バインミーと生春巻きを差し入れ
桐谷さんが犯人を見つけてくれたから、また飯テロツイートを再開した。
もう相互フォロワーしか、DMできないようになってるし、今のところは大丈夫そう。
今日の飯テロはアジアン料理祭り!
パクチーをどっさり買ってきて、ベトナムのサンドイッチ、バインミーに挑戦。手軽な代用品を使うから、なんちゃってだけど。
大根と人参を刻んで塩をふって、しんなりさせたら、砂糖と酢と醤油で味付けて、なますにする。
甘辛タレ味の鳥肉レバーを買ってきたので、潰して胡椒とバターを混ぜる。
フランスパンに切り込みを入れ、トースターで軽く炙ってからバターを塗り、なますとレバーとパクチーどっさりを挟んで完成。
甘辛いタレのレバーとバターが混じり合って、濃厚なコク。そこに胡椒がピリッと良いアクセント。
フランスパンは表面はパリッと、中はもちっと。
なますの酸味とパクチーの爽やかな香りが、こってりレバーを引き締めて、後引く美味しさ。
紅白なますとパクチーの彩りが綺麗に見えるように、バインミーの写真を撮って、午前0時に飯テロツイート。
『今日はバインミーというベトナムのサンドイッチ。甘辛い鶏レバー煮、酸味の効いたなます、パクチーの良い香り。香ばしいフランスパンと一緒に食べる。甘い、辛い、酸っぱい、しょっぱい、パクチー爽やか、パン香ばしいで、口の中が忙しいくらい美味しい』
TwitterのTLの『飯テロだ』『お腹空いた』のレスに混じって、桐谷さんの『食べてみたい』のコメントがあった。それが嬉しい。今度、作ろうかな。
そんな風に考えていたらDMが届いた。
『すみません。今、仕事が忙しくて、申し訳ないのですが、先日のお礼の食事はもう少し時間をいただいてもいいでしょうか?』
仕事が忙しいのは仕方がないし、わざわざ断りを入れるのは律儀だ。ふと気がついた。
たぶん、メールやDMではわからない。忙しいだろうけど、思い切って電話をかけよう。
『……鈴代さん。どうかされましたか?』
『メール拝見しました。今、仕事が忙しいと。もしかして、私のせいですか? DM対応のせいで、仕事が溜まってしまったのですか』
桐谷さんが一瞬、息を飲むのが聞こえた。とっさに返事ができないのは、私の指摘が正しいからだろう。
『すみません。私のせいで』
『……いえ、僕がしたくてしたことなので。気にしないでください』
『仕事が忙しいなら缶詰で、外食してる余裕もないですよね。ちゃんと食事してますか?』
『……たまにコンビニに買い出しに……』
ゴニョゴニョと口ごもる辺り怪しい。またちゃんと食べてないんだろうな。
『明日、お伺いします。バインミーを差し入れと、缶詰中に食べられる食事も一緒に。こちらで作って持っていきます』
『そ、そんなことをしていだだくのは申し訳な……』
『私がしたくてすることなので、気にしないでください』
桐谷さんの言葉をブーメラン。お節介がすぎるかな? と思ったけど、桐谷さんが心配だし、私のせいで迷惑かけたんだし。
それに何より、飯テロツイートで『食べてみたい』と言ってくれたんだから。
ぴんぽーんと、チャイムを鳴らす。しばらくして扉が開いた。
ちゃんと着替えていたけれど、目の下のクマと顔色の悪さは隠せない。これは徹夜明けか? 食事を何回抜いてるんだろう?
