。紅葉の言うとおり、子ども、特に幼い子どもは魂に穢れがない。妖にしろ神にしろ、穢れのない魂を好むものは少なくない。食らって己の力とするもよし、手元において愛でるもよし。しかも、幼子は存在が曖昧なために伊織の結界をすり抜けてしまうことがしばしばあった。幸い食われたり神隠しされた子どもはいないが、それでも毎度迷子が出ると大騒動になっていた。

「紅葉さまにはお礼も兼ねまして、酒と御膳をご用意させていただきたく存じます」

「それは有り難い。おぬしの酌があればなお良いが、それはあの狐殿が許さぬだろうな」

「申し訳ございません」

紅葉は上機嫌で「かまわぬ」と言うとそばに控えていた猫又たちに湯浴みの用意を始めさせた。

「此度のこと、ひとつ貸しとしておこう。いづれ返しておくれ」

「承知いたしました」

紅葉の言葉に深く頭を下げて伊織は風呂場を出た。


 伊織が壱号館に行くと和真はすでに母親に引き渡され、家族4人で風呂場に行った後だった。

「何もされていないか確認して、弐号館で見たものの記憶は消しておいた」

「ありがとうございます。助かりました」

玉城の報告に伊織はホッと安堵の息を吐く。そんな伊織に佳純が頭を下げた。

「壱号館を出る前に気づけなくて申し訳ありませんでした」

「土日はただでさえ混みますし、家族連れも多く忙しいです。以前から人手が足りないとは思っていましたが、何も対策をしなかった私の責任です」

佳純に頭を上げさせて逆に伊織が頭を下げる。佳純はそれに慌てて首を振った。

「しばらくは弐号館との扉の間に門番をたてましよう」

「門番っていっても、誰をたてるんだ?」

「ちょうど塗壁さんが働かせてほしいと来ています。試用期間の間だけでも立ってもらいましょう」

伊織の言葉に玉城は「ちょうどいい」と笑い、佳純は「よろしくお願いします」と頭を下げた。


 実験的に塗壁を門番にしたことは結果的に大正解だった。塗壁が見えるものにはそれはただの壁に見え、見えないものはなぜか扉に触れることができず、トリックアートなのかと諦める。ただ立っているだけなため塗壁から苦情が出るかと思ったが、塗壁も人間が驚く様子を見るのが楽しいと言った。こうして塗壁は人間しか従業員がいなかった壱号館で初めての妖の従業員となった。

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