ちょっと付き合って焼肉

 頼まれていたデザインができあがったので、夕方近くの時間にフォルトゥーナに行った。


「こんばんわ」

「……こんばんわ、鈴代さん」


 少し裕人さんが元気ない気がした。気になったけど私が聞いていいのかわからない。

 デザイン見本を見せたら、やっと自然な笑みが浮かんだ。


「これ凄くいいですね。暖かみのある優しい雰囲気がでていて」

「ありがとうございます。マクロビの料理ってほっとする味だなと想ったので、優しさをだしてみました」


 メニューやチラシはOKをもらって、Twitter用のヘッダーやアイコン作成も頼まれた。裕人さんのお店も厳しいから、報酬は多くないけど、こうして喜んでもらえると嬉しい。

 からんと、店の扉が開く音がした。


「あれ。鈴代さん? 久しぶり」

「早見さん。お久しぶりです」


 ぺこりと挨拶。何だか少し元気がなさそう。


「疲れたから、元気のある物食べたくなって。仕事の合間にやってきちゃった」

「え? 仕事の合間ですか?」

「定時は終わってるから、この後サービス残業。その前にまともな夕飯物が食べたくて」

「大変ですね」

「もう慣れた」


 裕人さんが料理を用意する間、早見さんが私の作ったメニュー表を見ていた。


「あら、良いデザインね」

「ありがとうございます」

「峰岸も鈴代さんに仕事頼んだっけ?」

「はい。ありがたいことに。友達だから」


 三年前。仕事を辞めてしまった後。貯金はあったけど、新しい仕事をしなきゃと焦っていたら、琴子が仕事を紹介してくれたのだ。


「友達だからだけでもないと思うわよ。今度、私も頼もうかな」

「ありがたいです。よろしくお願いします」


 その時なぜか早見さんが優しく笑った。


「前よりなんだか元気で明るくなったわね」

「そう、ですかね?」

「何か良い事があったの?」


 前に良太のことで動揺した姿を、見せてしまった。ずっと心配してくれてたのかな?


「ふっきれて、重荷が軽くなったからかもしれません」

「例の、元婚約者?」

「はい。桐谷さんに助けて貰って吹っ切れて。着信拒否で、Twitterもブロックしました」

「バカな男って、別れた女がずっと自分を好きでいると、勘違いしてるのよね。そんなわけないのに」

「ですよね。もう終わったことなので、もう関係ないとキッパリ意思表示です」


 そう。全てはとっくに終わったことだった。私が抱え込んだ悲しみを表にださずに、完全に立ち直れなかっただけで。

 でも、今はもう過去のことだと想える。

 桐谷さんと過ごす時間が楽しいから。


「重荷が軽くなったか。羨ましいわね」


 そう言いながら右手の指輪に触れた早見さんは、寂し気に見えた。


「早見さんも何か重荷があるのですか?」

「ん、ちょっと。やめた方がいいのはわかってるけど、なかなかやめられないの」

「そういうこと、ありますね。自分じゃどうにもならなくて。誰かがきっかけをくれるかもしれませんよ」

「きっかけか……」


 早見さんの声が、なぜかせつなく聞こえた。


「ねえ、鈴代さん。今週末ちょっと付き合ってもらえない?」

「仕事の話ですか?」

「プライベートでお願いがあるの」


 早見さんが眉根を寄せて、ため息をつく。


「加賀君に食事に誘われて。二人で食事に行きたくないの。鈴代さんも一緒ならとね」


 事情はわからないが、何か困ってるのはわかった。食事するだけならと、私は頷いた。



 週末やって来たのは焼肉屋。私がお邪魔して、智さん嫌な顔しないかな?


