すれ違い煮込みハンバーグ

 今日もいつもの飯テロタイム。新作ナッツ入り煮込みハンバーグ。美味しさを文字と写真だけで伝えるのって、けっこう大変だ。

 食べたことのない物は想像するしかない、ただのハンバーグでは美味しさは伝わらない。

 ハンバーグにナッツを混ぜ、珍しさで「何それ美味しそう」と興味を引いてキャッチー。

 深夜0時の飯テロツイート。


『今日は濃厚デミグラソースのナッツ入り煮込みハンバーグ。ナイフで切ると、とろりとチーズが出てくる。肉汁じゅわっと、ナッツがカリッと香ばしいアクセントで美味しい』


 今日も「飯テロだ」のレスがついていく。


 今日は桐谷さんのいいねはつかないかなと気になりつつ、TLを遡っていく。

 ああ『アビシニアン』さんの食レポだ。宇都宮餃子食べに行ってるのか! いいなぁ。私も行きたい。

 宇都宮は餃子屋だらけで、どこに入ればいいのかわからなくなる。『アビシニアン』の情報はメモして店をチェックしておこう。

 食レポに「私も餃子を食べるためだけに旅行してみたいです」と書きこんだ。

 今まで旅行に興味はなかったけど、その土地に行かないと食べられないものを、食べるためだけの旅行って贅沢気分で羨ましいな。



 とんとんとん。アーモンド、カシューナッツ、胡桃を刻んでいく。

 熱したフライパンでナッツをから煎りすると、香ばしい香りがキッチンに漂った。 


 桐谷さんがナッツ入り煮込みハンバーグを食べてみたいと言ったので、作っている。


 飴色になるまで炒めた玉ねぎとナッツ、パン粉、牛乳、生クリーム、すりおろした人参、玉子、ひき肉に混ぜ、手で練る。

 塩こしょうやナツメグで味を整え、中心にチーズを包んでハンバーグの形を作る。


 油を引いたフライパンで片面を焼き、ひっくり返し酒、デミグラスソース、ケチャップ、ウスターソースをいれて蓋して弱火で煮込む。


 付け合わせのマッシュポテトを作る。甘みが強くホクホクのジャガイモ・キタアカリを茹でて、皮を剥きつぶしたら、丁寧に裏ごし。

 小鍋で牛乳と生クリームを煮て、ジャガイモをいれて混ぜながら煮る。バターと塩胡椒を混ぜ、クリーミーなマッシュポテトが完成。

 正直もっと簡単に作る方法はいくらでもあるけど、舌の肥えた桐谷さんに出すのだから、脇役もクオリティを高くしたい。

 彩り要員の人参とブロッコリーもゆでよう。


 スープはミネストローネ。オリーブオイルでニンニクと玉ねぎを炒め、玉ねぎの甘みをしっかり引き出してから、じゃがいも、人参、セロリを入れて炒める。

 ホールトマトと水とコンソメを入れたら丁寧に灰汁をとり、ローリエを入れて煮込む。

 塩胡椒で味を整えたら器に盛り付け。粉チーズとパセリをかけて完成。

 白皿に煮込みハンバーグ、ポテト、人参、ブロッコリー。その上にクレソンも飾って。

 緑のランチョンマットに、ハンバーグとミネストローネを並べ、カトラリーもセットすれば完璧。

 一眼レフを構えいつものように撮影タイムと思って気が付いた。


 このまえ煮込みハンバーグはツイートしたばかりだ。今日は飯テロのためじゃない、桐谷さんのための料理だ。

 うっかりすっかり、写真映えするように、見栄えにこだわってしまった。


 自分のためじゃない、復讐の飯テロでもない。誰かを幸せにするための料理。

 それがとても嬉しかった。


「美味しそうです。良い香りがしてました」


 気づけば隣に桐谷さんがいて、上機嫌でハンバーグを見てる。眼鏡の奥で瞳が輝いた。


「美味しければ、何でも良いと思ってましたが、見るだけで美味しいのも良いですね」


 見栄えに拘ったのを褒めてもらえて嬉しい。

 桐谷さんは早く食べたくて仕方がないとばかりに椅子に座る。二人向かい合わせでテーブルにつく。


「いただきます」


 ナイフでハンバーグを切ると、チーズと肉汁がトロリとあふれ出す。桐谷さんがゴクリと息を飲むのがわかった。

 口に運んで噛み締めると、蕩けるような笑顔のまま無言になった。


「あ、あの。お口にあいませんでしたか?」

「いえ。あまりの美味しさに、語彙力が崩壊しました」


 そこまで衝撃をうけるほど美味しいかな?

