イタチたちは上機嫌だった。この町の山の長の娘と隣町の山の長の息子の祝言が決まったのだ。祝言は来月だったが、今日は配下のイタチたちが前祝いをしにきていた。

 皆で風呂に入って汗を流し、満月を肴に美味い酒と料理を楽しむ。自然と声も気も大きくなる。そうなるとつまらない諍いも起きる。だんだんと騒ぎが大きくなってきた頃、おずおずと従業員がやってきた。

「申し訳ございません。他のお客さまのご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いいたします」

「なんだと!!我らがイタチだからとバカにしてやがるのか!?」

別の座敷にまで騒がしい声が聞こえるため従業員が注意をすると、イタチたちは従業員を囲んで騒ぎだした。

「お客さま、従業員への恫喝はおやめくださいませ」

従業員を取り囲むイタチの背後から静かな声が響く。それは弐号館主任菖蒲の声だった。

「お客さま方には今までも何度か注意させていただきました。次騒ぎを起こしたら出入り禁止と、主から忠告されていたはずですが?」

「なんだと!?我らは客だぞ!?」

「他のお客さまにご迷惑をかける輩はいくら金を払おうが客じゃないんですよ」

菖蒲が冷ややかな視線を向けながら言う。それと同時に菖蒲の髪がざわざわと伸び始めた。

「力づくでご退場願ってもかまわないんですよ?」

「このアマ!なめやがって!!」

血の気が多い若いイタチが菖蒲に飛びかかる。だが、菖蒲に手が届く前に長く伸びた髪に絡めとられて身動きひとつとれなくされてしまった。

「うふふ、簀巻きにされて外に放り出されたいのは誰かしら?」

「くそっ!やっちまえ!」

菖蒲の挑発にイタチたちが激昂して飛びかかる。菖蒲は絡めとったイタチごと髪を振り回して飛びかかってくるイタチたちを撥ね飛ばした。


「なんだ、ずいぶん派手にやってるな」

客が騒ぎ始めたと報告を受けた玉城が座敷に入ると、イタチたちは全員畳に伸びていた。

「玉城さま、お騒がせいたしました」

この惨状を作り出した菖蒲がおしとやかに微笑みながら優雅に頭を下げる。玉城は苦笑するとまだかろうじて意識があったイタチの前に膝をついた。

「おい。次騒いだら出禁だと言っておいたはずだ。忠告どおり、イタチは今後一切憩い湯の敷居を跨ぐことを許さない。もしその禁を破ったら、わかってるだろうな?一匹残らず俺の腹に収めちまうからな?」

「ひっ、ひぃっ!!」

狐の目、狐の牙をあらわにして玉城が威嚇すると、イタチは震え上がってガクガクとうなずいた。

「菖蒲、ご退場願え」

「はいな」

玉城の声に答えて菖蒲の髪がイタチたちをまとめて持ち上げる。菖蒲はそのまま2階の座敷の障子窓からイタチたちをぽーんと投げ捨てた。「アアアアーっ!?」という叫び声が響いていたが、最早知ったことではなかった。

「皆さま、お騒がせいたしましてまことに申し訳ございません」

何事だと廊下に集まって事のなりゆきを見物していた客たちに湯屋の主の穏やかな声がかかる。客たちが振り向くと、そこには膳と酒を持った従業員をずらりと従えた伊織が立っていた。

「お騒がせしたお詫びに心ばかりではありますが膳と酒を用意いたしました。皆さま、これに懲りず、どうかこれからにご贔屓に」

「おおー!!」

優雅に頭を下げる伊織に客たちが歓声をあげる。膳と酒は速やかに配られ、弐号館全体がちょっとしたお祭り騒ぎになった。

「さ、この座敷を早く片付けてちょうだいな」

菖蒲の言葉で呆然としていた従業員たちもわたわたと動き出す。伊織は客たちに声をかけて歩くと玉城と菖蒲と共に参号館の詰所に戻った。

「菖蒲さんにほとんど対応させてしまってすみません」

「いいえ、とんでもありませんわ。弐号館を預かる身として当然のことをしたまでですもの」

伊織の言葉に菖蒲が茶をいれながら応える。「しかし」と、ふたりに茶を出した菖蒲は少し心配そうな顔をした。

「イタチたち、あれで納得するでしょうか?長まで出てきて難癖つけられては面倒ですよ?」

「そこは問題ないだろうさ。長たちにも出禁のことは伝えてあった。今日は俺が出たが、次は伊織が出る。奴らだってそこまで馬鹿じゃないだろ」

玉城の言葉に伊織は苦笑して茶を飲んだ。事実、伊織を怒らせると玉城より恐ろしいということは憩い湯の常連の間では有名だった。酔って暴れた挙げ句、座敷を半壊させた牛鬼を涼しい顔でボコボコにしたとか、従業員に難癖つけて手を出して怪我をさせた鬼を怒りに任せて半殺しにしたとか、普段の伊織からは想像もつかない話が伝わっているほどだった。

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