第19話「い4垣」

 ――ぐしゃり


 部屋の中に血が飛び散る。


 振り下ろされた杭は心臓を貫いた。石垣の。


「な、なぜじゃ。そ、そんなバカな……。確かに、貴様を貫いたはず、だったのに……。なぜ、ワシは自分を貫いておるんじゃ」


 ゴボッと口から血が漏れ出す。


「……わたしはまだ死ねない。ごめんなさい」


 ルリのか細い声が聞こえてくる。

 どうやら無事なようだけど、石垣が自分自身を刺したのもルリの仕業のような発言に聞こえる。


「そうか、百目木妹よ。貴様、杭が弱点のようじゃな」


 チェーンロックの隙間から見える石垣はニヤリと笑みを見せる。


「こんな杭、ワシには効かぬよ。いや、理外の反撃に驚きはした。心臓が潰れる痛みに動揺はしたのぉ。じゃが、その程度。ワシはハンターを皆殺すまで死ねんのじゃ」


「……なぜ、そこまでハンターを?」


「なぜ? なぜじゃと? 奴らはワシらの同胞をどれだけ消し去ったと思っておる?  まぁ、じゃが、一番の理由は、虫が好かん。貴様とて、蚊がぶんぶんと耳元を飛んでいたら殺すじゃろ? 人間の尺度に合わせるなら、蚊はもっとも人間を殺している生き物じゃ。それなら絶滅させたいと考えても不思議ではあるまい?」


 確かに蚊は伝染病を運ぶ媒体になっていて、多くの人を殺している生き物と言っていい。

 つまり、石垣はハンターたちを五月蠅いし、多くの吸血鬼を殺す厄介な生物だと認識しているのだろう。


「……個人的な怨みじゃない?」


「ふんっ、そんなものこの歳まで生きておれば風化もするわ。じゃが、ハンターに殺される同胞をもう出さないように殺して、殺して、殺して、これからハンターが生まれぬように、なりたくないと思えるほど残虐に殺しつくしてやるのがワシの使命よ」


 吸血鬼のことを思って発言しているようだけど、その顔は――。


「……うそ。それはたぶん嘘。あなたは殺しを楽しんでる。いえ、酔っている。怒りに任せ、使命に殉じハンターを狩る自分はなんて素晴らしいのだと」


 ルリの言う通りだ。石垣の顔は仲間を悼むでも、使命に燃えるでもなく、恍惚としていた。


「うるさい! 黙れっ! 小娘がっ!!」


 杭を体から引き抜くと、その傷は瞬時に治る。


 早く入らないと。どうにかこのチェーンを切らないと。

 

「どけ」


 僕を押しのけたマスオさんはなぜか扉を閉める。


「なにを! ルリが危ないんだよ」


「だから、鍵を開けた」


「えっ!?」


 よくよく見るとマスオさんから血の筋が扉に向かって流れており、チャラっとチェーンが外れて降りた音が聞こえてくる。


「少しの隙間があれば、俺の血で開けられる。行くぞ」


 マスオさんは勢い良く扉を開けて、中へと飛び込むと同時に血を操作して、石垣の腕に突き刺した。


「邪魔をするな!」


 マスオさんの血は、急に肥大化した石垣の腕によって弾き飛ばされる。

 老人の体にボディビルダーのような太い腕。アンバランスすぎるその体格は人間の形をしながらも人間ではないことを如実に物語っていた。


「力こそパワー。ワシはその辺の弱っちい吸血鬼とは違うぞ! 単純な肉体強化のみで最強へと至ったのじゃ!」


 肥大化した腕は今度は蛇のように細くしなやかに伸び、一瞬で僕たちの場所まで届く。

 全身をこれくらいにできれば、チェーンロックの間からでも部屋に入ることが可能そうだ。そうして密室の中、入り込んだに違いない。

 

「まずは貴様からじゃ!」


 しなやかな腕のどこにそんなパワーが存在していたのか。まるでゴムにでも弾かれたように殴られたマスオさんの体が僕の後方へ飛んでいく。

 しなる腕は波打つように天井近くまで跳ね、まるで標準をつけるように僕の方へと指先が向く。

 

 ヤバイ! な、なにか武器になりそうなものは?

 こんなことなら、さっき資料室から何か取ってくればよかった。


 ポケットの中には朝食のときに貰って来たクロス模様がついた木製フォークがあるくらい。

 無いよりはマシか。

 一瞬でも注意が逸らせればいい! そう思って、そのフォークを投げつける。


「ぬっ! そ、それはっ!?」


 フォークは吸い込まれるように石垣の脇腹に刺さる。


「く、くそっ! やめるんじゃ!」


 石垣はフォークが刺さった所の服を破ると、そこにはフォークでついた傷ではなく、深々とした傷が刻まれていた。


――どろりっ。


 その傷口はフォークでの一撃を受けてどろどろとした血を吐き出し始めた。


「くそっ! くそっ! くそっ! ハンターどもめ。貴様らのクソみたいな信仰心程度に負けてたまるかっ! ワシは生きてここを出て、もっともっと殺すんじゃ! 傷を、傷を癒さなくては。血じゃ。血じゃ。誰かワシに血を寄こせっ!」


 あのとき、遊戯室でハンターに付けられた傷。

 その傷は石垣にとって致命傷だったんだ。だから一刻も早く出る為に、こんなことを……。

 そして、その致命傷を表出させる最後の一撃が僕のフォーク?


「そ、そんな……」


「血、血を寄こせぇ!!」


 石垣は牙を向き出しに、目を血走らせ僕の方へとよろよろとした足取りで向かってくる。


「おぉおおおおおっ」


「あ、ああ……、ご、ごめんなさい」


 誰も犠牲にしない。ハイスコアでクリアするって言っておきながら……。



「いや、赤城が気にする必要ねぇだろ」



 黒いブーツが石垣の腹を蹴り飛ばした。


「よく分かんねぇけどよぉ。石垣の爺さんはハンターにやられた。自分が助かる為に仲間を襲った時点で殺されても文句は言えない。そんだけだろ」


 トドメとばかりに床に倒れる石垣を踏みつぶす。

 そこに同じ吸血鬼だからとか老人に対するといった配慮も敬意も一切なく、ただすり潰すように踏みつぶしていた。


「百目木兄妹も赤城も無事でなによりだぜ。まぁ、石垣の爺さんは残念だが仕方ない。むしろ一番気にしない俺様が最後を決めたのは良かったんじゃないか?」


 たぶん、いや、きっと鋼森は僕らを助けてくれたんだろう。

 マスオさんは殴り飛ばされ、ルリも杭で刺されようとしていた。そして、僕は石垣を殺してしまった罪悪感に苛まされそうだった。

 それを、全部助ける為に鋼森は動いてくれたんだろうけど……。


 感情がぐちゃぐちゃでなんて声を掛ければいいのか分からない。


 なんで、殺した? いの一番にそう言いたくなるけど、それだけは違うことはわかる。

 でも、ありがとうも違う気がしている。


 結局、僕は何も言えず、石垣の死体が灰と消えるのをただ涙を流し見つめているだけだった。

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