第20話「4つい」

『ぴんぽんぱんぽん』


 気の抜けたチャイムと共にモニターが降りて来る。


「皆様、とても残念なご報告です。まさか一番の候補かと思われていた古老、石垣志鬼さまがお亡くなりになりました。その為、秘密の暴露はなくなりましたので、本日はごゆっくりお休みください。尚、夕食が必要な方は4Fの食堂にご用意させていただいておりますので、ご自由にどうぞ」


 ドラキュラハンターVからそんなアナウンスが流れるが、どう考えても罠が仕掛けてあった4Fで食事を摂ろうなんて思えないだろ。


 石垣はイヤな奴だったし、そのうち不和の原因になる可能性は多大にある相手だった。だけど、果たして死ななくてはならなかったのか……。

 僕がもっと早く傷に気づいていたら? 

 人間だって明かして、彼に血をあげていたら?


 そんな結果論的な思想がつい脳裏をよぎる。


「それに、殺すのだって、鋼森が背負ってくれた。それなのに……」


 礼の1つくらいしっかり言えよ!!


 後悔と自己嫌悪に押しつぶされそうだ。

 

 どれくらいの時間、ひとりで部屋に籠っていただろうか。

 

 ――こんこんっ!


 ささやかなノックの音、そのあとに聞き慣れたキレイな声が聞こえてくる。


「……赤城くん。大丈夫? 夕食も食べに行ってないみたいだけど」


 ルリの声。

 でも、今の僕は彼女に会って、何を話せばいいのか。どんな顔をすればいいのか分からない。


「……大丈夫なわけないよね。目の前で石垣さんが亡くなった。昨日は霧崎さん。今まで普通に生きて来た赤城くんには辛いよね。ごめんなさい。わたしと一緒に居たせいで」


 今にも消え入りそうな声。

 ルリこそ、僕を巻き込んだと思い、後悔に押しつぶされそうなのかもしれない。


「あ、……いま、あける」


 覚束ない足取りで、扉まで行くと、チェーンと鍵を外す。

 ゆっくりと開く扉の前には、声の主であるルリの姿。

 その面持ちはやはり、どこか影がある。


「……赤城くん」


 どこか決意めいたものを感じさせる言葉。その続きをルリは発する。


「……ありがとう。あなたが居なかったらきっとわたしは死んでいた」


「いや、僕は、何も……」


 そう、何も出来ていない。

 犠牲を出さないようにすることも、誰かを助けることも、ましてや脱出することなんて、全然出来ていないんだ。


「そんなことないっ! ……そんなことないよ赤城くん。あなたが居たから、こうして皆が協力しようとしてくれている。わたしたち吸血鬼は基本的に眷属としか協力しない。きっと赤城くんが居なかったら、もっと皆死んでいたと思う。わたしだって危なかった……」


「でも、霧崎くんも石垣さんももしかしたら助けられたかもしれない」


 ルリは首をゆっくりと振る。


「……霧崎さんは仮に赤城くんがもっと早く行っていても助からなかったと思う。だから、気にするべきじゃない。それと、石垣さんは、赤城くんが何もしなくても――殺した。わたしが殺していた。きっと、赤城くんより残虐な方法で苦しんで死んでいったと思う。だから、きっと今が最善」


「っ!?」


 驚いた。

 僕はルリの言葉に驚いたんじゃない。今の僕の状況はルリにこんなことを言わせてしまう程、酷いのだと気づいたからだ。

 死んでいってしまった人より、なんで僕は目の前のルリを気づかってやれなかったんだ。

 好きで告白した女子だろっ!!

 守るって決めたんだろっ!!

 カッコ悪い状況を見せて良いのか!?

 僕の為に罪を被るようなセリフを言わせていいのか!?


 ダメに決まってんだろっ!!


 ルリにこんな事を言わせるなら、僕は、なんだって利用して、もう犠牲は出させないで、このシンソゲームを終わらせてやるっ!! 


 その決意を胸に一度目を閉じて、それからしっかりと見開く。


「ルリ。もう大丈夫。ありがとう。石垣は僕が背負う。霧崎くんも石垣も目的はここからの脱出。そしてドラキュラハンターVへの意趣返しだ。それを僕も貫く!!」


「……目が」


 ルリは酷く不安そうにつぶやく。


 目? 目がどうしたんだろう?


「……赤くなってる」


 そこまで、興奮はしていないはずだけど、こんな状況じゃ、自分で思っているのと、精神状態は乖離しているよね。

 きっと、興奮状態が続いているんだろう。

 まぁ、吸血鬼だと誤認してもらえるから、こっちの方がいいかもしれない。


「今はこっちの方が都合が良さそうだし、気にしなくていいよ」


 精一杯の笑顔を向けるけど、ルリの表情が晴れることはなかった。

 

 

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