第15話「皆殺4」

 僕の目の前が真っ赤に染まる。

 自分の声とは思えない咆哮が木霊した。


「は、はは、やったぞ。銀の弾丸をぶち込んでやった! バケモノを一匹ぶっ殺したぞ! あと二匹だっ!」


 耳障りな声がすり抜けていく。

 頭が痛い。血の気が引くような感覚。

 怒りと絶望が混ぜこぜになったような。

 今すぐにでも相手を殺してやりたい気持ちと今すぐにでもこの場でうずくまってしまいたい衝動がせめぎ合い、結局何も出来ないでいる。


「あ、ああっ……」


 ルリの胸が赤く、紅く、朱く染まっていく。

 そ、そうだ!

 とっさに血を止めようと胸に手を当てると、


「……いやっ」


 と恥ずかしそうな声がルリから漏れる。


「……大丈夫。これくらいでわたしは死なない。けど――」


 そこにある聖母マリアにも負けない慈愛の表情を僕に向けてくれた。

 だけど、ルリの顔は次の瞬間、まるで鬼の形相に変わり果てる。


「よくも……撃った。もう少しで赤城くんにあたるところだった」


 ルリは銃弾を放った男へと一瞬で間合いを詰めると、拳銃を持つ手を握りつぶす。

 ゴキゴキと骨の砕ける音が僕の方にまで届く。


「うがあぁぁ――」


 痛みに悶える悲鳴は途中で無理矢理に止められる。

 ルリによって荒々しく首を掴まれた男は、「かひゅかひゅ」と喉奥から空気を漏らすのが精一杯だった。


「……殺しはしない。あの人の願いだから。だけど、心は折らせてもらう」


 ルリは相手を殺す気はないようだけど、それでも、鋭利な爪が相手の喉に突き刺さり、血の雫が床を濡らしていく。


 男の瞳は最初恐怖で溢れていたけど、次第に僕の方へ助けを懇願するようになり、最後には諦めの感情に染まった。

 その感情を読み取ったルリは床に叩きつけるようにして手を離した。


「……あとのハンターは?」


 そうだ。石垣はどうしたんだ!?


 視線を動かすと、石垣の手によって2人は血祭ちまつりに挙げられていた。

 形容するのもはばかられる程の損かい。肉塊と化していると言ってもいい、その惨状に思わず目を逸らす。

 あとの2人は端で十字の剣と何かの液体が入った小瓶を抱えて震えている。

 惨劇の一部始終を見てしまった残りの2人にとっては目を覆いたくなる現状。

 恐怖に身を竦め、明らかに戦意を失っている。


 もう勝負はついた。


 ただ、ドラキュラハンターVによると、ここから出る為にはどちらかが死ななくてはいけない。

 いや、そんないいなりになってたまるか。

 考えれば何かしら脱出のチャンスはあるはず。


 その時っ!


 ドォン!!

 

 一際大きい轟音と共に扉が開いた。


「大丈夫か?」


 マスオさんは肩から血を流――、いや、そんな表現では生ぬるい。左肩がぐちゃぐちゃになっている。

 体格の良かった肩幅は潰れて、一般男性と相違ないくらいになってしまっている。


「マスオさん、肩がっ!」


「問題ない。すぐ治る」


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も扉に体当たりを加えたのだろう。

 その甲斐もあり、こうして出られないはずの部屋から出ることが出来た。


 開けられないはずの扉を力技で破壊するのはデスゲームのルールとしては異質だけど、そんなこと言っている場合じゃないし、むしろ、これはドラキュラハンターVを出し抜けるチャンスでもあるじゃないか!


 これで、皆助かる。


 ほっと、胸を撫でおろしたところだったのに。


「貴様らが生き残る道はないわぁ!!」


 もう誰も殺さなくていいはずなのに石垣は猪突猛進、盲目的にハンター二人へとかいなを振るう。


「なっ!? もう必要ないだろっ!!」


 僕の叫びは全く届かず、小瓶を持った男が小瓶ごと両断される。


「ぬっ! 聖水かっ!?」


 割れた小瓶から降りかかった液体に目を細めた石垣、液体が触れたところはまるで酸でも浴びたかのように煙が立つ。


 運が悪かった。


 その聖水はちょうど石垣の目元に掛かり、死角が生まれた。

 そして――。


「なんじゃと……」


 十字の剣が石垣の脇腹へと深々と刺さる。


「う、うあああっ!!」


 ハンターは剣を引き抜き、さらなる一撃を見舞おうとするが、次の瞬間には首と胴体が離れ、剣を振り上げた状態から、激しい血しぶきを上げながら、そのまま倒れた。


「…………この異端者どもがっ!! 人間であることがそこまで偉いかっ! それがワシらを殺す理由になるのかっ!! この家畜にも劣る畜生共がっ!!」


 怒りに任せ、石垣は死体を蹴る。


 石垣の能力なのだろうか、腕は蛸のように長くなり死体を切り裂き、足は象のように大きくなり死体を踏みつぶす。


「このっ! このっ! このっ!!」


 肉塊、血だまり、すり潰された武器。

 もはや人間であった痕跡などなく、何かの動物が死んだ。その程度の痕跡だけだった。


「ふんっ」


 相手を人間であった痕跡を尊厳を文字通り踏みつぶした石垣は、脇腹の傷から流れる血を手で押さえ、何事もなかったかのように踵を返して僕の横を素通りする。


「だ、大丈夫なのか?」


「ふんっ、ワシの10分の1も生きておらん若造に心配されるいわれはないわ。それに貴様にはそこで死んだ人間たちの方が感情移入できるのではないか?」


 なっ! こっちは心配して聞いたってのに、ルリ同様、この程度では死なないってことなのだろう。

 まったく、心配して損した。


 そして、確かに、僕は同じ人間として、石垣よりも彼らの死の方が痛ましい。

 ルリのことがなければ、大泣きしているところだったかもしれないし、もしかしたら吐き戻して、こうして立っていられなかったかもしれない。


 そうだ。こうしちゃいられない。

 ルリは大丈夫なのか!?


「ルリは本当に大丈夫? 傷は?」


 ルリは静かに頷いてから、少し恥ずかしそうにしながら三木谷さんの方へ寄っていく。


「はいはい。男子はさっさと出て行きなさいっ! あとは、そこの男も連れてって」


 三木谷さんは僕らと、唯一生き残ったルリにやられたハンターも外へ追い出す。


「え? え? え? どういうこと?」


 困惑する僕に、


「あ~、あれじゃね。俺様も銀の弾丸ぶち込まれたことあるけどよぉ。あれ、取るの大変なんだぜ」


 なるほど、裸になる可能性があるってことか!!

 

 それは男子は追放されるな。


 ルリが弾丸を抜く間、手持無沙汰に待っていると、呻き声が聞こえてくる。


 どうやら、ルリにやられたハンターが目を覚ましたみたいだ。

 彼らはドラキュラハンターVの仲間みたいだし、やつがどんな罠を他に仕掛けてるかわかるかもしれない。


 きっと、霧崎くんでも、尋問するよね。

 それに皆で生き残る為なら、拷問も辞さない。

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