第2話 襲撃

降り注ぐ太陽光が、大地を焦がす。


熱風に吹かれ、砂が舞い散っていく。


白亜の民家が並ぶ一角。辺りを砂塵が舞い、路上を黒いヴェールを纏った住人が行き交う。


ここは中東。俺は、テロリストのアジトに踏み込んでいた。


『一斉攻撃まであと20秒。各々配置に着いたか』

「こちらエコー、もう少しだ」

俺の言葉に追従するように、他の隊員からも報告が上がる。

『ブラヴォー、待機中!早く始めたくてウズウズしてるぜ!!』

『こちらチャーリー、狙撃地点までもう少しかかる。予定時刻までには間に合う』

『デルタ、予定地点で待機中』

『了解した、予定時刻まであと少しだ。チャーリー、エコー、遅れるんじゃないぞ』

指揮官の言葉に、了解と返事して通信を切った。


この部隊は全員、コードネームで呼び合っている。俺は『エコー』だ。他の隊員の本名を俺は知らず、また他の隊員も俺の本名を知らない。指揮官の『アルファ』も含めて。

正規の軍隊に雇われた、フリーランスの傭兵部隊。それが俺の所属する部隊である。


風が強くなってきた。砂が舞い上がり視界が悪くなる。身を隠せるという利点もあるが、それよりは敵との遭遇を察知するのが遅れるデメリットの方が大きい。

俺は足早に民家の間を駆け抜けた。



『作戦開始!!』

指揮官のその発言と同時に、複数個所から銃声が鳴り響く。

俺は壁際に立ち、横にあるドアに向けてライフルを構えた。単発モードで。


予想通り、銃声からしばらくしてドアが勢い良く開き、そこから人々が雪崩を打って出てきた。テロリストではない。

黒いヴェールで顔と身体を覆った女性達が、悲鳴を上げながら逃げてくる。周囲の民家からかき集めた、テロリストが働かせている一般人だろう。

だが、建物から出てきたのは彼女らだけではなかった。


黒いヴェールの女達の隙間を縫うように、装備を付けた男達が出てくる。俺は彼らに狙いを付け、引き金を引いた。

一人が倒れると同時に、一緒に出てきていた二人の兵士が俺の姿に気づく。しかしその時にはもう、俺は身を低くししながら、彼らに引き金を引いていた。

そのまま、建物内に侵入する。


そうして兵士を倒しながら、俺は建物内を進んでいった。

テロリストの拠点だっただけあって建物内は広く、部屋数も多い。3階層あるのも厄介だ。

とはいえ、まだ大国とのコネも持っていない弱小のテロリストだ。装備の貧弱さもそうだが、先程の女達のように盾にできる者がいなくなった今、彼らに勝ち目は無かった。


この地域は長く紛争が続いている。そのためか、この建物もボロボロで窓ガラスはほとんど無く、またドアが付いている場所もあまり多くない。人一人通れるドア口だけが、そこにドアがあったことを物語っていた。

