二人の仲

 早川彩香はやかわあやかという女子生徒について新崎が言うには、


 「まあ、悪い奴だとはおもわねえけど」


 そう前置きはするが、


 「なんか、怖いというかヤバいというか、時折さ、人を殺すような雰囲気を感じるときがあるんだよな」


 その言葉には、どこか実感がこもっていた。


 まあ、確かに僕も早川彩香はやばいというのに共感できてしまう。

 そう、それはさっきの出来事。


 * * * *


 ドス黒いオーラを醸し出しながら、僕を睨む早川彩香。

 見た目は凄く可愛い。

 金髪のポニーテールに青い瞳。

 多分、そのオーラを消せば凄いモテると思う。

 スタイルも良くて、胸も大きい。

 まさに、男の理想って感じの人だ。

 オーラを消せばだけど。


 その早川の視線は僕から外れ、目の前で早川に気づかずに僕の困り事を聞く新崎に向けられる。

 いや怖いよ。

 本当に怖い。

 人殺す雰囲気と目だもんあれ。

 というか、もう殺った後だと言われても信じるレベル。


 「それで、困ってる事ってなんだ?」


 「い、いや、とりあえず後ろを見て欲しいというか」


 「後ろ? 何かあんのか……」


 軽かった新崎の体がだんだんと重くなる。


 「なんで、お前がいるんだよ」


 「私も八組だから」


 「まじかよ……」


 心底嫌そうに新崎は言う。


 「知り合いなの?」


 「ああ、こいつは早川彩香。中学が同じなんだよ」


 言って、新崎はため息を吐く。


 「ところで新崎、その女誰?」


 早川は顔は笑っているが目が笑ってなく。

 声色も怒りがこもっているように聞こえる。


 「女? いやまあ、そう思うのも仕方ないと思うけど、聞いて驚けこいつは男だ」


 親指を僕に向けながら新崎は言う。


 「は? 男? そんな嘘信じるわけ……」


 言いながら、早川は視線を僕に移す。

 

 「え? 男の制服? 嘘、本当に男なの?」


 「ああ、俺もまだちょっと信じきれてないがな」

 

 信じてなかったのかよ。

 まあ確かに、僕も橘をまだ本当は男なのではと疑ってる部分があるから、それと似たようなものなのかな。

 でも、やっぱり女と間違われるのは精神的に来るものがある。

 まあ、もう慣れてきつつあるけど。


 「ほ、本当に男なの?」


 「そうだよ、男だよ」


 「嘘でしょ、こんな事があっていいの? 下手したら私より可愛いのに……」


 早川は混乱を抑えるように頭を抱える。

 というか、早川は僕なんかよりも可愛いと思うんだけど。

 金髪と青い瞳からして、親が外国の人なんだろうか。

 いわゆる、ハーフってやつ。

 

 「そうだよね。はは、こんな可愛い顔してる奴が男なわけないよね…… いいよ、分かってるんだ、もう慣れたよ」


 引きつった笑みを浮かべながら僕は言う。

 慣れろ、慣れるんだ一ノ瀬涼。

 これが僕の人生だ。

 初対面の人に女と間違われるのが僕の人生なんだ。

 今までも、これからも。


 「おい早川、お前のせいでこいつがショック受けてるじゃねえか」


 「ごめん、そういうつもりじゃなかったの! ただちょっと信じられなかったというか、可愛すぎるっていうか」


 目を泳がせながら、必死に謝る早川。

 まあ、悪い人ではないんだろうけど。

 さっきの、あのやばいオーラはなんだったんだろうか。

 今思えば、僕が男だと分かってからオーラが消えたような。

 別に僕は、他人のオーラが見えるとかいう、胡散臭い占い師みたいな能力は持っていないんだけど。

 それでも、早川からは黒いオーラを感じた。


 「あんた、名前は?」


 早川は僕を見ながら言う。


 「一ノ瀬涼だけど」


 「そう、一ノ瀬ね」


 それから、うーんと早川は何か考える。

 

 「一ノ瀬ってなんか長いから、涼って呼んでいい?」


 「別に良いけど」


 まあ、いつものことだけど、やはり僕に対する女子の距離の詰め方は、同性の友達を作る時のそれだ。

 

 「よろしくね涼! 私の事も彩香で良いよ?」


 「そ、それは遠慮しとくよ」


 完全に男って思われて無さそうだけど、悪い人では無いと思う。


 「新崎も、これから一年よろしくね」

 

 「何年お前と宜しくしなきゃいけねぇんだよ」


 「凄いよね、四年連続同じクラスって、なんかもうこれ運命だよね」


 「うざい、運命とかなんか引くわ」


 「は? なによあんたの態度、ムカつくんだけど」


 この人たち仲悪いの? それとも、喧嘩するほど仲が良いってやつか?

 というかこの感じ……。

 ちょっと、からかってみるか。


 「二人はさ、付き合ってんの?」


 瞬間、場が凍る。


 「んなわけねーだろ、誰がこんな顔が良いだけのやばい奴なんかと」


 慌てながら新崎は言う。

 説得力は無い。


 「そうよ! 誰がこんな顔が良いだけのヤンキー気取りなんかと」

 

 慌てながら早川は言う。

 説得力は無い。


 え? これって、けっこうマジなんじゃ……。


 ま、まあ、深掘りするのはやめておこう。

 そういうのは、もっと仲良くなってからだ。


 「えっと、なんかごめん」


 とりあえず謝っておく。

 謝罪は大事。


 「なんで謝るんだよ! 俺とこいつは何もないって言ってんだろ!」


 「そ、そうよ、謝る理由なんかどこにもないわよ」


 そうか、あの時の黒いオーラは僕に嫉妬してたのか。

 僕を女だと思っていたとしたら辻褄はあう。

 なるほど、そういう事か。

 いやまあ、決めつけるのは良くないけど。

 本人は違うって言ってるんだし。


 「でもねぇ」


 「な、なんだよ、その意味深な顔は」


 「いや別に、楽しい一年になりそうだなって思っただけ」


 「やば、先生来る。とにかく、私と新崎はなんもないんだからね! 分かった?」


 言いながら、早川は自分の席へと帰っていく。

 とういうか、早川の席は橘の隣だった。


 「まあ色々あったが、改めて、これから宜しく頼むぜ一ノ瀬」

 

 気を取り直してという感じで、新崎は言う。


 「こちらこそ、宜しく新崎」

 

 入学一日目にして、良い友達が出来たと思った。

 それは、この一年が楽しみになってくるほどに。

 後は、橘ともっと仲良くなれたらと僕は思う。

 まあ、その事はあんまり気にする事は無さそう。

 何故だか、特にそれらしい根拠もないけれど、そんな気がする。

 


 

 

 

 


 


 

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