第4話 事の発端~彼の目的~

「はい、じゃあ手、離しますよ?」

「えっ・・・・あっ、きゃあっ!」

「大丈夫ですか?澄香さん・・・・意外と怖がりなんですね」

「慎重、って言ってちょうだい」

「はいはい」

「はい、は一回!」

「はい!」


スノボ初心者の私に、真鍋君は付きっきりで教えてくれた。

他のメンバーは全員、自由自在にゲレンデを滑り降りて楽しんでいる。

行きの車の中で、私はチームメンバーと、ほとんど初めてと言っていいほど、プライベートな話をした。

それは、思っていた以上に楽しい時間で、目的地に着くまでの時間が、短く感じられたほどだった。

仕事とプライベートは、別物。

そう思って切り離して来た私の考えは、間違っていたのかもしれない。

そう、考えを改める程に。

交代で運転をしていた真鍋君は意外にも、その会話に加わって来る事はあまりなく、ただ、バックミラー越しに嬉しそうな笑顔を向けて来るだけだった。


ゲレンデ下のレストハウスで、クタクタの体を椅子に預けながら、私は真鍋君に言った。

「もう、私のことはいいから。真鍋くんも、滑って来たら?」

「いいんですよ、俺は。澄香さんと一緒にいたいんです」

「でも・・・・」

「俺の目的の三つの内ひとつは、これだし」

「え?」

「澄香さんきっと、スノボ滑れないだろうなって思ってたから。ビンゴでしたね。お陰でずっと、一緒にいられた」


温かいコーヒーを飲みながら、真鍋君は笑う。

呆れて言葉も出ない私にお構いなく、真鍋君は話を続ける。


「それから、澄香さんがチームメンバーと、もっと仲良くなることも、目的の一つ」

「なんで?」

「言ったじゃないですか。みんなずっと、澄香さんのこともっと知りたいって、言ってたんです。ま、ミステリアスな澄香さんも、素敵ですけど」

「褒めても何も出ないわよ」

「知ってますよ」


私も温かいコーヒーを一口飲む。

でも、胸の奥が温かくなったのはきっと、コーヒーのせいだけじゃない。


「もうひとつの目的、気になります?」

「別に」

「ここ、俺の実家の近くなんですよ。ガキの頃からよく来てて」

「私の話聞いてる?私は別に」

「でね」


私の言葉など全く意に介せず、真鍋君は言った。


「俺、澄香さんに見せたいものがあるんです」

「なに?」

「一緒に来てくれたら分かります」

「行かないって言ったら?」

「気になりません?」

「・・・・それは、少しは」

「じゃ、少し休んだら行きますか!メンバーには俺から連絡しておくんで」


疲れ果てた私とは対照的に、真鍋君はキビキビとした動作で立ち上がり、スマホを手に席を立つ。

行く、とは答えていないはずだけど、真鍋君はもうすっかり行く気満々だ。

若さの違いなのか。

そもそもの体力の違いなのか。

真鍋君が戻って来るまでの間だけ、と。

私はそのまま目を閉じた。



真鍋君について徒歩で向かったのは、バックカントリーと呼ばれる場所。


「ちょっと、こっちは危ないんじゃ・・・・」

「大丈夫ですよ。俺にとっては【庭】みたいなもんですって」


その言葉に、私は真鍋君の背中を追いかける。


「もうすぐですから。大丈夫ですか?澄香さん」


途中、真鍋君が手を差し出してくれたが、


「大丈夫よ、ありがとう」


と、私は黙々と歩き続けた。


まだ、大丈夫。

ひとりで歩ける。

彼の手を借りなくても。


けれども、歩き進んでいくにつれ、真っ青な晴天だったはずの空は急に分厚い雲に覆われ、ほどなく視界を遮るほどの吹雪になり。

進むことも戻ることもできず、私たちは偶然見つけた洞窟のような場所に避難をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る