幕間2
「それで昴兄が猫を飼う事になったんだ」
智が楽しそうに笑った。
久しぶりに家に遊びに来たら、猫グッズに驚かれ、事情を話した。溜息しかでてこない。
智は僕をからかいたそうにニヤニヤしてる。コイツのこういうところが昔から苦手だ。
「鈴代さんが困ってたし、僕も猫が嫌いなわけじゃないし」
「こっそり猫写真集を買うくらい好きだよね。本棚のカバーかかってるの、全部でしょ?」
「何でわかるんだ?」
智は何を今更と笑った。長いつきあいだし、たぶんきっと本当の理由も気づいてる。
食べ物以外に話題が欲しい。そんな下心も。
「ずいぶん色々買ったね。まだしばらく病院にいるんだよね?」
猫グッズの山を見ながら智は呆れた。
順調に元気になって峠は越している。でもウイルス感染の可能性もある。しばらく病院で様子を見てから引き取ることになっている。
「猫は完全室内飼い。室内に高低差を作るのにキャットタワー。餌は子猫用。キャリーケースと、猫用トイレ、爪研ぎ。おもちゃや首輪もいくつか買いそろえて」
「楽しそうだね。昴兄。にやけてるよ」
智につっこまれ顔をそらした。
本当はずっと前から猫を飼いたかった。ただ、人生で一度もペットを飼ったことがない。
自分に世話ができるのか、自信もないし、経験がないことに挑戦する勇気もなかった。
よいきっかけをもらえたと思う。
「名前はもう決めたの?」
「ああ。シオンと名付けようと思ってる」
「ふーん。オス猫?」
「いや。三毛猫のメスだな」
「どういう字を書くの?」
「……カタカナだ」
智は何も言わなかったけど、気づかれている気がする。
実はシオンの漢字も決めていて、幸せの音と書いて
「そういえば。鈴代さんとホテルに泊まったんだって?」
「な、何でそれを!」
「兄貴の店で早見先輩が聞いたんだって」
「言っておくが、本当に。何もしていない」
「ふーん。で、寝顔は可愛かった?」
「可愛かった……って、智!」
からかわれてるのに気がついて慌てた。
眠ってしまった鈴代さんをベッドに運んだ。
ただそれだけなのに、柔らかくて良い香りがしてドキドキした。寝顔が可愛らしくて、丸まって眠る姿が子猫のようで。
できるだけ離れて部屋の隅で横になったが、気になりすぎて朝まで眠れなかった。
「昴兄は酔っぱらうと、勢いづいて大胆だよね。普段もそれぐらいが良いんじゃない?」
「……どうせ、酒の力を借りないと、勇気もでない男だよ」
いくら酔ってても、馬鹿なことをしたと思う。呆れられて、嫌われてもおかしくない。
なのに楽しいと言って、落ち込んだ僕を励ましてくれた。本当に良い人で、可愛くて。僕を否定せずに受け入れて肯定されるのは、途方もなく嬉しい。
また一つ彼女が好きになってしまった。
「本当に馬鹿だったな……」
僕の零した愚痴に、また笑うかと思ったが、笑わなかった。柔らかく、でも真剣な表情だ。
「昴兄は、鈴代さんが好きだよね? いつから?」
やっとからかいの色がなくなった。真剣に問われ口ごもる。
いつから? どう説明していいのか。
「たぶん……最初からだな」
ずっと前から。いつの間にか好意はあった。その気持ちが恋かは知らない。
「初めは大人しそうに見えたんだ。おどおど緊張して。でも料理が運ばれたら、目が輝いて。とても幸せそうに食べる姿が可愛くて」
そう……僕は食事をする彼女に一目惚れをしたのだ。
何も話さなくても、彼女が美味しそうに食べる姿を見るだけで、幸せになるくらい。
「一緒に食事をすれば、あの笑顔をまた見られる……そう思った」
「それで契約料理? 昴兄にしては思い切ったね。でも、その先は?」
「その先? 僕みたいな男を、好きになると思えないし。食事できるだけで十分だ」
僕は鈴代さんと恋人になるとは、まったく考えていない。僕と鈴代さんじゃ釣り合わない。
好きだから彼女の幸せを願うだけでいい。
「昴兄が悪いとは思わないけど……」
何か口ごもったあと、智はその話題を口にしなかった。智が真面目に悩む表情は、裕人に似ている。
初めて鈴代さんが家に来た日、裕人と話す姿が楽しそうで、お似合いに見えた。裕人みたいに良い奴と、幸せになったらいい。
仕事に集中していたら、深夜になっていた。
午前0時。慌ててTwitterをチェックしたら、鈴代さんの飯テロツイートが流れてくる。
それにいいねを押し、レスをつけた。
「ん?」
『美味しいものは正義ですよね』と鈴代さんのレスがつく。ホテルのことを思い出した。
冷静に振り返えると、男の部屋にやってきて、酔っ払って寝落ちて、無防備な笑顔。
かけらも男として見てもらえていないんだと思うと悲しい。
例え、付き合えなくても、もう少し男と意識してほしいと思うのは、わがままか?
美味しい料理に夢中になってるだけ。
僕は料理に嫉妬する。
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