マクロビ的カフェ飯
「ここ……だよね?」
オフィス街のカフェで立ち止まり確認する。『マクロビオティックカフェ・フォルトゥーナ』間違いない。
小さいけどインテリアがおしゃれなカフェ。
カフェと併設のショップは、食材や調味料も売ってるみたいだ。
「いらっしゃいませ。あ、鈴代さん。こんにちわ」
「こんにちわ」
きらびやかにキラキラした店内は、なんだか気後れする。
「ちょうど昼時の忙しい時間が終わったところで、ゆっくり話ができます。あ。昼ご飯まだですか? よければ試食どうです?」
「あ、はい。食事はまだで、いただきます」
カフェの店員は加賀さんだけ。隣のショップに店員が一人見えたが、ずいぶん小規模だな。店も小さいけど、どうにか回るのかな?
待つ間にショップを覗いてみる。スーパーでは見かけない珍しい調味料や、食材もある。でもお高い。厳選した素材を使ったこだわりの品なのかな?
外資系や、高給な企業の多いオフィス街だし、お金に余裕がある人は違うな。
琴子も結構良い会社に勤めている。かつかつで、いつ仕事がなくなるか不安なフリーランスな身としては羨ましい。
「お待たせしました」
「あ、ありがとうございます」
慌てて席に戻ると、青が綺麗な茶碗の玄米ご飯と、高級感のある漆器風のお椀の味噌汁、可愛らしい桜の小皿に漬け物。白いシンプルな皿の里芋と人参と絹さやの煮物。
器は上品で綺麗なのを揃えてあるけど、純和風な定食。このオシャレ感満載なカフェとアンバランスだ。
おそるおそる玄米ご飯を一口。ふわっと香る米の香りと、もちもち食感がたまらない。ご飯だけでも美味しいな。
「あれ? 玄米にしてはふっくら柔らかい。凄く美味しいです」
「普通の玄米にもち米の玄米を混ぜてます。それに圧力鍋で炊いてるので」
「ご飯を圧力鍋で?」
「ええ。土鍋でもいいのですが、一度に大量に炊くのに圧力鍋の方がやりやすいので」
マクロビはお米の炊き方から違うのかと感心した。
お味噌汁もシンプルだけど、わかめはシャキシャキだし、濃厚な豆の香りと旨味が濃い豆腐も美味しい。
漬け物も自家製か、塩気が控えめだ。
野菜の煮物は、味が控えめで、素材の旨味がダイレクトに伝わってくる。ねっとりした里芋は土の香りがしてホッとする。人参の甘さと、絹さやの青々しい清涼感。彩りも味も全体のバランスが良い。
「すごく体に良さそうな、優しい味つけ」
「毎日こういう食事じゃなくてもいいですが、オフィス街で、ランチは外食派の人も多い。野菜不足は気になるし、たまに野菜ばっかりな物を食べるのもいいかなと思ってここに」
「なるほど。確かに。家で食べる手料理みたいにほっとする味です」
「肉や魚を扱ってないから、男性客にあまり人気がなくて、女性が中心です。せめて器は綺麗に見えるようにと思って。メニューも女性向けなデザインでお願いします」
なるほど。デザインのビジョンがあると、こちらとしてもやりやすい。
もっと色々聞きたいことはあるけど、店員は加賀さんだけだから、仕事の合間にしか話ができなくて、打ち合わせに時間がかかる。
気づけばすっかり日も落ちて、会社帰りのOL客をちらほら見かける時間になった。
その時、店に入って来る客が気になった。
ほとんど女性客だったのに、男性客だ。
「兄貴。また客を紹介しにきたよ」
「智。仕事帰り? そちらの方がお客様?」
「初めまして。加賀君の会社の上司で早見玲子といいます」
「ああ、弟がいつもお世話になって」
ああ、なるほど。加賀さんの弟か。確かに似てる。パンツスーツの女性が上司なんだ。
お店も混んできたし、弟がきたなら仕事の話はまた今度がいいかな?
