バスに揺られて 前半

 正直、僕もなんでこんな事になったのか分からない。

 僕の隣に座る橘春樹を横目に見ながら思う。

 早川の誘いで一緒に帰る事になった僕たち四人は、バスに乗っている。

 平日の昼間にしては、乗客は多い方だと言える。

 実際、座席は全て埋まっており、前の方には数人立っている人も居る。


 まあ、座れたから良かったけど。

 僕たちが乗った時には、既に後ろの方の二人用の座席しか空いていなくて、なんか流れ的にこの席配置になってしまった。

 僕と橘と早川と新崎が隣同士に座る。

 いや、普通に考えれば男と女で分かれて座るのが当たり前というか、僕たちもそうしたかったんだけど。

 バスに乗った順番的に、流れで座っていったらこうなってしまった。


 なんというか、非常に気まずいというか。

 前に座る新崎と早川は、普通に談笑している。

 というか、めっちゃ良い雰囲気。

 やっぱり僕の勘は当たっていた気がする。


 「あの二人、仲良いの?」


 「中学が一緒だったらしいよ」


 「へー」


 会話が終了した。

 いやまだ諦めるな、僕が会話を続ければ良いんだ。


 「た、橘さんは中学の友達とか高校にいるの?」


 「いないよ」


 窓枠に肘をつきながら、外を見る橘が言う。

 良く分かんないけど、この辺の話題は触れない方が良さそうな気がする。

 うん、僕の何かが言っている。


 「あと、さんはいらない」


 「え?」


 不意に来た橘の言葉に、僕はびっくりしてしまう。

 

 「橘、呼び捨てでいい。同級生でしょ?」


 「そうだけど」


 「というか、春樹でいい」


 橘の顔が窓の外から、僕の顔へと向けられる。

 やだ、めっちゃイケメン。

 いや、そうじゃなくて。

 

 なんか、色々急すぎて頭が追いつかないんだけど。

 え、こんな簡単に異性の下の名前って呼んでいいもんだっけ。

 分かんない。

 言われてみれば、そうなのかもしれない。

 早川さんだって、僕のこと下の名前で呼んでるし。

 そうだ。普通なんだ。

 当たり前、常識。

 言い訳として、自分に言い聞かせる。


 「は、春樹?」


 * * * *


 「というか、春樹でいい」


 言った直後、失敗したと思った。

 正直に言えば、私は友達を自分から作ろうとした経験がない。

 中学時代に唯一できた友達も、向こうからだったし。

 だから、どうやってか、アプローチの仕方が分からない。

 でも、いきなり下の名前で呼んでいいと言うのは、早すぎた気がする。

 でも、彩香は一ノ瀬の事を涼と呼んでいたわけで。

 彩香は一ノ瀬とは今日初めて会ったっぽいし、なのにもう下の名前で呼んでいるわけで。


 一ノ瀬とは、なんかもっと特別な感じで友達になりたかったけど、そもそも特別な感じってなんなのか。

 友達になってください! と、まるで愛の告白をするように言うとか。

 いや、それはないな。

 なんて考えてる時、俯いていた一ノ瀬の顔が私の顔へと向けられる。

 そして、少し頬を赤らめながら。


 「は、春樹?」


 その可愛さがクリティカルヒット。

 会心の一撃であり、効果抜群だった。

 信じられますか? この人、男なんですよ?

 可愛いすぎるでしょ。


 「じゃあさ、僕の事も涼で良いよ」


 可愛さに見惚れていた私に、一ノ瀬が言う。

 ええ!? それは、ちょっとハードル高くない?

 いや、自分が先に呼ばせておいてなんだけど。

 た、確かに、一ノ瀬だけ私の事を下の名前で呼ぶのもおかしいか。

 うん、そうだ。

 これはあくまで、辻褄を合わせるためだ。

 仕方がない。

 誰でもない誰かに、心の中で言い訳をして、私は気づかれないように深呼吸する。


 「涼?」


 あくまでクールに、その名前を呼んでみせた。

 


 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る