思い出の料理は生姜どっさり

 テーブルに出来上がった料理を並べて、撮影タイム。

 ツイート用に写真撮影はお約束だから、桐谷さんもじっと待ってる。そわそわしてるのは、早く食べたくてしかたがないからかな?


「これが鈴代さんが好きな料理ですか?」


 サバの味噌煮込み、五目煮、山椒の実の佃煮、ニラ玉味噌汁、タコと枝豆の炊き込み御飯。そして桐谷さんが作ったサラダ。

 特別感のない平凡で普通の料理を眺め、懐かしさで、少し涙が滲みそうだ。


「好きな料理というか、好きな味かな。料理はプロのほうが美味しいです。でも自分で作れば好みの味にできるから。子供の頃、母が良く作ってくれた料理なんです」

「なるほど。想い出の料理なんですね」


 眩しそうに目を細めた桐谷さんの笑みは、少し複雑だった。

 それから席についていただきます。


「ニラと卵の味噌汁は初めて飲みます」

「珍しいみたいですね。うちでは定番で、どこの家でもあるものだと思ってました」


 ふわふわのかき卵が浮び、ニラの香りが漂う味噌汁をすすると、ほっとする。 


「炊き込み御飯と、サバ味噌は、生姜がどっさり入ってます。苦手ならよけてください」

「確かに。ずいぶん豪快に入ってますね」

「母が生姜好きで。針生姜と言えない程、太い千切りをどさっといれて、ぱくぱく食べて育ったから。生姜は大好きなんです」


 ご飯はタコの旨味とカツオ出汁が効いて、枝豆の甘みと、生姜の爽やかな香りが、優しくて、懐かしい。

 サバ味噌は甘さ控えめ。脂の乗ったサバに、味噌だれを絡め、針生姜と一緒に口に入れる。

 サバのこってり脂と生姜の爽やかさがコラボする。


「山椒の実の佃煮、凄く香りが良い。ぴりっとした刺激と濃いめの味が後をひいて」

「昔はご飯のおかずだったのですが、お酒のつまみにもいいですね。日持ちがするので、山椒の実が手に入ると作り置きします」

「ぜひ、僕にもわけてください」


 とても美味しそうに食べてくれて嬉しい。山椒の実をたくさん買って、どっさり作ろう。


「五目煮というには、ずいぶん品数が多いですね」

「本当に母は欲張りで、一人だと食べきれないので、久しぶりに作りました」


 鶏肉、椎茸、こんにゃく、人参、ひじき、里芋、ごぼう、油揚げ、大豆。下処理が必要な物が多く手間がかかる。


「凄い。どれも味が染みてて美味しいです。甘みも塩気も控えめで、出汁の味が効いた、ほっとする優しい味わいですね」


 乾燥した大豆を一晩水に浸し、翌日一度煮込んで、煮汁を残す。干し椎茸も水で戻し、戻し汁を残す。

 乾燥した長ひじきも水で戻す。油揚げはお湯をさっとかけて油通し。

 こんにゃくは灰汁抜きに下茹でし、フォークで穴を開けて味をしみこみやすくした。里芋も皮を剥いて、一度下茹でする。

 ごぼうは皮をこすり落とし、スライスしてあく抜きに水にさらす。


 全ての具材の大きさを、できるだけ同じ大きさに切って、鍋に入れ、大豆の煮汁や干し椎茸の戻し汁と一緒に、酒、味醂、醤油と煮込む。砂糖を使わないのが我が家流。

 素材の旨味がぎゅっとでて、個性が全然違うのに、出汁に包まれると自然と調和した。


「凄い手間がかかるんですね」

「はい。材料もが多くてお金もかかって。だから我が家ではご馳走扱いでした」

「時間をかけて丁寧に作る。最高のご馳走だと思います」


 言葉の響きが優しくて、思わず泣きそうだ。

 懐かしい料理を食べて、桐谷さんの優しさに癒されて、ついつい余計な事を口にする。


「私の両親は、五年前に事故で亡くなって」


 桐谷さんが息を飲む声が聞こえた。どんな表情をしてるのか見る勇気もなくてうつむく。


「母が亡くなってから、想い出の料理を作ろうとしても、うろ覚えで。記憶を頼りに試行錯誤して、やっと少しは近づけた。でもやっぱり少し違うんです」


 もっと母に料理を習っておけばよかったと、後悔したけれど、もう遅いのだ。

 涙がにじみそうになって、ぐっとこらえる。

 重い話をして気を使わせてしまっただろうと怯えながら顔をあげ、桐谷さんの顔を見た。

 真剣で、でもとても優しくて、せつない顔をしていた。


「想い出の味を覚えているのと、知らないの。どちらが幸せでしょうか?」


 桐谷さんがこぼした声が、かすれてて。まるで本音がうっかり、口からこぼれおちたように響いた。


「え?」

「すみません。僕の母は幼い頃にいなくなって、手料理の記憶がないんです。少し羨ましく見えて。でも、無い物ねだりでしょうね」