「忙しい中すみません」
「こちらこそ、わざわざ、来ていただいてすみません」
「お忙しいと思うので、ここでお渡しして、すぐ帰りますね」
「いえ、時間は大丈夫です。せっかく、来ていただいたので、珈琲だけでも」
押し問答する時間も惜しい。大人しく上がって勝手にキッチンに入った。
「鈴代さん。珈琲は僕が……」
「私が入れます。その間に食事をどうぞ」
バインミーと生春巻きを取り出すと、桐谷さんの顔に笑顔がパッと咲き、ゴクリと喉を鳴らすのがわかる。
空腹時にご馳走を差し出され、ためらいなんて吹き飛んだのだろう。大人しく桐谷さんは座って手を合わせる。
「では、ありがたくいただきます」
飢えた獣の如く、ムシャムシャと齧り付く姿を見て、初めて来た日のことを思い出した。
「生春巻き。ボリュームがあって、さっぱりしてるけど、甘辛いソースがとてもよくあって、美味しいです」
生春巻きには細切りにした人参ときゅうり、春雨と海老と豚バラ、サニーレタスを巻いてある。スイートチリソースとナンプラーで作ったタレも良い仕事してるかもしれない。
とても良い笑顔で、美味しそうに食べる、姿を見られただけで嬉しい。
バインミーを頬張ると、膨らんだ頬がリスみたいだ。
桐谷さんが食べてる間に、冷蔵庫にタッパーに入った作り置きの料理を入れていく。
野菜と鶏肉の煮物、ピリ辛浅漬けきゅうりとナス。野菜たっぷりキーマカレーに、具沢山トマトスープ。冷凍庫にハンバーグと、鶏肉の照り焼きも入れておいた。
冷凍庫にご飯も詰めたし、日持ちがして、レンジでチンだけで食べられて、栄養バランスを考えた料理にした。これで大丈夫だろう。
途中でシオンのために餌を入れる。凄いがっつきぶりを見るに、シオンもご飯抜きだったのかな? 可愛そうだけど、桐谷さんも追い込まれてる感じだし、責められないな。
桐谷さんが綺麗に平らげたところで、珈琲をすっと差し入れ、自分も席に着いた。
「……本当に、色々すみません。珈琲まで」
「いえ。私は時間がありますし、こちらこそ色々すみません。お節介で」
珈琲をぐびっと一口飲んで、ほっとした所で桐谷さんがボソボソと話し始める。
「先日、鈴代さんは復讐はしなくていいと言われたのに、僕の完全なお節介ですが……」
「え?」
「例の橋田恵子。もう余計な事をしないように、釘はさしておきました。匿名で」
どんな方法か、桐谷さんは語らなかったけど、私がもう被害に合わないようにと、心配してくれた。その気持ちだけで嬉しい。
「鈴代さんは優しい人です。でも世の中には人の優しさにつけこんで、しつこく嫌がらせや付きまといをする、悪意の塊の人間がいますから。大人しく泣き寝入りをしていると、そういう人間をつけあがらせるだけです」
桐谷さんの言葉が、珍しく嫌味がかっていて、顔もこわばっている。
「桐谷さんも、そういう悪意の塊みたいな人に困った事があるんですか?」
「ええ、まあ……」
言葉を濁したけれど、今でも嫌な思いをしてるのかもしれない。
もしかして、この前マンションの前で諍いをしていた女性。あの人だろうか?
桐谷さんが話さないのに、無理に質問して事情を聞き出すのも、どうかと思って黙った。
「鈴代さんは、人に怒りをぶつけるのが苦手と、おっしゃってましたね」
「そうですね。どうしても困ったときはいつも琴子に頼ってばかりで。自分でもどうにかしなきゃいけないと思いつつ、怒るより我慢しちゃう方が楽なのかもしれません」
「怒るより我慢する方が楽という気持ちはわかります」
私の言葉に同意しつつ、桐谷さんはとても困ったような表情をしていた。気になったけど、仕事が忙しい中、長居は迷惑だろう。
「そろそろ帰りますね」
「今日は本当にありがとうございました」
「いえ、お仕事頑張ってください」
「今日のお礼も含めて、次は鈴代さんの食べたい物を、とことんご馳走します。何が食べたいか、考えておいてください」
とことんご馳走という言葉に、思わずゴクリと喉を鳴らしつつ、それよりなにより、桐谷さんとのデートが楽しみだなと、浮かれ気分で家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます