パーティー・イン・ザ・スカイ
今日は桐谷さんの家で料理を作る契約の日。ちょっと早めに呼ばれて昼過ぎに到着。
いつも通り二人の食事だと思ったのだけど。
「結構良いマンションね。眺めも最高。賃貸? 分譲?」
「分譲で購入しました。まだローンの返済中ですが。完済も間近です」
「独身でマンション買うなんてずいぶん思い切ってるわね。広いけど2LDK。家族向けじゃない?」
「不要になれば転売できるよう、資産価値の高い物件を選びました」
遠慮もなく質問を畳みかける琴子と、平常運転に生真面目対応の桐谷さん。
いつもは静かなこのマンションが、琴子が一人増えただけで賑やかだ。
琴子はオフショルダートップスにフレアスカート。アップ髪に大ぶりのイヤリング。今時のオシャレを着こなす、女子力が羨ましい。
「琴子。なんで、ここに来たの?」
「恋音の食事を、皆で食べてみたいって」
「ダイエット中じゃないの? 皆って?」
ぴんぽーんとチャイムが鳴った。やってきたのは、裕人さんと智さんと早見さん。
「昴兄ちゃん。折りたたみの椅子とテーブル持って来たから、運ぶの手伝って」
三人がやってきて、人口密度があがる桐谷家。なんでこんなに集まった。
裕人さんはラフなシャツと細身のジーンズ。智さんはポロシャツで軽快な所が似合ってる。
早見さんは、シンプルな黒のトップスに細身のパンツ。
この三人でメンバーは揃ったようだ、琴子が明るい笑顔でウィンクする。
「ここから花火大会が綺麗に見えるのよ」
「え! 花火!」
私は花火が大好きだ。でも人ごみが苦手で。いつも遠くに穴場がないかと探してしまう。
「今日は花火大会だし、桐谷さんに場所を借りて、皆で花火パーティーも楽しいかなと」
「鈴代さん、知らなかったのですか? 峰岸さんから、お聞きしてるかと思いましたが」
桐谷さんは困ったように首を傾げてる。
「鈴代さんは花火好きと、聞いたのですが」
「はい。好きです。だから花火が見られるのは嬉しいです」
「それはよかった」
桐谷さんが嬉しそうに微笑んだ。私のために、二人が考えてくれた、サプライズかな。気持ちが嬉しかったから、素直に受け取ろう。
それで花火パーティーの準備が始まった。
「鈴代さん。急にすみません。事前にお話ししておけばよかったですよね」
「いえ、琴子に口止めされてたんですね?」
裕人さんの苦笑を見て、やっぱりと思った。琴子に振り回されて、御愁傷様です。
「俺も料理をしますから」
裕人さんにそう言われてほっとした。プロが手伝ってくれるなら心強い。でも……。
「いつものように二人分かと思って、材料はそんなに買ってないのですが」
「材料なら俺達が買ってきました。足りない分は智に買いに行かせます。俺は野菜料理中心に作りますね」
「私も手伝うわよ」
「琴子が料理するの?」
「失礼ね。最近はけっこう自炊してるのよ。マクロビ料理を。ねぇ、裕人さん」
「琴子さん頑張ってますよね」
店員と客の関係より、親しい感じがする二人。いつのまに? 琴子が何も言わないならまだ付き合ってないんだろうけど。
「酒も多いから、どんな料理でも大丈夫ですよ」
智さんが人懐っこい笑みを浮かべて、飲み物類をどんどん取り出す。
ビール、ワイン、ウィスキー、炭酸水、焼酎、ソフトドリンク。本当になんでもあるな。
桐谷家は広いけど一人暮らし。六人で食事するにはテーブルが小さく、椅子も足りない。
それで折りたたみの椅子やテーブル、食器まで持ち込むのだから、手慣れているな。
智さんが買い出しに行ってる間に、桐谷さんと早見さんがテーブルや椅子を設置していく。飲み物の整理もしていた。
「氷は冷凍庫に。炭酸水やビールも冷蔵庫で冷やしておきましょう」
桐谷さんが飲み物を冷やすためキッチンにきた。おずおずと私の方を見て口を開く。
「あの。鈴代さん、大丈夫ですか?」
「え?」
「何となく。鈴代さんは賑やかなのは苦手な気がして。無理をしてないか気になって」
私を気遣ってくれる、優しさが嬉しい。
「確かにパーティーは久しぶりですが、知ってる人ばかりだし、大丈夫です」
「智とも会ってたのですか?」
「裕人さんの店で。兄弟二人揃ってだったので、加賀さんと呼ぶと紛らわしくて」
ぽかんとした後、桐谷さんが嬉しそうに笑い「そうか」と呟いた。誤解が解けたらしい。
「鈴代さんが楽しめるなら、よかった」
ほっとした表情を浮かべ、リビングに戻っていく。琴子が小声で私の耳にささやいた。
「恋かどうかもわからないとかいう割に、良い雰囲気じゃないの」
「そ、そうかな?」
「ああ。心配して損したわ」
ずっと心配して、私達の様子を知りたくてこの企画を考えたのか。申し訳ない。
「ありがとう。琴子」
「別に。私もぱーっと息抜きしたかったし。裕人さんがいれば低カロリーメニューも作ってもらえるから、遠慮なく食べられるわね」
さすが琴子。ちゃっかりしている。
「裕人さん。何を作りましょうか?」
「今日は何を作る予定だったのですか?」
「リクエストが酒に合う料理だったので、揚げ物とか味が濃いめの料理をいくつか」