 桐谷さんの言葉が、すとんと私の中に落ちてきた。そう、そういうことだよね。


 可哀想とか、大変だったねとか、同情されるわけでもなく。

 自分のほうが辛いんだ、甘えだと罵られるわけでもない。

 誰しも色んな過去があるのに、いつも無い物ねだりしてる。

 誰かを羨んで、自分を不幸だと決めつけて、一人で悲しみの沼にずぶずぶと沈んで行く。


 桐谷さんがはっと目を瞬かせて、慌てたように言葉をつけたした。


「すみません。勝手なことを言って」

「いえ。凄い。すっきりしました。なぜか」

「それならよかった」


 ほっとして桐谷さんの表情が和らいだ。


「その、ずっとお父様とお二人で?」

「いえ。父も僕が中学の時に事故で亡くなって。伯母の家に引き取られたんです。裕人達の両親に。だから裕人と智は、兄弟も同然です」

「なるほど」


 とても腑に落ちた。私にも従兄弟はいるが、子供の頃に祖父母の家で遊んだことがあるくらいで、冠婚葬祭でしか顔を合わせない。

 日常的に家を行き来して、あんなに気さくに仲良く話すのは、ただの従兄弟を通り越した絆があるからなんだ。


「伯母達は共働きで忙しかったから。裕人が買い物や料理をして、僕が掃除や洗濯をして。家事から逃げようとする智を、二人がかりで無理矢理手伝わせて」


 桐谷さんの語り口が柔らかだから、とても微笑ましく聞こえて、重い話をしていたのに、温かい気持ちになった。


「鈴代さんは、ご兄弟はいらっしゃらないんですか?」

「はい。一人っ子です」

「僕も、一人っ子です」


 兄弟同然の従兄弟がいても、桐谷さんは私と同じ、両親も兄弟もいない、一人ぼっち。

 桐谷さんがしばらく考え込んで、おそるおそる話し始める。


「……あの、凄く失礼かなと思って、言い出しづらかったんですが」

「何でしょう?」

「飯テロ女のツイートに惹かれた理由です」

「それ、気になってたんです!」


 私が前のめりにすぎて、怯んだように桐谷さんは顔をそらし、窓の外を眺める。その横顔はとても寂し気に見えた。


 仕事が忙しい時は、外出する予定もなく家にこもりきり。納期を終わらせた後に食べる、外食を楽しみに、仕事を頑張っても、たまには息抜きをしたくなる。

 Twitterを眺めて、美味しそうな料理を見て、仕事が終わったら何を食べに行こうか考えるのが桐谷さんは好きだった。


「でも。とても自分勝手だと思うのですが、リア充な人の輝きが眩しすぎて、ちょっと近付き難いんです。家族や恋人のために作る料理は、素直に美味しそうと思えなくて」

「それは、私もわかります」


 夫や子供の為に作った料理ツイートを見るたびに、あの時結婚していたら、自分もと考えて、見ず知らずの人が妬ましくなる。


「鈴代さんのツイートは、その……家族や友人の書き込みがなくて。自分のために作ってるように見えたんです。それが僕には居心地が良くて。失礼ですよね。すみません」

「いえ、すごく、すごくわかります」


 三年前。結婚前の花嫁らしくうかれて、結婚関連のツイートをたくさんした。皆に祝福されて、そして結局別れた。

 結婚が破談になったのを知る、リアルな繋がりの人は全部フォローから外してしまった。


 ──琴子以外は。


 琴子だけはフォローを外したら怒って、心配して、お節介に私の側に寄り添ってくれた。

 子供の頃からずっと、親を突然なくした時も、私が辛い時に側にいてくれた一番の親友。


「僕は家族もいない、友達もいない、同僚と会うこともない。裕人や智とは会うけれど、他に何も繋がりもなく、一人で生きて、一人で死んで行くのかなって思っていました」

「一人が寂しくないわけじゃない。でも自分なんか、大切な人と巡り会えるわけがないと、諦めてしまうんですよね。一人が気楽だし、人付き合いも面倒だし」


 桐谷さんが小さく頷いて笑った。


「飯テロ女がどんな人かわからなかったのですが。どんどん料理も、写真も、文章もレベルアップして。自分のための料理を楽しんで作ってるのかなと想像したら、応援したくなって。勝手に自分と重ねていたんです」

「とても嬉しいです」


 元婚約者への恨みで始めた復讐ツイートが、他の誰かを幸せにしていた。

 思わず泣きたくなるくらい、とても嬉しい。

 その時、確かに心が繋がった気がした。私は桐谷さんが好きだとはっきり思った。

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