第9話 言い伝え

真鍋君が一般病棟へ移ることができたのは、私が意識を取り戻してから既に1週間以上も過ぎた頃。

私自身の体調はこの一週間ですっかり回復し、あとは退院を待つばかり。

仕事の事も、もちろん気にはなっていたけれど、そこはチームメンバーから色々と報告を貰っていたし、彼らの事は全面的に信頼しているので、それほど心配はしていなかった。

唯一心配だったのは、ずっと会えずにいた、真鍋君の事だった。


母から、真鍋君が一般病棟へ移ったと聞いたその日。

私は居てもたってもいられず、すぐさま彼の病室へと出向いた。


「真鍋君・・・・あっ」


そこには、ベッドに横たわって眠る真鍋君と、1人の年配女性の姿があった。


「あの・・・・もしかしてあなた・・・・」


私が身に着けている入院患者用の着衣で気付いたのだろう。

女性が椅子から立ち上がり、私の元へと歩み寄って来た。


「大竹澄香さん、では・・・・?」

「はい。申し遅れました。大竹と申します」

「やはりそうでしたか。智明の母です。この度は息子が大変なご迷惑をお掛けいたしまして・・・・」


真鍋君のお母さんだというその女性は、私の目の前で深々と頭を下げる。


「いえ、私の不注意のせいです、お母さま。どうかお顔を」

「いいえ、息子のせいです。分かっています。本当に、申し訳ございません」


頭を下げたままのお母さまに困り果て、私は話題を逸らすことにした。


それにしても、何故お母さまは、真鍋君のせいだと決めつけているのだろう?

私は一言も、誰にも、そんなことは言っていないのに。


「真鍋君、どうですか?まだ、目は覚めていないのですか?」

「ええ・・・・あとは目を覚ますのを待つばかりだと、お医者様はおっしゃっていたのですけど」


ようやく顔を上げたお母さまが、ゆっくりと後ろを振り返る。


「よろしければ、こちらへどうぞ」


お母さまに促され、私は病室内に入り、真鍋君が眠るベッドのそばの椅子に腰をおろした。


「この子、仕事の話をする時はいつも、大竹さんの話をするんですよ」


眠り続ける真鍋君を愛おし気に見つめながら、お母さまはそう言った。


真鍋君が今、私の目の前にいる。

生きて、私の目の前に、いる。

たったそれだけの事実が、どれほど私に安堵感を与えた事だろうか。


泣きそうになるのを辛うじて堪える私の姿に気付いたのだろう。

お母さまは突然、こんな話をし始めた。


「うちの地方には、古くから『レインボースターダスト』の言い伝えがありましてね。まぁ、私らが若い頃は『虹の欠片』って言っていたのですが、いつの間にか『レインボースターダスト』なんて呼ばれていて。『スターダスト』とは言っても、星ではなくて、ダイヤモンドダストの事なんです。でも、ただのダイヤモンドダストでは、ないんですよ?冬のある時期だけ、ある場所で、日が照っている間中見る事が出来る、七色に光り輝く大粒のダイヤモンドダストの事なんです。その場所はなんとも不思議な場所でね。1人で探し当てる事ができて『レインボースターダスト』を見る事ができたなら、その人は遠からず特別な人と出会うことができる。そして、その特別な人としっかり手を取り合って支え合って辿り着く事ができ、共に『レインボースターダスト』を見る事が出来たらなら、2人は必ず結ばれる、と言われています。だけども、遊び半分や生半可な気持ちで足を踏み入れると、とたんに迷ってしまい、辿り着くことができない、とも」


それは、私が真鍋君から聞いた話とほぼ同じではあった。

ただ、ところどころ、細かいところが違っている。


「この子と一緒に、見に行こうとしたのではないですか?『レインボースターダスト』を」

「えっ」

「実は、主人と私は見たのですよ、『レインボースターダスト』を。その話を何度も聞いていた智明も、あなたと一緒に見に行こうとしていたんじゃないかと」


私はとっさに、答える事ができなかった。

確かに、見に行こうとはしていた。

結果が、これだ。

決して、遊び半分では無かったけれど、生半可な気持ちじゃなかったか、と問われれば、NOと即答することは出来なかった。

真鍋君はともかく、私は何も知らずに、ただ、真鍋君の後を付いて行っただけだったのだから。


と。


何かが頭の中にひっかかった。


ちがう、そうじゃない。

原因はきっと、それではないはず。

何かもっと、大事な事が・・・・


【そして、その特別な人としっかり手を取り合って支え合って辿り着く事ができ、・・・・】


ふと、お母さまの言葉が、パズル最後の一ピースのように、ピタリとハマった。

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