「じゃあそれをメインにしましょう。前菜やサラダは俺が作ります。デザートは早見さんが買ってきてくれたのがあるので」
琴子に野菜の下ごしらえを指示し、私の邪魔にならないよう空いたスペースで準備する。裕人さんがテキパキと采配するのは頼もしい。
「兄貴。追加の材料買ってきたよ」
「足りないものが出たから、買ってこい」
「ええ、また? 下っ端はつらい」
「はいはい、すねない。私も買いたいものがあるから、買い出し一緒にいくわ」
「先輩も来てくれるなら、喜んで行きます」
智さんの明るさにクスクス笑って、早見さんの大人の対応に感心した。
あれ? そういえば桐谷さんは? 部屋の中を見渡して、仕事部屋とは別の扉が開いたままなのに気づいた。
桐谷さんも賑やかなの苦手そうだし困らせてしまったかな? 料理がひと段落した所で、おそるおそる部屋を覗いた。
「桐谷さん」
「わぁ……!」
部屋を開けたら、桐谷さんが布団の海で倒れてた。私が急に来たから、驚かせたようだ。
「すみません。そろそろ準備できます」
「こちらこそすみません。智は酒を飲むと酔っ払って寝るし、布団の準備をと思って。具合が悪くなった人ように二日酔いの薬も」
床に転がった薬箱を拾いながら、ぼそっと。
「すみません。僕、役立たずで。料理もできないし、パーティーの段取りとか、よくわからないし。邪魔になるだけかと思って」
申し訳なさそうに頭を下げる。慣れない中で一生懸命何かできないか、考えたのが伝わってきて、それがじんわり嬉しい。
「布団や薬も、とっても良いことだと思います。ありがとうございます」
そう言ったら、嬉しそうに笑った。
「仕事が忙しいわけではないのですか?」
「そこまで切羽詰まってるわけではないですね。ただ……」
「ただ?」
「自分の家なのに。賑やかな声が聞こえて、皆で食事なんだと思うと、楽しいですね」
「え?」
桐谷さんが柔らかく微笑んでて、本当に嬉しそうに見えて、なんだか私も嬉しい。
「邪魔じゃないです。桐谷さんがいなかったら、皆で集まれませんでした。桐谷さんがいないと始まらないんです。行きませんか?」
私が手を差し出すと、桐谷さんが無言でこくりと頷いた。眼鏡の奥で瞳を泳がせ、恥ずかしそうに私の手に手を伸ばして。
「昴兄。やっぱ逃げてた。遠慮せずに、混じればいいのに、ってあれ? 鈴代さん?」
智さんが私達の様子を見て、ニヤリと笑う。
「邪魔してごめんね。昴兄」
「邪魔とか、そんなんじゃないからな!」
智さんを追いかけるように、リビングに行った。もしかして手を繋ごうとした?
頭をブンブン振って、全力で否定した。
夕方になるころには、全部の準備が整った。
私が作ったのは、エビのフリッター、鳥肉のハーブ焼き、はんぺんの明太チーズフライ。レバーと砂肝の炒め煮。
裕人さんは流石プロ。琴子も手伝ったとはいえ、手際よく品数多く作っていく。
大根とコンニャクの田楽味噌に山椒乗せ、豆腐餃子、ブロッコリーのピーナッツ和え。
スモークサーモン、クリームチーズ、アボカドディップ。オニオンと白身魚のカルパッチョ。パプリカやラディッシュが目に美しい。
「美味しそう。流石プロと飯テロ女の共演」
「早見。私も手伝ったんだけど」
「はいはい。頑張った峰岸へのご褒美」
「あ! カカオ70%チョコ。しかもリッチなブランドじゃない」
「カロリー気にして、デザート要らないって言いそうだから。これならいいでしょう?」
早見さんの気配りは凄いな。デザートは、有名店で買ってきたプリン。プレーンと、ベリーと、抹茶。どれも美味しそう。
「早見先輩、スイーツだけは流行に敏感で」
「『だけは』はないでしょう」
智さんの頬を早見さんがつねってる。相変わらず良いコンビだ。
「私はカロリーゼロの烏龍茶。裕人さんもお酒ダメだったわよね?」
「はい。俺も烏龍茶をお願いします」
琴子と裕人さん。並んでいるとお似合いに見えるけど。どうなんだろうこの二人? 琴子は誰にでもフランクだから、親しげな態度でも、恋愛感情があるのかわからないな。
「早見先輩。赤と白ワインどっちですか?」
「最初はスパークリングがいいわね」
「わお! 僕もそれにしよう。昴兄と鈴代さんもそれでいいですか?」
「ええっと……」
スパークリングワインは美味しそうだけど。桐谷さんが持つウィスキーボトルが気になる。桐谷さんは眼鏡をくいっと押し上げた。
「食事と一緒なら知多ハイボールもいいです。裕人が料理用に買ってきた、山椒の葉が残ってるので、それを浮かべて」
「山椒知多ハイボール飲みたいです!」
言い切ったら笑われた。知多は軽やかで爽やかなウイスキー。高級で私の手が届かない。
店で飲んだことがあるけど、ハイボールにぴったりの、すっきりとした爽やかな香り。山椒の葉を乗せるなんて絶対に美味しい。
「じゃあ。皆、飲み物が揃ったから乾杯!」
勝手に仕切る、琴子の音頭でパーティーは始まった。
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