第8話 助けるための代償

「・・・・澄香?・・・・澄香っ!」


ん?ここ、は・・・・?


ぼやけた視界に映り込んだのは、真っ白な天井と、両親の顔。


「ああ・・・・良かった・・・・」


両親は、涙を流して私の体をあちこち撫でている。


一体何?何が起きたの?私はなぜこんなところに?


ぼんやりとした頭の中に明確な記憶は無く、苛立つ私に、母が言った。


「会社の方達と一緒に行ったスキー場で、遭難したのよ、あなた。スキー場というか、立ち入り禁止の場所に入り込んで。一体何をしているのあなたは!皆様にご迷惑をお掛けして!」

「まったくだ。命が助かったから良かったものの、お前たちの発見があと1日遅れていたら、どうなっていたか分からなかったんだぞ!」

「・・・・ごめんなさい」


私の無事を確認して安心した両親が、一転して説教を始めたが。


えっ?私・・・・たち?


父の言葉に、私はやっと思い出した。

彼の、真鍋君の事を。


「お父さんっ!彼はっ?私と一緒にいた彼はっ?!」


大声を上げる私に父は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに顔を曇らせた。


「真鍋さん、と言ったか・・・・彼はまだ、集中治療室で治療中らしい」

「えっ・・・・」

「お前より、体温の低下が酷かったらしくて、な」

「なんで・・・・」


一緒にいたのに。

彼とは同じ所に同じ条件で、一緒にいたのに。

何で彼だけ、そんなことに?


そんな私の疑問を察したのか、母が重たい口を開く。


「どうしても、あなただけは助けたかったのね」

「えっ?」

「捜索隊の方達が発見した時、真鍋さんは自分の上着をあなたに着せて、その上から抱きしめるような格好で、眠りについていたって」


そんな、ばかなっ!!


私は耳を疑った。


だって、彼は私の隣で、私と並んで眠りについたはず。

・・・・まさかその後で目を覚まして、そんな事をしたとでもいうのっ?!


「おかげで、あなたの方はお医者様の処置後すぐに回復したのだけど、真鍋さんの方は・・・・」

「・・・・どこに、いるの?彼は、どこにいるのっ?!」


ぶつけようのない、やりきれない感情に体中を支配され、引き裂かれてしまいそうだった。

そのままベッドから飛び降りようとした私の体を、両親が血相を変えて止めにかかる。


「何を考えているの、澄香っ!ようやく意識が戻ったばかりだと言うのに!」

「そうだ、お前はまだ安静に」

「いいから、教えてっ!!・・・・お願い・・・・」


両親の腕に縋り、私は子供のように泣きじゃくった。

病室に響くのはただ、押し殺すことさえできない、私自身の嗚咽だけ。


「澄香、落ち着きなさい」


母の穏やかな声が、暴れまわる私の感情をそっと抱きしめる。


「私達だって、真鍋さんの事、心配しているのよ。何か分かったら、すぐに知らせるから。だから、あなたはまず、しっかり体力を戻さないと」

「そうだ。会社にだって、迷惑をかけているんだぞ。会社の方達からも、何回も連絡を貰っているんだからな」

「うん・・・・そうだね。わかった」


両親の言葉に、私は再びベッドに体を預けて、目を閉じた。


気は、これ以上は無いというくらいに、急いていた。

だけど、今の私にできることは、何もない。

ただ、自分の体を休める事しか。


ベッドの中で、私はただひたすらに、祈り続けた。

彼の、真鍋君の回復を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る