花火を見上げて

「この鶏肉、カレー風の香りが面白いわね」


 早見さんが鳥肉のハーブ焼きを食べて、笑顔を浮かべた。初めて笑うのを見た。気に入ってくれたのが嬉しい。


「焼く時にクミンシードをくわえるだけで、カレーっぽい香りがするんです。味付けは塩コショウとクミンシードだけ何ですけど」

「味付けはシンプルでさっぱりなのよね。鶏肉の脂や旨味がしっかり広がったところに、この香りが引き締めて後引く感じ」

「早見先輩。このはんぺんフライも、良いですよ。明太チーズが反則級な美味さで」


 がっつり肉や揚げ物を楽しむ早見さんや智さんと対照的に、琴子は野菜料理ばかり。


「この豆腐餃子美味しい。皮もモチっとパリッとだし、中身も肉を使ってないのに、ニンニクや生姜が効いてて食べごたえある」

「肉がないぶん、皮は食べ応えがある方が良いので、昨日厚めに作って寝かせました」

「裕人さん餃子の皮から作ったの! 凄い」


 はしゃぐ琴子の反応に嬉しそうな裕人さん。わかりやすいくらいに、琴子に好意があるのに、本人は全く気づいてない無邪気な感じ。


「琴子さん。魚を避けずに、食べてください。白味魚はカロリー低いし、ドレッシングもカロリー控えめで作りましたから」


 ドレッシングは裕人さんお手製。その場にあった調味料でパパッと作れるのがすごい。

 リンゴ酢とオリーブオイルとコンソメベースに、胡椒やニンニクで、パンチのある味。


「でも。マクロビは魚や肉ダメでしょ?」

「時々肉や魚を食べる人もいます。完全に動物性タンパク質を取らないのは健康に悪いですから。俺も時々食べますよ」

「峰岸。栄養バランス悪くて、肌や髪が荒れたら元も子もないんじゃない?」


 早見さんにまで心配され、琴子も吹っ切れた。白味魚やアボカドディップに手を伸ばす。


「うう……。久しぶりのアボカド美味しい。濃厚クリーミーで」

「琴子、アボカド好きだもんね」


 ダイエットのために好物を我慢する精神力は凄いな。私は好物を食べられないダイエットなんて、できそうもない。


「アボカド好きだけど、高カロリーでしょ」

「カロリーは高いですが、ビタミンやミネラルが豊富で美容にもいいんですよ」

「本当に! なら食べるわ」

「何事もほどほどにですけどね」


 クスクス笑う裕人さんが楽しそう。琴子は行動が極端だ。くるくる回る表情、いつも全力前のめり、素直で天真爛漫な琴子が眩しい。


 皆が賑やかな中、桐谷さんは、一人隅っこで黙々と料理を食べ、酒を飲んでいた。


「桐谷さん。琴子が騒がしくてすみません」

「いえ。この部屋でこんなに賑やかに食事する日が来るとは、思ってもみませんでした」


 目を細めて、皆を見るその眼差しは、気を使ってるように見えなくて、ホッとした。


「積極的に話すのは気が重くても、楽しそうな空気の和の中にいるだけで、楽しいです」

「それはわかる気がします」


 大勢でカラオケに行く時、歌わずに聞くだけでいたいみたいな。そんな気分。

 周りに楽しくないの? って気を使われるけど、じゅうぶん場の空気を楽しんでいたりする。

 二人で並んで、酒とつまみを楽しみ、賑やかな四人を眺めてるだけで、なんだか楽しい。


 ハイボールを飲み終えて、大根の田楽をつまみに日本酒にチェンジ。私も一緒に日本酒を飲んだ。


「甘辛い田楽味噌の味が絶妙。砂糖もみりんも使ってないなんて流石プロ。凄いなぁ」

「鈴代さんの料理も凄いですよ」

「そうですか?」

「レバーと砂肝の炒め煮。生姜を効かせてさっぱり食べられて、日本酒にとてもあう」


 桐谷さんがニコニコ美味しそうに食べるので、私も釣られて笑ってしまった。

 皆に美味しいと言われるより、桐谷さんに喜ばれるのが一番嬉しいな。

 そう思うのは、好きだからなのかな?


 どーん。突然外から音が聞こえた。


「あ、そろそろ花火が始まる時間ね」

「早見先輩、この花火大会、最初から結構迫力あるんですよ」

「ちょっと引っ張らないで、わかったから」


 智さんが強引に、引っ張って窓際に連れて行く。苦笑する早見さんも満更でもなさそう。

 琴子も食事の手をとめ、立ち上がってベランダに駆けよった。裕人さんは私と桐谷さんをちら見して、ためらいつつ琴子の隣に並ぶ。


「今の花火ハート型だった。可愛いわね。あ! 星の形もある」

「俺も久しぶりに花火を見ましたけど、今の花火ってこんなに凝ってるんですね」


 琴子がはしゃぐと、裕人さんは目を細める。


 私は賑やかな輪に混じる気になれなくて、椅子に座ったまま、遠目に花火を眺めた。

 この部屋は花火を見るのにベストな場所だ。夜空に咲く大輪の花火が綺麗。

 静かにお酒を飲みつつ、花火を見る桐谷さんの目元が、柔らかく緩んでる。


「初めて花火が楽しいと思いました」

「え?」


 派手に打ち上げられて消えて行く、花火を眺める桐谷さんの横顔は、穏やかで優しい。


「花火大会の人混みが苦手で」

「わかります。私も人混み苦手です」

「花火が見られるマンションですが。一人で見ても楽しいと思わなくて。こんな機会がなかったら、仕事で終わってました」

「花火は一人で見るより、誰かと楽しむ方がいいのかもしれませんね」


 誰かと分かち合う花火は楽しい。それはまるで料理のようだ。


「来年もここで、花火を見ませんか?」

「え? ……それは僕と鈴代さんの二人で、ですか?」


 二人っきりで花火を見たいだなんて、誘ってるみたいじゃないか。桐谷さんが固まってる。不味い。なんとか誤摩化さなきゃ。


「いえ、皆です。この六人で集まってもいいですし、他に誰か呼んでも」

「来年の楽しみがあるのは、いいですね」


 桐谷さんの薄い唇の端がきゅっとあがってアヒル口になった。

 きっと嬉しかったのだろう。


 空に咲く花火も、終わりが近づき、派手に花火が打ち上げられる。あまりの激しさに、終わってしまうのが寂しい。


 三年前、突然結婚式がキャンセルになったのは、真夏の暑い日の夜。あれから夏が嫌いで、花火を見て楽しむ気分になれなかった。


 でも今日の花火は美しいし、楽しい。

 苦しい夏の思い出が、今日の楽しい記憶で上書きされて行く。

 もう大丈夫。だから私はあの辛かった日々を思い出した。

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