神が飛び立つ様子を眺めていた東吾はうなじにピリッとした痛みを感じて身をすくめた。また目を開けると、先ほどまで見えていた参号館の従業員たちは見えなくなった。

「東吾さん、戻りましょう」

「あ、はい」

伊織に声をかけられて東吾は参号館を出た。伊織の執務室に入ると、その途端伊織の体から力が抜ける。それを玉城が抱き止めた。

「伊織さんっ!?」

「騒ぐな。大事ない。お前に目と耳を貸した反動だ」

玉城はそう言うと伊織をソファに寝かせた。

「すみません。大丈夫ですから」

「強がるな。しばらく寝ていろ」

玉城がそう言うと伊織はそのまま目を閉じた。

「他人に五感を貸すのは負担がかかる。特に、見ること、聞くことができないものに貸すのはな」

「すみません。俺、何も知らなくて」

東吾が申し訳なさそうに言うと玉城は表情を和らげて首を振った。

「別にお前のせいではない。それに、あの神はお喜びだった。お前のおかげで悲しみのみを抱えてこの地を去らずにすんだ」

玉城の言葉に自然と東吾の目から涙が溢れる。理由もわからず東吾はそのまま子どものように泣きじゃくった。


 少しして伊織が目覚めると、もう1つのソファに東吾が横たわっていた。

「玉城」

「起きたか。気分はどうだ?」

玉城は伊織のそばにくると額に触れて体調を確認する。大したことがないとわかるとやっと安堵の息を吐いた。

「私は大丈夫です。ですが、東吾さんはどうしたのです?」

「神気に当てられたのだろう。熱が出るだろうが、まあ数日で治るだろう」

「そうですか」

伊織は心配そうな顔でうなずくとソファからおりて机の電話をとった。内線をかけるとすぐに大きな赤鬼と青鬼が執務室に入ってきた。

「彼を部屋まで運んであげてください」

「わかりました」

鬼たちは眠っている東吾をそっと持ち上げるとそのまま執務室を出ていった。

「くくっ、途中で目覚めたら大騒ぎだな」

「あの様子では目覚めないでしょう」

玉城が笑うのを見て伊織が困ったように言う。伊織はさらに内線をかけると壱号館主任の佳純に東吾が数日休むことを伝えた。

「今回は、これが最善であったと思います。玉城も結界の強化、ありがとうございました」

「礼を言われるほどのことではない。お前は明日は休まないでいいのか?」

玉城が伊織の腰を抱きながら耳元で尋ねると、伊織は体を捻って後ろを向き、玉城の唇に口づけた。

「ん…」

くちゅ、と濡れた音をたてて唇が離れる。先ほどまで青白かった伊織の頬は血の気が戻りほんのり朱に染まっていた。

「これで明日は休まなくて大丈夫です」

「俺のほうが休みたくなったぞ」

口元を押さえながら玉城がしてやられたと毒づく。玉城から精気を吸いとり疲労を回復させた伊織はいつになく艶やかに微笑んだ。

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