煉獄の暗殺者
blazer
第1話 ある問いかけ
薄暗い室内。
申し訳程度に辺りを照らす蛍光灯と、装飾の無いテーブルと椅子。
テーブルの上には水の注がれたガラスのコップがある。その水を、まるで酒でも嗜むかのように、男は一口飲んだ。そうして、彼は口火を切る。
「例えば」
「二人の子供が喧嘩していたとする。それはそれは激しい喧嘩だ。一方の拳がもう一方の頬を打ち、一方の手がもう一方の髪を掴んで引っ張る。渾身の力で」
黒い肌、口の周りを薄く覆う髭、坊主に近い黒髪。そして、その頭には特徴的な手術の痕が、額から後頭部をぐるりと半周している。
「発端は、一方の子供が玩具を壊したことだ。それは不幸にも、もう一方の子供の所有物だった」
饒舌に語る男。男が話すたび、コップに注がれた水が揺れる。
「やがてそこに、大人が現れる。彼でも彼女でもいいが、その人物は子供の喧嘩をやめさせる。平等に二人に説教をし、仲直りの握手だ。渋々子供達は言う通りにする」
そこまで話すと、男は視線を手元から、前方に向けた。
「二人の子供は、それで心から仲良くなったと、言えると思うか?」
「いいや」
質問したのも、答えたのも、その男一人。彼は話を続ける。
「ある学校で、生徒達が少年を痛めつけている。殴り、蹴り、頭を壁に叩きつける。石を投げる。思いつく限り、情け容赦のない行為だ」
「何故暴力を振るうのか?少年が、彼らの気に入らない行動を取ったからだ。少年が、彼らの気に入らない容姿だったからだ」
「そして少年が、弱者だったからだ」
「やがて教師が来て、生徒達を叱る。もうこんなことはするなと、滔々と朗々と、暴力の無意味さを説く。やられた生徒にも、許しを与えるよう促す。そうして、暴力の時間は終わる」
「彼らはもう、誰にも暴力を振るわないと、そう思うか?」
「いいや」
男はコップに残った水を飲み干した。まるでその水がワインであるかのように、名残惜しい表情で。
そうして、男は深く息を吸い、やがて言った。
「最後の質問だ」
「世界は昨日より、平和だと思うか?」
「いいや」
俺と同じ容姿の男に、俺はそう答えた。
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