 私も肉を噛み締めると、じゅわりと肉汁があふれだし、濃厚なチーズと絡み合う。サクッと香ばしいナッツがアクセントだ。

 このソース、ハンバーグからあふれた肉汁の旨味たっぷりだから、美味しいんだよね。


 バゲットをちぎって、ソースをつけて食べる。ああ、美味しい。

 思わず赤ワインをぐびっと。ああ美味しい。

 私がいつも買う安ワインより、リッチなイタリア産の赤ワイン。良いお酒はより料理が美味しくなるよね。桐谷さんのおかげで良いワインを飲めるのも役得だ。


「このクリームも、とてもとても美味しい」

「クリームではなく、マッシュポテトです」

「え? この舌にとろけるような滑らかで、クリーミーなのがマッシュポテト?」


 クリームと勘違いするほど、マッシュポテトも会心の出来か。嬉しくて思わずガッツポーズしたくなる。

 こってりハンバーグの合間に食べる、ミネストローネでお口さっぱり。二人で無言になるくらい、夢中で食べ続けた。


 天ぷら屋では、つい料理に夢中で、桐谷さんが見えなかったけど、自分の料理なら冷静でいられる。

 美味しそうに、幸せな顔で食べる桐谷さんを見てるだけで、心が満ち足りて暖かくなる。


「ごちそうさまでした」


 美味しい料理をしっかり食べて、満足したら桐谷さんが珈琲を入れてくれた。

 珈琲の香りを嗅いでいるだけでほっとする。

 以前は食べ物以外の話題を探さなきゃと焦ったけど、だんだん無理に会話を探さなくてもいいかな? と思ってしまう。

 桐谷さんと過ごす時間はゆったり時間が流れて、リラックスするからかもしれない。


 婚約者に裏切られ、もう男なんてこりごりだと思ってたけど、桐谷さんのことは信用できるし、一緒にいて落ちつくな。

 それを恋というのか、まだわからないけど。


 料理を作って貰ったからと、桐谷さんは洗い物をしてくれた。こちらは大助かりだけど、こんなに楽して良いのかな?

 申し訳ないので食器拭きを手伝った。

 キッチンで並んで皿を洗って、拭く。その間の何気ない合間に、桐谷さんが口を開いた。


「裕人の仕事をしてるのですよね」

「はい。裕人さんがしっかりビジョンを持ってるので、仕事がやりやすくて」

「裕人さん?」


 そこで桐谷さんが固まった。あれ? 何かおかしい事をいっただろうかと思って気づく。もしかして名前で呼んだから?

 弟と区別するのに名前で呼んだだけなのに。

 食器洗いの手を止めて、桐谷さんが私の方を向く。

 食事の時より近い距離感で見る桐谷さんの顔は、とても真剣で少しだけ怖かった。


「裕人と仲良くなったんですね。アイツは社交的で、真面目な良いヤツで」

「ええっと……」


 桐谷さんの表情が固くて、なんだか凄い勘違いされてる気がする。


「本当は仕事が忙しいのに、試食だなんだと言い訳つけて、僕の様子を見にきてくれて」

「家で行き倒れは、心配しますよね」

「意外と大丈夫です。同僚とウェブカメラで毎日生存確認をしてます。互いに連絡が途絶えたら危ないと監視してますから」


 え? 行き倒れがデフォな仕事なの? 互いに生存確認で監視しないといけないくらい。


「裕人のこと、よろしくお願いします」


 きっちり頭を下げられて慌てた。

 仕事をよろしくお願いしますか、恋愛関係と勘違いされたか。どっちかわからない。

 琴子の件は言えないし、仕事でお願いしますなら、誤解だと言い訳するのもおかしい。

 どう説明したらいいか、言葉に困って、迷って、必死に考えて。


「……鰻が食べたいです」

「へ?」

「お礼の食事に、鰻を。このご時世、もう鰻を食べちゃいけないと思うんですけど、最後にちゃんした鰻屋で食い納めしたくて」

「いいですね。僕も鰻の食い納めにします」

「私は桐谷さんと鰻を食べたいんです。野菜しか食べられない人じゃ耐えられない」


 言い切ったら、歯が見える程大きく口を空けて笑った。桐谷さんのこんな笑顔初めてだ。

 裕人さんのこと、変な誤解は解けたかな?


 やっぱり私達の間に、食べ物しか話題はないらしい。

 それでも、胃袋だけで心は繋がるかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る