そんなドア口をくぐり、こちらに気づいた兵士を手際良く撃ち殺すと、先へ進んでいく。

「エコー、後ろだ!!」

「っ!!」

そんな叫びを聞き、俺は即座に振り返る。しかし既に、ドア口に隠れて俺を背後から殺そうとしていたテロリストは、仲間の一人であるブラヴォーに撃ち殺されていた。

「気を付けろ!」

「悪い!」

ブラヴォーは俺より体格が大きく、戦闘経験も豊富なベテランだ。また俺に比べて、かなり好戦的である。

彼と共に廊下に出ると、そこには仲間であるデルタ、それに指揮官のアルファが立っていた。

「1階は制圧完了だ。これから2階へ向かう。とはいえ敵の様子からして、ここから先は残存兵の掃討になるだろう」

ということは、俺が突入して数十秒でテロリストはあらかた殲滅されたということだ。アルファは通信機に向かって話しかける。

「チャーリー、そっちは何かあるか」

狙撃担当のチャーリーは、近くにある高い建物からこちらを狙っている。必然的に、この建物の上層階の様子が確認できる筈だ。

『まだ少し敵が残っているようだ。奴らは警戒してる。気を付けろ』

「了解」

そう返事すると、アルファは俺を含む他の隊員に視線を向ける。

「聞いたな?これから2階に突入する。各自警戒を怠るな」

他の隊員が了解、イエッサーと威勢良く返事するのに合わせ、俺も頷いた。

そうして、全員で2階に突入し、各自散会する。


2階でも、警戒する兵士と交戦したが、さして大きな負傷も無かった。

当たり前だ。相手は弱小のテロリストで、装備も練度もあまり高くない。対してこちらは、ベテランの傭兵が揃っていて装備も豊富だ。苦戦する要素が無い。

『各自、状況を報告しろ』

『こちらブラヴォー、楽しょ……』


その瞬間、大きなライフルの銃声が立て続けに鳴り響いた。


『ブラヴォー。どうした、ブラヴォー?』

アルファの呼びかけを耳にしながら、俺は即座に銃声のした方角へと走り出していた。


「っ……!!」


ある部屋に入った時、俺は言葉を失った。そこに男が血を流して倒れていたからだ。

白い肌、短く刈られた金髪。茫然とした顔が、ヘルメットの下から覗いている。もう事切れているのは一目瞭然だった。


それは、先程俺を助けた、ブラヴォーだった。


「一体何が起こってる……?」


頭から血を流している、それだけならまだいい。

問題は、その首がへし折られていることだ。


「アルファ、こちらエコー。ブラヴォーが……」

『エコー、ブラヴォーがどうし……』


通信が、バチンと切れる音がした。


『アルファ?一体――』


デルタの言葉が切れる。その瞬間、どこかで再び銃声が鳴った。

俺は弾かれたように走る。銃声の方角へ向けて。

『アルファ、デルタ、どうした?』

この声はチャーリーだ。彼の位置では、彼らの様子が分からないのだろう。

「チャーリー、エコーだ。これから様子を見に行く。ブラヴォーがやられた」

『ブラヴォーが!?畜生、何てこった』

誰もいない廊下を走りながら、俺は必要最低限のことを伝えた。

「俺から5分以内に通信が無ければ、すぐ撤退しろ」

『クソ、了か……』


チャーリーの言葉が終わらないうちに、彼のいる建物の方角から爆発音が轟く。それと同時に通信が切れた。


俺は悪態をつく。恐らく何者かが、グレネードランチャーを使ってチャーリーの待機地点を爆破したのだろう。

俺は悪化し続ける状況に歯噛みした。


長い廊下の先に、男が倒れているのが見える。砂地用の迷彩服姿は、俺と同じだ。

胸が上下し、俺の方に顔を向けている。デルタだった。

「大丈夫か!?」

「来るな……」


瞬間、銃弾がデルタの米神を貫き、血飛沫がその場に舞う。


続けて数発の銃声が響き、デルタの顔面は血で覆われた。拳銃を持った人影が、近くの部屋から出てきて彼の死亡を確認すると、俺の方へ視線を向ける。

全身を黒い服装で覆っており、その顔は暗視スコープとマスクで覆われている。

即座にライフルを発砲するも、その人影はすぐに部屋の中に入って行った。

「待て!!」

駆け出して、人影の消えた部屋の方へ銃口を向ける。

ドアのないドア口から見える室内は、殺風景な床と壁、そして窓の無い窓枠だけ。無人だ。

「っ!!?」


瞬間、気づいた。ドア口の上方を掴んでいる手に。


その瞬間、さっきの暗視スコープを付けた顔が飛び出した。

ライフルを向けようとするも、相手が素早く繰り出した脚により、銃口を上へと逸らされる。

今の一瞬で、奴はドア口の上方へと跳躍し、俺が駆け付けるまでの数秒、腕の力だけで身体を支えていたのだ。

俺が気付くと同時に天井を蹴って勢いを付け、振り子の要領で蹴足を繰り出し、俺のライフルの銃口を撥ね上げていた。


どうなってる。オリンピックの新体操選手でも相手にしているのか。


そんな混乱と共に、俺は銃口を蹴り上げられたライフルを手放し、拳銃を取り出した。

床に着地した相手は俺が銃を持ったのに気づくと、一足飛びで俺に飛び掛かる。

だが、その前に引き金を引くことができた。ライフルを蹴られた時点で半ば無意識に身体を引いていたのが功を奏したのだろう。


しかし発射された銃弾は、いつのまにか相手が取り出したナイフに弾かれ、軌道を逸らされていた。


「なっ!?」


再び引き金を引く前に、相手の腕が俺の手首を掴む。そのまま胸に、体重を乗せた蹴りを入れられた。その勢いと威力に、俺はそのまま仰向けに倒れ込む。

一連の身のこなしの、尋常じゃない速さ。俺は、相手が俺以外の隊員を全滅できる実力であるのを実感した。

相手は掴んでいた俺の右手をそのまま足で踏み躙ると、ナイフを握りしめ、今にも振り下ろそうとする。一方俺は右手を踏まれたまま。左手は動かせるものの、腰にあるナイフには届きそうにない。

