第6話 最悪の状況下で~私の想い~

「側にいてもいつも、俺の正面には立ってくれなくて。どんなに押しても軽くかわされて。俺、心が折れそうでしたよ」

「でも、折れてないんでしょ?」

「随分慣らされたんでね、澄香さんに。お陰で強くなれました」

「それはなにより」


もうすっかり火の気の無くなってしまった狭い洞窟の中で、温かさを感じさせてくれるのは、彼ただ1人。

彼の背中に回した腕に力を込め、彼の体を引き寄せる。


「澄香さん・・・・?」

「こうしている方が、暖かいでしょ?それとも私、セクハラで訴えられるかしら?」

「アリエナイです。分かってるくせに」


耳元で呟く彼の声さえも、ともすればかき消されてしまう程に、外では激しい雪混じりの暴風が吹き荒れていた。

束の間の安堵感に浸りながら、何とはなしに揺れ動く白いベールを眺めている内に、ふと思い浮かんだ疑問。

直ぐそばでウトウトとまどろんでいる真鍋君の脇腹を小突き、私は疑問を口にした。


「ねぇ。私に見せたいものって、何だったの?」

「・・・・ん?・・・・あぁ」

「ねぇ、真鍋君!」


一度起きたものの、再び眠りに落ちようとする真鍋君の顔を、軽く掌で叩く。


「んー・・・・見せたかったのは、・・・・ダイヤモンドダスト、なんですけど・・・・」

「ダイヤモンドダスト?でもあれって確か、朝早くにしか・・・・」

「うん。でも、ある場所だけ、この時期、日が照っていれば一日中見られる場所があるんです。・・・・それも、ただのダイヤモンドダストじゃないですよ?七色に光り輝く、レインボースターダスト」

「へえ」

「それでね。この地方に伝わる、言い伝えがあって」


ようやくの事で眠気を追い払っているのだろう、ぼんやりとした、どこか遠くを見るような目つきのまま、真鍋君は喋りだした。


「その場所は不思議な場所で。1人でなら迷う事なく辿り着けるけど、特別な誰かを連れて行こうとすると、なかなか辿り着くことができないとか。でも、無事に辿り着けて、一緒にレインボースターダストを見る事が出来たら・・・・出来た・・・・ら」

「出来たら、なに?」

「・・・・出来たら、願い事が叶うって。ははっ、俺、ダメっすね。・・・・辿り着くどころか、一番大事な人を、こんな目に遭わせて」

「何を願うつもりだったの?」

「ん?そんなの・・・・」

「何?」

「・・・・」

「真鍋君?・・・・真鍋君っ!」


必死に体を揺すってみても、頬を叩いてみても、彼の瞳はすぐに光を失い、閉ざされてしまう。

着衣の上から容赦なく外気に冷やされてきたお互いの体は、暖を分け合うにはもう、冷え切り過ぎているのは明らかだった。

私自身も、襲い来る眠気に、必死で抗っている状態。

私だけでもなんとか助けようと、真鍋君はきっと、私の気付かないところで相当気を使ってくれていたに違いない。

じゃなきゃ、私より体力のあるはずの真鍋君が、こんなに早く弱るなんて、考えられない。


「真鍋君っ!起きなさいっ、真鍋 智明っ!」


それでも諦めきれずに大声で呼ぶ私に、真鍋君は微かに微笑んで、小さな声で呟いた。


「・・・・澄香さんに、認めて、欲しい・・・・」


真鍋君・・・・


「俺・・・・仕事ができる、いい男に・・・・なりました・・・・よ、ね・・・・?」


続いて聞こえてきた、微かな寝息。


「・・・・どうかしら、ね」


冷え切った頬に、涙は驚くほどの熱さを与える。


「でも・・・・特別に、認めてあげるわ」


私は流れる涙もそのままに、僅かに開いた彼の唇に、そっと口づけた。

出来るだけ彼に体を寄せ、彼の手を握りしめ。

耳障りな風音を子守歌に、静かに瞼を閉じる。


程なくして。

不思議な程穏やかな眠りが、私を包み込んだ。

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