第5話 最悪の状況下で~彼の想い~
そして、今-。
どうしよう、このままでは・・・・
どんなに眺めていても、吹雪がやむ気配は全く無い。
頼みの綱のスマホもここでは圏外で、おまけに電池の残量も心許なくなっている。
このままでは、私たちは2人とも・・・・
「あ~もぅ、すみません、ほんとに。でも、まさかこんな所で迷うなんて思ってなかったんです・・・・迷った事なんて、今まで一回も無いのに」
何度も繰り返した言い訳を呟きながら、火を挟んだ向かい側で残りわずかな枝を火にくべて、真鍋君もまた、大きなため息を吐いた。
ただ、声だけは、努めて明るくしているのだろうと思う。
実際、この絶望的な状況で、彼の明るい声だけが、私にとって唯一の救いとなっていた。
最後まで諦める気は無かったものの、諸事情を鑑みると、さすがに薄々覚悟を決めなければならない時が近づいていると、感じ始めていたから。
参ったわね。こんなところで最期を迎える事になるなんて・・・・御免被りたいところだけど。
悔しさに強く拳を握りしめても、もう既に、その指先の感覚は殆ど無い。
ここに迷い込んで、丸2日は経っているはず。
体力的にも、限界が近づいていた。
「・・・・あ~、もう無くなっちゃったか」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
ふと顔を上げると、情けない表情を浮かべて、真鍋君は消えかかった火を見ていた。
洞窟に着いた時、辺りからかき集めた小枝を、使い切ってしまったらしい。
遠からずそうなるだろうと予想はしていたから、私は驚きはしなかった。
だが。
「・・・・コレ、燃えるかな。コレもコレも」
身に着けていた帽子やら手袋やらを外しだした真鍋君を見て、私は慌てて飛び起きた。
「ちょっと、何してるの!」
「だって、仕方ないじゃないですか。もう、燃やすもの、他に無いし」
冗談とはとても思えない顔で、真鍋君は着ているものまで脱ぎ始める。
「やめなさいっ、真鍋君!あなた、死にたいのっ?!こんな寒さの中でそれ以上の薄着なんて、自殺行為・・・・」
「だって、火、無いと、澄香さん、寒いでしょ?」
「あなた何言ってるの、そんなのあなただって同じでしょ」
「俺は、いいんです。澄香さんさえ助かれば。・・・・ま、ぶっちゃけ、俺1人が居なくなったところで、悲しんでくれる人はいるだろうけど、困る人はいないし。でも、澄香さんは違う。澄香さんがいないと、うちのチームは困るんです。それに、元はと言えば、こんなことになったのは俺のせいだし。だから、澄香さんだけは、どんなことをしても助けないと・・・・」
淡々と語る真鍋君の言葉に、私の中に言いようのない怒りが沸き起こってきた。
それは、今まで感じた事の無い、激しい感情だった。
「・・・・ふ・・・・」
「え?」
「ふざけないでっ!!」
言葉と同時に、手が出ていた。
真鍋君は驚いたように、私の手形がくっきりと残った頬に手を当て、呆然としたような顔で私を見ている。
ひっぱたいた私自身の手が、こんなにも痛いのだから、真鍋君も相当痛かったはず。
本当は、不安で仕方が無かった。
気づかない振りをして、押し隠して、彼の明るさに紛らわせていた。
自分の、死を。
・・・・彼の、死を。
「バカなの、あなたは。誰が困るとか困らないとか、そんなの関係無いじゃない!」
本当は、心の底から、怖かった。
自分の目の前で、彼を失う事になるかもしれない、現実が。
それを彼自身に突きつけられて、動揺して、怒りという形で私は彼にぶつけてしまった。
なんなのよっ、もうっ!!
やりきれない思いに奥歯を噛みしめながら、私は壁に背を預けたままその場にヘタリ込んだ。
「いい?私は後輩で年下のあなたに生かされなきゃならない程、弱ってなんかいないわ。少しでも責任を取るつもりがあるのなら、頭を使って私を連れて無事にここから出る算段でもしなさい。まったく、余計な体力使わせないでよ」
「初めて、ですね。澄香さんが本気で俺に向き合って、本気で怒ってくれたの」
「え?」
赤みを帯びた頬を片手で押さえながら、真鍋君は微笑んでいた。
そして、その微笑みのまま私の傍らに跪き、両腕で私を抱きしめた。
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