「クソったれ!!」

そのまま、相手はナイフを振り下ろした。


反射的に、迫りくるナイフに向かって左手をかざす。


瞬間、そのナイフが左手の間近で停止した。


できれば使いたくなかった能力。久々に使用したその感覚に苦みを覚えつつ、俺は懸命に相手の力に抗い続ける。


「エコー!!」


その時、廊下の奥から声が響いた。

相手の視線が俺を外れると同時に、その肩に銃弾が当たって吹き飛ばされる。

見ると廊下の先、俺が先程までいた場所に、チャーリーが銃を構えて立っていた。よく見れば、迷彩服の所々が焦げている。

チャーリーは続けざまに発砲したが、吹き飛ばされた相手は即座に床を蹴り、跳ね回るように床、壁を蹴りながら移動して、最後に廊下の最奥にある窓枠から外へ身を躍らせた。

「無事か!?」

ライフルを構えたまま、相手の消えた窓枠を睨み、チャーリーが俺に近づいてくる。

俺は安堵の溜め息と共に答えた。

「ああ。助かった」

「他に生存者は」

「いない。俺とお前だけだ」

チャーリーは額から流れる汗を手袋越しに手の甲で拭うと、疲れたように言う。

「運が良かった。何となく嫌な予感がしたんで、早めに撤収の準備をしてたんだが、まさかグレネードが飛んでくるとはな」

「あんな身体能力の兵士、見たことが無い。一体何者だ?」

そう呟きながら俺は、作戦中は外すなと明言されていたマスクとゴーグルを外す。

そして、中東の砂交じりの空気を思い切り吸い込んだ。


「間違いない、『臨界者りんかいしゃ』だ。実在していたとは……」


そう呟きながらチャーリーも、俺に倣うようにマスクとゴーグルを外す。

褐色の肌に黒い髭。青い瞳。鼻筋の通った顔は整っており、30~40代くらいに見える。この傭兵部隊らしい顔つきと言えた。

しかしそれよりも、彼の発言が気にかかる。

「臨界者?」

「まず撤退しよう。詳しくは作戦本部で話す」

そう言うと、チャーリーは倒れている俺に手を差し出した。


「俺はケネス・コールマン。アンタのことは知ってる。よろしくな、ジェリコ・ギブスン」


その言葉を聞いて、俺はまた厄介事に首を突っ込んでしまったと感じた。

世界を変えるのなんて、人生に一度だけで十分だというのに。



10年と半年前、地球外生命体がこの星に降臨した。

彼らは直径10km以上の巨大な浮遊物体――いわゆるUFO4基を操り、世界の各都市に鎮座する。

ワシントン、モスクワ、北京、ロンドン。的確に大国の首都の上空を陣取った彼らを、人類は恐れ、憎み、或いは敬った。

やがて彼らは『超越者ちょうえつしゃ』と呼称され、世界各国の政府高官と対話を始める。

浮遊物の中で暮らす超越者に実体は無く、空間の中に存在するエネルギーを糧に生きているのだという。

そうして、人類と超越者との共存が始まった。


一方で、超越者の飛来した時から、人類の中で特異な能力を持った新人類『獲得者かくとくしゃ』が生まれ始めた。

超越者は、獲得者を恐れた。何故なら彼らの持つ能力は、人類の英知を遥かに超える力を持った超越者の地位を揺るがしかねないものだったからだ。

超越者は各国の政府高官に交渉し、時には脅迫し、獲得者を虐殺した。一昔前の戦争で特定の民族に対して行われたように、訓練所という名の収容所を開設して、獲得者達を殺し続けたのだ。