「鈴代さん来てくださってありがとうございます。先輩が強情だから」

「あ、そう。じゃあ、私は帰るわ」

「ちょっと待った、先輩。冗談ですよ」


 いつも通りの良いコンビだ。

 そんな漫才より何より、ネギ塩牛タン美味しい。レモンとネギの爽やかさと、タンの歯ごたえが。

 肉の後にビールをぐびっとが、堪らない。久しぶりの焼肉だからじっくり味わいたいな。


「鈴代さん、本当に美味しそうに食べるわね。小動物みたいで可愛いわね」

「あ……えっと、その」

「カロリー気にして食べないより、美味しそうに食べる女性の方が、魅力的ですよね」

「……」


 二人掛かりのフォローがいたたまれない。おかげでためらってる間に、二人がネギタン塩をかっさらってしまった。もはや網に肉はない。

 仕方ない。次のカルビに備えてと小皿にニンニクを取ろうとして止められた。


「鈴代さん、この後二軒目があるので、ニンニクNGでお願いします」

「二軒目? 聞いてないわよ」

「先輩を誘ってスイーツなしで終わるわけないですよ。焼肉は前菜、次が本命です」


 焼肉が前菜。どんだけガッツリ系なのだろう、この二人。

 網から脂が滴り落ちてじゅわ……と音が鳴る。カルビ肉の香ばしい肉の香りが漂って、思わずゴクリと唾を飲み込み。

 肉に箸を伸ばそうとして、声をかけられる。


「鈴代さんは峰岸と幼馴染なんでしょう? いつから?」

「幼稚園、からですね」

「えー、そんな前から凄いな。それで今でも続く友情とか、僕は羨ましいなぁ」


 どう答えようかなと悩んでいる間に、カルビのベストなタイミングを逃してしまった。焼きすぎで、しくしく。

 ちょっと焦げて硬くなったカルビを噛みしめる。美味しいけど、ちょっと残念。


「高校で一度別れたんです。琴子のほうが頭いいし。でも面倒見良いから、私に連絡をくれて」


 質問に一生懸命答えようと考えると、どんどん肉は焼け、焼きすぎか、冷めてしまう。ベストなタイミングで食べられない。


「この前の花火は、昴兄が楽しそうだったな。あんなに笑うの初めて見た」

「そうなんですか?」

「賑やかなの苦手で、いつも一人隅の方でポツンとしちゃう。あの時は楽しそうだった」


 私の前ではけっこう笑う気がするのだけど。私は特別だって自惚れてもいいのかな? 桐谷さんの話を聞けるのは嬉しい。

 でも、相変わらず落ち着いて食べられない。

 ああ……私のハラミ、ホルモン、豚トロが。どれも美味しいけど、ベストな焼き加減でないことが、本当に残念だ。


「鈴代さんは甘いものも好きですか? カクテルは?」

「ええ、まあ。甘いものはそれなりに」

「次のお店はカクテルが豊富なんですよ」


 智さんの人懐っこい笑顔に釣られ、私も愛想笑いを浮かべた。

 正直カクテルは酒のツマミに合わないので、あまり飲まない。でも嫌いな訳でもないと、つい調子を合わせてしまう。


 のんびり食べてると、肉が無くなるし、二人が賑やかに話しかけてくるから、食べるのに集中できない。

 二人が良い人なのはわかる。気を使って話しかけてくれてるのだろう。でも二人だけで盛り上がってほしい。私はおまけだし。


 今日一緒なのが、桐谷さんだったらよかったのになと思いかけて首を振る。

 そこで桐谷さんが出てくるの? 別の人を一生懸命考えてみるが、いないな。やっぱり。

 一緒に食事をして、一番楽しいのは桐谷さんだ。


「肉の次は、本命の甘いもので」

「甘いものは、別腹よね」


 この二人、かなり大食いかも。肉をガッツリ食べてるのに、まだ入るのか。

 美味しいものを食べたはずなのに、何故かちょっと疲れてしまって。私はスマホを取り出して、チラ見した。


「すみません。急な仕事が入ってしまったので、今日は失礼します」


 嘘。たぶんもう私は必要ないし、お邪魔なだけな気がするから。


「す、鈴代さん? ちょっと待って」


 取り残されて慌てる早見さんを、智さんが引っ張る。


「先輩。次の店、予約してるんですから、早く早く。鈴代さん。今日はお疲れ様でした」


 別れ際の智さんの笑顔が、ありがとうと言ってるように見えた。



 二人と別れて歩き出す。ちょっと食べ足りない、飲み足りない。でも、一人でふらりと店に入るのも、一人で家で食べるのも寂しい。

 桐谷さんと会いたいな。

 そう思っていたら、桐谷さんからメールが来て驚いた。


『ネット通販で、缶詰のつまみを買ったのですが、鈴代さんも召し上がりますか? 次に家に来ていただく日まで取っておきますが』

『今から行きます』


 たぶん桐谷さんはびっくりしただろうな。でも、会いたいと思った時に良いタイミングで連絡が来たなら、これは運命かもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る