「加賀さん」
「「はい?」」
兄弟二人に振り向かれて困った。苗字はややこしそう。
「すみません。裕人さん。今日はそろそろ失礼しますね。お聞きしたことを元にいくつかラフを書いて、メールでお送りします」
「ああ、すみません。忙しくてちゃんと打ち合わせできなくて」
「兄貴。業者の人?」
そこで裕人さんがくすりと笑った。
「飯テロ女さんだよ」
「「ああ、あの!」」
弟と上司の早見さんまで、ぽんと阿吽の呼吸で理解される。そんなに私は有名人? そんなはずない。
「初めまして。加賀智です。峰崎先輩から料理が上手い幼馴染みがいると聞いてます」
「初めまして。峰崎って、琴子ですか?」
「会社の先輩で、この店を紹介したんです」
なるほど。全てのピースが繋がった。
琴子は智さんに店を紹介され、琴子が裕人さんから桐谷さんを紹介され、私に行き当たる。始まりはこの人か。
にっこにこ愛嬌のある人懐っこい笑顔。
兄弟だから顔立ちは似てるけど、雰囲気は全然違うな。裕人さんは落ち着いて穏やかで柔らかい。
気づけば智さんがちゃっかり私の正面に座り、注文まで始めた。
どうしよう。帰るタイミングを逸した。ふと早見さんと目があう。背は低いが、クールな目元とボブカットがきりりとしてかっこいい。できるキャリアウーマンという風情だ。
「峰崎と私は同期で、噂は聞いてました」
「同期って言っても、早見さんの方が出世して、今役職は上じゃないですか」
「余計な事をいうのはこの口か」
「いてて」
智さんのちゃかしに、早見さんが頬をつまんで注意する。良いコンビだ。
琴子の職場の人間関係はよさそう。私は孤独なフリーランスだから、ちょっと羨ましい。
「峰崎も最近は仕事を張り切ってるし、やればできるから、そのうち私と肩並べるよ」
「どうですかね。今は仕事優先って言っても恋愛関係は……ねえ?」
智さんの意味有りげな視線に、カップを置いて溜息をついた。職場でも噂になるほど、琴子は恋愛絡みの問題があるのか。
どうフォローしていいのか悩ましい。
「昔から琴子が恋愛関係でトラブルが多いのは確かです。でも、今は本当に恋愛する気ないと思います。琴子にも色々あるので」
「そうなんですか。兄貴残念だったね」
「何を言いたいのか意味がわからないが。変なことを言うのは止めろ」
ぽかりと弟の頭を叩く裕人さんは、本気で怒って見えた。
私がじーっと見てしまったから、焦ったように言葉をつけたす。
「本当に、店に来てくださる常連さんで、店でしか会ってないし、連絡先も知らないし」
墓穴を掘るとはこのことか。弁明すればするほど、琴子に気がある感じがする。
琴子は顔が可愛い。細身でも胸が大きくて、男受けの良いフェミニンな服装で。だからモテる。裕人さんが好きになるのもわかる。
「常連として来てくれるだけで、十分なんです。変に警戒されて来なくなるほうが困るので。琴子さんに言わないでもらえますか?」
「あ、はい。言いません」
裕人さんがほっとしてるのがわかった。
二回しか会ってないけど、たぶん裕人さんは誠実な人だと思うけど、知らない方がいい。琴子の恋愛は何故か、いつも上手くいかない。
流れで智さんと早見さんと連絡先を交換し、今度こそ三人に別れを告げて店をでた。
日が暮れてもまだ生温い空気は、夏が近づく気配を感じさせる。
「もう夏か……」
夏には嫌な想い出がある。婚約者に逃げられて絶望したのは真夏の夜だった。
三十を目前にして、私も琴子も恋愛に足踏みしたまま、前に進めない。
恋話を聞いたら余計なことを思い出した。
電車を待つ間、Twitterを覗く。TLに『アビシニアン』の食べ歩きルポが並んでた。
「徳島ラーメン。チャーシューじゃなくて豚バラ? ゆで卵じゃなくて生卵? 卵二個まで無料?」
凄い気になる。野菜も美味しかったけど、ヘルシーすぎて物足りない。逆にジャンキーなのが恋しくなる。
よし、今日は裕人さんの店のデザインラフを作り、明日はラーメンを食べに行こう。
食べたことのないラーメンに想いをはせ、余計なことを忘れた。
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