そんな状況が変わったのが半年前。

一人の傭兵が、超越者を殺した。

彼は自分が獲得者であることを隠して超越者に近づき、その命を文字通り握り潰したのだ。

そうして傭兵――ジェリコ・ギブスンは、超越者ヴィサロを殺害し、それに呼応したアメリカ合衆国は、超越者に対して宣戦布告した。



そうして、世界は変わった。変わったと思った。


だが、それは俺が思っていたような変化ではなかった。



アメリカの宣戦布告から間も無く、ヨーロッパ諸国も追従した。それを皮切りに、数々の国が反超越者の狼煙を上げた。


だが、その流れに追従しなかった国もある。


中国政府は、アメリカが宣戦布告と同時に公開した、超越者の獲得者への弾圧という事実をでっち上げだと断じ、超越者との協調を訴えた。

ロシア政府は、アメリカの宣戦布告に賛同しようとせず、かといって中国政府のように真っ向から反論することもなく、沈黙した。ヨーロッパ諸国の説得にも応じることなく、それからロシアは沈黙を保ったままだ。

小国の幾つかも、中国やロシアの姿勢に追従した。この世界は、超越者に敵対する国と服従する国、二つの勢力に分断されたのだった。


そして、この状況の発端――超越者の暗殺を成し遂げたこの俺、ジェリコ・ギブスンは、中東のテロリストとの戦いに明け暮れていた。

超越者の一人の暗殺を契機に、紛争へと逆戻りしたこの地域で。



大型のテントが密集する作戦本部。

そこに何とか帰還すると、任務報告もそこそこに移動する。チャーリーことケネスに誘導されてだ。

だが、俺は報告した上官達の態度に違和感を覚えざるを得なかった。

豊富な装備を持つ一部隊が、二名の隊員を残して死亡という異常事態だ。より詳細な報告を求められて当然なのに、それがない。

しかし、そんな俺の疑問を置いて、ケネスは進み続ける。

「おい、一体どこに連れて行く気だ」

「もうすぐだ」

やがて、殺風景な小型のテントに辿り着いた。そこにはテーブルと大型の通信機、それに数脚のパイプ椅子のみが置かれている。

「ちょっと待っていてくれ」

そう言うとケネスは通信機を操作し、どこかへと無線を繋げようとしている。

だが、聞こえるのは雑音ばかりだった。

「砂嵐が接近しそうだ。通信はその後にした方がいい」

俺の言葉に、彼はあからさまな落胆の意を示すと、肩を竦める。

俺も手近なパイプ椅子に座ると、溜め息を吐いた。外からは風に巻き上げられる砂の音が大きくなり、太陽の光も遮られていくのが分かる。

「それで?『臨界者』ってのは何だ。獲得者の亜種みたいなものか?」

俺の問いにケネスはまず通信機を睨みつけ、僅かに逡巡した様子を見せる。しかし、やがて言った。

「いいや、獲得者とは違う。ロシアが密かに研究してるって噂だったものだ。なんでも、超越者が獲得者を狩るために人体実験を繰り返して作ったものらしい」

いきなり物騒な単語が並び、俺は面食らう。

「3ヵ月前、ロシア対外情報庁SVRの元諜報員がフランスに亡命したんだが、そいつが提供した情報の一つがそれだ。しかし裏付けが取れず、長らく眉唾の情報とされていた」

「そのニュースなら知ってる。だがそいつは…」

俺の言葉が終わらないうちに、ケネスは頷く。

亡命した元諜報員は何者かに殺害された。ヨーロッパ諸国はこれをロシアの仕業と断じて非難声明を出していたが、ロシアは黙殺したのだ。

「彼の証言によると、超越者がロシア政府と共同で研究していたものらしい。特殊な薬品を被験者の骨髄に注入するんだそうだ」

ケネスは視線を虚空に彷徨わせた。過去に見た資料を思い出しているのだろう。


「最初の10日で脳が活性化し、思考速度が飛躍的に向上する。次の10日で全身の神経組織が強化され、五感が常人の数十倍に鋭敏化される。最後の10日には全身の筋繊維にまで強化が及び、身体能力が常人のそれを大幅に凌駕する。およそ一ヵ月で、超人の出来上がりだ」


「信じられない」

口をついて出た俺の言葉に、ケネスは頷く。

「私もだ。今日まではな」

しばらくケネスの言った事実を咀嚼した。

「だが獲得者を狩るには、それでは不十分じゃないか?」

実際、俺はすんでの所で能力により窮地を凌いだ。ケネスが割って入らなかったら殺されていた可能性が高いとはいえ、例えば念動力サイコキネシスでなく精神感応テレパシー転移能力テレポートを持つ標的を狩るには、ただ身体能力や五感が良くなっただけでは不十分だろう。

「どうだろうな。見る機会が無かっただけで、まだ奥の手があるのかも」

「もしくは、能力を無効化する機器でも持ってるのかもな」

言いながら、俺は以前の作戦で友人に提供された、獲得者の能力を無効化する装置を思い返した。

今も昔も、ロシアという国はアメリカを意識している。だから、アメリカが作った機器をロシアが対抗して作っていても不思議じゃない。

そこまで考えて、俺は急に別の疑問を覚えた。

「それで、お前は何者だ、ケネス」

こんな情報、フリーランスの傭兵が持っているわけがない。俺の指摘に、ケネスは再び肩を竦めていた。

「やっと砂嵐が収まってきた。そうしたら説明できる」



通信機から流れる音声が、雑音から無音に切り替わる。

やがて無音の中から、女性の声が響いた。

『こちらアメリカ中央情報局CIAのギリアン。ケネス、あなたなの?』

「イエス。ケネス・コールマン少佐。報告のため通信しました」

そう言うと、ケネスの視線が俺の方に向く。

半ば予想していたとはいえ、俺はケネスを睨んだ。正直、もうあまりCIAとは接触したくなかったからだ。

「要請通りジェリコ・ギブスンを連れてきました」

『お疲れ様。ジェリコ、久しぶりね?』

「不本意だがな」

言いながら、俺は通信機に近づいた。



今の俺がCIAと関わりたくないのには理由がある。

元々俺はアメリカ海兵隊に所属していて、脳腫瘍が見つかったために除隊した。その後、超越者が地球に飛来した際、俺の腫瘍は変異し、獲得者に生まれ変わったのだ。

その後CIAにスカウトされ、色々あって超越者ヴィサロの暗殺を成し遂げた。


それだけなら良かったが、事はそう単純ではなかった。


我慢ならなかったのは、その過程で獲得者――10歳以下の子供を手にかけたことだ。

ヴィサロの暗殺のためには必要なことだった。それは分かる。

だが元々アメリカの国民を守りたいと思って海兵隊に入隊した俺が、子供を殺す羽目になったのはキツかった。たとえそれが、アメリカ人の子供じゃなかったとしてもだ。

このままCIAに関わっていれば、また浴びたくない血を浴びることになるのは自明だ。

かといって、ヴィサロの暗殺を成し遂げた俺がアメリカ国内に居れば、また何かに巻き込まれるだろう。

遠く離れた国でのんびり生きる選択も頭に浮かばなかったと言えば嘘になる。だが、結局俺はそうしなかった。

そして、俺はまた戦場に身を置いていた。できる限り民間人を殺さないようにしながら、テロリストを排除するために。


元々、中東の紛争は超越者の介入により鎮静化しつつあった。

それがこの半年で、超越者ヴィサロの暗殺、超越者への反発と協調による世界の二分という変化が起き、元々欧米の干渉により政情が不安定だった中東諸国の紛争は再燃した。

今では政治と宗教、民族の対立に超越者の是非という新たな対立軸も加わり、争いは激化の一途を辿っている。

こんな状況にした原因の一つは間違いなく俺だ。政治家ではない以上状況を変えることはできないが、兵士としてなら最善を尽くしたい。そんな理由で、俺はこの戦場にいた。



通信相手のギリアンは、俺にも顔見知りの相手だ。彼女の親友が営むという、メキシコ料理店にランチに連れて行ってもらったこともある。

しかし業務中であるためか、彼女の言葉は以前より堅苦しく聞こえた。

「それで?わざわざ諜報員の命を危険に晒してまで、俺を探した理由は?」

俺の皮肉に、ギリアンは無反応だった。

『あなたに危険が迫ってる』

「危険?」

『ええ。イギリス秘密情報部SISから情報提供があったの』


その言葉に、嫌な予感が倍増する。

やはりヴィサロを暗殺した時点で、俺の人生は決まってしまっていたのだろうか。

安らかなものにはならないと。

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